大神殿から戻ってきた白と青の魔法使いは、カイタ神殿の広場にいる少年少女や青年を見て目を丸くしました。
「どうしたのですか、いったい?」
と尋ねてしまいます。
彼らは泣き、怒り、ふてくされて、てんでばらばらな場所に座り込んでいたのです。
ゼンが怒った顔でキースを指さしました。
「こいつがとんまなんだよ! よりにもよって、フルートにあんなこと言っちまいやがって!」
「本気で言ったわけじゃない! 彼があんまり意地になっているから――!」
とキースが言い返します。その頬には殴られた痕があって、赤黒く腫れ上がっていました。それは? と白の魔法使いが尋ねると、キースはさらに不機嫌になって頬に手を当てました。
「ゼンに殴られた。でも、そもそも悪いのはフルートじゃないか。どうしてぼくが殴られなくちゃいけないんだ」
「るせえ! それじゃ、そもそも、あいつがあんなに意地になったのは誰のせいだと思ってんだ!? 自分がポポロの恋人になるだぁ? てめえ、大人のくせに、言っていいことと悪いことの区別もつかねえのかよ!?」
「だから、本気じゃなかったんだって言っているだろう! フルートだって、それくらいはわかっていたはずだ!」
ゼンとキースの間でまた口論が始まりました。フルートが広場を逃げ出していった後、かなり長い時間、彼らはこうして喧嘩をしていたのです。それが再燃しそうな勢いでした。
「……それで、ポポロ様はああして泣いておられるのですな?」
と青の魔法使いが、少し離れた場所を見て言いました。ポポロがうずくまって泣きじゃくっていたのです。ルルがそばにいて必死で慰めていますが、全然泣きやみません。
「彼女をあんなに泣かせる彼の気がしれない! どこが優しい正義の勇者だ! 聞いてあきれる!」
とキースが強く言い、なんだとぉ!? とゼンがいきり立ちます。
メールが疲れたように首を振りました。
「もうよしなったら、二人とも。キースも、もっと落ちつきな。むきになりすぎだよ。――いくらポポロがあんたのお母さんに似てるからってさ」
青年は、ぐっとことばにつまり、ゼンは、はっとしました。。
「ったく!」
と、苦々しくそっぽを向きます。
白の魔法使いは頭痛がするように片手で額を抑えました。自分たちが留守の間に何が起きたのか、だいたい察することができたのです。
「それで……勇者殿はどこに?」
と尋ねます。
「ワン、広場を飛び出していっちゃいました。まだ戻ってこないんです」
とポチが困惑しながら言いました。連れ戻しに行ったものかどうか、判断できないでいたのです。
二人の魔法使いは顔を見合わせてしまいました。特に白の魔法使いには、フルートの胸の内がよくわかりました。ポポロとキースに嫉妬してしまう気持ちを自分でも嫌だと思っているのに、それでも抑えることができなくて悩んでいた少年です。こんなふうに大騒ぎになってしまって、仲間たちの中にいられなくなったのです。逃げるように走り去っていくフルートの姿が見えるような気がしました。
嫉妬は、相手を大切に想う気持ちの裏返しです。想う気持ちが強ければ強いほど、嫉妬も強く表れます。それは人として本当に自然な感情の動きなのですが……。
白の魔法使いは、こらえるように唇をかんでいた少年の横顔を思い出して、思わず溜息をつきました。
青の魔法使いが空を見ながら言いました。
「日が完全に沈みました。夜が来ますぞ」
太陽は西の山陰に姿を消し、夕焼けは空の端を薄明るく染めるだけになっていました。暗くなった空には星がまたたき始めています。
白の魔法使いはうなずきました。
「夜になれば、おそらくまた闇の怪物が姿を現す。勇者殿が狙われるかもしれない」
「ワン、そういえば、ネッセ大司祭長にユリスナイの声のことは聞けたんですか? 何かわかりましたか?」
とポチが尋ねると、二人の魔法使いは首を振りました。
「あれは光の淵からユリスナイが語りかけているのだと言うだけだった。皆、本当にそう信じ込んでいて、埒があかない」
