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第10巻「神の都の戦い」

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第20章 夜の道

75.拠り所

 青の魔法使いに「マリガ!」と呼ばれ、腕をつかまれて、白の魔法使いは我に返りました。

 夜の闇が迫りつつあるカイタ神殿の広場です。心配そうに自分を見つめる少年少女や青の魔法使いの顔が、夕焼けの残光に浮かんで見えます。

「大丈夫だ」

 と白の魔法使いは答え、さらに我に返って青の魔法使いの手を払いのけました。

「私はもうあの声には捕まらない。私にはロムド城を守る務めがあるからな。光になって消えてしまってはどうしようもない。――それより、職務中は名前で呼ぶなと、本当に何度言ったらわかるのだ、青」

 青の魔法使いはなんとも言えない顔つきになり、すぐに苦笑いの表情に変わりました。

「それは失礼しました、白。あなたがあまり恐ろしそうにしていたものだから」

「驚いただけだ」

 と白の魔法使いはそっけなく答え、ぐい、と顔を上げ直しました。ユリスナイの声はまだ聞こえ続けていましたが、本当に、その呼び声は以前より弱まっていたのです。こちらが気持ちを強く持っていれば、もう負けることはないと感じます。

 声は大神殿の方角から聞こえていました。はるかな呼び声です。

「声がどこから聞こえてくるか、確かめなくてはな」

 とつぶやくと、白の魔法使いは声をたどって透視を始めました。

 

 大神殿にも夜が訪れていました。今夜も闇の怪物が現れるかもしれない、というので、いつもより大勢の衛兵が、かがり火を焚いて神殿の内外を見張っています。神殿は明るく照らされていますが、その分、光の反対側には濃い闇ができます。そこから怪物が現れるかもしれない、ということを、衛兵たちはまだよく理解できないでいるようでした。光に照らされた場所や、光の届かない薄暗がりばかりを見て警戒しています。

 声は神殿の中から聞こえてくるのではありませんでした。神殿の建物に囲まれた、その中央――中庭からです。白の魔法使いは心の目を飛ばして、さらに声を追っていきました。白の魔法使いが使う心の目は、ポポロの魔法使いの目と同じものです。

 すっかり夜に包まれた中庭に、林の木が黒々と寄り集まっていました。声はその中から聞こえてきます。中に入り込むと、声はいっそうはっきり聞こえてきました。澄み切った声で呼びかけ続けています。

「おいでなさい、女神官――闇はすぐそこまで迫っています。人々が闇に殺されます。彼らを守らなくてはなりません。闇を放置すれば、あなたの大切なロムド国にまで彼らは攻め込んでくるのですよ――」

 白の魔法使いは心の中で頭を振りました。ひときわ強く声が誘惑してきたのです。絡みついてくる呪縛を振りほどき、さらに林の奥へと進んでいきます。

 すると、青く輝く光の泉が現れました。周囲を聖なる輝きで照らしながら、静かに横たわっています。本当に、見れば見るほど美しく清らかな輝きです。声はそこから聞こえてくるようでした――。

 白の魔法使いは心の目で光の淵を見つめ、すぐに周囲へ転じました。どこかに必ず声の主が潜んでいるのです。そのものが、神になりすまし、ユリスナイの声を送ってきているのです。それは誰だ? どこにいる? と懸命に探し続けます。

 

 すると、風が吹いても動かない光の淵の水面に、ふいにさざ波が起きました。まるで小石でも落としたように、ゆっくりと波紋が広がっていきます。

 白の魔法使いは驚き、思わずそちらを見ました。……水面に、何かが現れようとしていました。青い輝きが波紋の上に集まり、ゆっくりと形をとっていきます。それは一人の女性でした。長い髪、長い衣、顔は輝きに包まれていて見極めることができません。全身から青い光を放ちながら、じっと白の魔法使いの方を見つめてきます。

「よく来ました、白の魔法使い」

 と青い光の女性は言いました。

「私の元へおいでなさい。私に聖なる力を与え、闇を討ち払うのです。あなたのその強い想いがあれば、必ず聖なる光はロムド国まで届き、国から闇を消し去りますよ」

 まさか、と白の魔法使いは考えました。

 それはあまりにも神々しい姿でした。光の神ユリスナイならば、きっとそうであるだろうと思えるような。青い女性が放つ光は聖なる光です。その輝きを見つめていると、ひざまずいて頭を下げ、心からの祈りを捧げたくなってきます。ユリスナイのご意志のままに、とすべてを委ねてしまいたくなります――。