「せめて声が聞こえてくる方角でもわかれば手がかりになるんですがな――魔法の仕業だろうと思うのですが、その発信元がわからんのです」
「それって、大神殿に人面トカゲを送り込んできたのと同じ犯人かな?」
とメールが言います。メールは、ユリスナイの声が神の声だなどと、はなから考えていないので、声の主も犯人扱いです。魔法使いたちはまたうなずきました。
「おそらく。場所から考えて、大神殿の近くにいるのではないかと思われるのですが――」
「今夜はここではなく、大神殿で見張っている方が良いかもしれませんな」
怪物が現れそうだからそこから離れよう、と言うのではなく、そこを見張りに行こう、と言うあたりが、いかにも彼ららしいところでした。
「ワン、それじゃフルートを見つけなくちゃいけないですね」
とポチが言います。
メールが、まだふてくされている二人に呼びかけました。
「ゼン、キースも! フルートを探しに行くよ!」
おう、とゼンは立ち上がりましたが、キースは動きません。そんな青年の頭をゼンがまた、たたきました。
「そら! ぼさっとしてねえで行くぞ!」
「どうしてぼくが!? ぼくは――」
「るせえ! 大人なんだろ! あいつをあれだけ怒らせた責任をしっかり取りやがれ!」
「なんだか、君たちから大人扱いされると、むしょうに腹が立つな。君たちこそ、都合のいいときにだけ子どもになるな」
「俺たちはまだ十五だ。立派な子どもなんだよ!」
「嘘をつけ! 君たちのどこをどう見たら、立派な子どもになるって言うんだ――!?」
本当に、五つも歳が違うのに、ゼンとキースはまったく同等に口喧嘩をしています。
「いいから、早く探しに行くよ! 真っ暗になっちゃうじゃないのさ!」
とメールがあきれて言います。
「我々も勇者殿を探そう」
と白の魔法使いが言うと、青の魔法使いが指さしました。
「白はあちらですぞ。何か言ってさしあげないと」
指さす先でポポロが泣き続けていました。ずっとルルが慰めているのに、本当にまったく泣きやみません。
白の魔法使いは思わずたじろぎました。
「あれを私になんとかしろと言うのか?」
「我々にはどうしようもありませんからな。同じ女性同士、白ならば気持ちのわかる部分もあるでしょう」
「おまえこそ、都合の良いときだけ私を女扱いするな。私は四大魔法使いのリーダーであって、女ではなかったはずだろう」
すねるように言う白の魔法使いを、青の魔法使いは、まあまあ、となだめます。
まったく、と溜息をつきながら、白の魔法使いはポポロに近づいていきました。フルートの本当の気持ちなら、彼女も知っています。それを伝えてやればポポロ様も泣きやむだろうか、と考えます――。
ところが、その途中で急に白の魔法使いは立ち止まりました。そのまま、動かなくなってしまいます。、空中をじっと見つめていますが、そこには何もありません。
「白?」
と青の魔法使いがけげんそうに声をかけましたが、返事もありません。
すると、白の魔法使いがゆっくりと両手を上げました。自分の耳をふさいでしまいます。そうして、女神官は少しの間、身じろぎもせずに立ちつくし、やがて、つぶやくように言いました。
「ユリスナイ……」
青の魔法使いは、はっとしました。思わず大声を上げます。
「白! ユリスナイの声ですか!?」
白の魔法使いはうなずきました。
「聞こえる……。また……私を呼んでいる……」
「馬鹿な!」
青の魔法使いは駆け寄りました。ゼンやメールたちも駆け戻ってきます。
両手で耳をふさいだ白の魔法使いは、真っ青な顔をしていました。その耳の奥では、他の者には聞こえない声が聞こえていました。優しく悲しい声が呼びかけてくるのです。
「おいでなさい、白い女神官。私の元へ。間もなく闇が襲ってきます。私と共に、闇を追い払うのです――」
声が心に絡みついてきます。
「マリガ!」
青ざめたまま震え出した白の魔法使いを、青の魔法使いは捕まえました――。