 

 とたんに、白の魔法使いの体が誰かにつかまれました。ぐっと光の淵から引き戻されます。驚くほど強い力です。

 我に返ると、白の魔法使いはまたカイタ神殿の広場に立っていました。自分の体を青の魔法使いが捕まえ、かたわらに抱き寄せていました。思わずそれを見上げると、青の魔法使いはまた苦笑いをしました。

「失礼。どうもやはり危なっかしく見えましたのでな……。透視は使わんほうが良いでしょう。逆にこちらが捕まりかねない」

 白の魔法使いは何も言いませんでした。自分が真っ青になっていたことに自分で気がつきます。相変わらず声に惹きつけられそうになる体を、たくましい腕がしっかりと抱き止めてくれていました。

 白の魔法使いは目を伏せてうなずきました。大きく息をするように一度肩を上下させてから、おもむろに言います。

「あの声はやはり大神殿の中庭から聞こえてきている。光の淵の中からだ……人のようなものが淵から姿を現した」

 青の魔法使いやゼンたちは驚きました。

「おい! まさか、そいつが本物のユリスナイだった、なんて言わねえだろうな!?」

「ワン、そんなわけないでしょう。でも、聖なる光の所にそんなものを出せるなんて、敵は本当に強力な魔法使いみたいですね」

 と賢い子犬が言います。

 白の魔法使いは、目を上げました。

「大急ぎで勇者殿を呼び戻さなければなりません。ポポロ様!」

「は、はい!」

 ずっと泣いていたポポロも、今はそこにいました。さすがにこの状況では泣き続けていることができなかったのです。

「勇者殿を今すぐお探しください。一刻も早く光の淵へ行き、あの正体を見極めなくてはなりません。勇者殿が見つかったら、一緒に大神殿へまいります」

 きびきびと命じる女神官は、ロムド城の四大魔法使いのリーダーそのものでした。ポポロも、先ほどの悲しい出来事はひとまずわきに置いておいて、すぐにフルートを探し始めました。魔法使いの目をミコンの町に向けます。

 けれども、青の魔法使いはふと気がつきました。自分の青い長衣の背中が強くつかまれているのです。それは白の魔法使いの右手でした。毅然と頭を上げ、しっかりした口調で命じながらも、その手は青の魔法使いの服を握りしめているのです。それを踏みとどまるための拠り所にするように。青の魔法使いは白の魔法使いを見ましたが、彼女はわざとらしいほど目を合わせようとしません。

 武僧は微笑しました。女神官を強く抱き寄せ直すと、その場の人々に呼びかけます。

「さあ、皆様方! 今夜こそ敵の正体を見極めて倒しましょうぞ――!」

「いやに張り切ってるね、青さん」

 とメールが鋭く突っ込みました。

 

 

 すると、ポポロが全員を振り返ってきました。

「変よ……フルートが見つからないの」

 え? と一同は驚きました。

「隠れてんじゃねえのか? あれだけ爆発すりゃ、あいつだってきまり悪いだろうからな」

 とゼンが言いましたが、ポポロは首を振りました。顔が青ざめています。

「呼んでも返事がないのよ。一大事よ、って呼びかけてるのに……。いくらあたしに怒っていたって、フルートがそれに応えないなんて――」

 言いかけて、少女はまた涙ぐんでしまいました。もしかしたら、本当に自分のせいでフルートは無視しているのかもしれない、と考えてしまったのです。

 すぐにルルが言いました。

「馬鹿なこと考えちゃダメよ、ポポロ。いくら隠れていたって、あなたの魔法使いの目から隠れきるなんてことはできないんだから。本当にどこにもいないの? もっと探す範囲を広げてみたら?」

 他の者たちは顔を見合わせました。暗くなっていく都、ユリスナイの呼び声、そして、行方のわからないフルート……。ことばにできない不安が高まってきます。

 

 その時、カイタ神殿の方向で騒ぎが起き始めました。

 数人の武僧たちと一人の若い武僧が、神殿の入り口でもみ合いになっていました。力自慢の武僧たちです。荒々しい声が聞こえてきます。どうやら、数人がかりで若い武僧を押しとどめているようでした。

 すると、ひときわ大きな声が響き渡りました。

「ユリスナイ様! ただ今まいりますぞ――!」

 若い武僧は、そう言っていました。

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