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第10巻「神の都の戦い」

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70.感謝

 「あれぇ」

 とランジュールが声を上げました。

 ポポロの魔法は、サイクロップスだけでなくファイヤードラゴンまで停止させていました。大神殿のホールも、ひびが入って今にも崩れそうな状態で止まっています。人々は、逃げ出そうとする格好のまま、まるで彫刻の群像のように凍りついていました。

 急に静かになってしまったホールの中に、ごうっと風の音が響きました。舞い下りてきたのは風の犬のポチとフルートです。彼らは停止の魔法に巻き込まれていません。フルートが剣を振り下ろすと、巨人は停止したまま炎に包まれました。

「あぁ、何するのさ、勇者くん! ボクの大事なサイちゃんを燃やしちゃったりして!」

 とランジュールは抗議の声を上げましたが、反対側の回廊でやはり魔法を逃れたゼンが弓矢をファイヤードラゴンに向けているのを見て、あわてて言いました。

「撤収、ファイちゃん二号! これ以上、かわいい魔獣を減らされたら大変だもんね。引き上げ、引き上げぇ――!」

 オレンジ色のファイヤードラゴンがたちまち消え、続けて幽霊の青年も姿を消していきました。

 

 フルートはポチから床に飛び下りると、魔法使いたちに駆け寄りました。白の魔法使いは立ちつくし、青の魔法使いは頭から血を流して床に倒れています。

「白さん! 青さん!」

 すると、白の魔法使いが我に返りました。やはりポポロの魔法には巻き込まれないでいたのです。たちまち顔色を変えて青の魔法使いに飛びつきます。

「青――青!」

 かざした手の下で頭の傷が消えていき、やがて武僧も身を起こしました。

「おお……さすがに頭に響きましたな。かたじけない、白」

 こちらも停止の魔法には巻き込まれていません。そこへ、花鳥に乗ったメールとゼン、犬に戻ったポチとルル、出口の方向からはキースが集まってきます。メールが花鳥の上からポポロを振り向いて言いました。

「大丈夫だよ、ポポロ! あんたの魔法はあたいたちには効かなかったからね!」

「使い方がうまくなってきたじゃねえかよ?」

 とゼンも言います。ポポロは口をおおったまま、回廊の上で泣き出しました。

 

 集まってきた仲間たちの真ん中で、二人の魔法使いが立ち上がりました。まだ停止している建物を見上げて言います。

「ポポロ様の魔法が効いているうちに直さなくては」

「壁を元に戻しましょう。怪物が消えたから、もう大丈夫ですな」

 と話し合いながら二本の杖を振り上げます。崩れて外とつながっていたホールの壁が、たちまちまた元に戻っていきました。ひび割れ曲がった柱も、元通りになっていきます――。

 停止の魔法が解け、また動き出した人々は、壁に激突しそうになって、仰天して立ち止まりました。彼らには一瞬のうちに目の前に壁が現れたように感じられたのです。

 気がつけば、崩れかけていたホールは、すっかり元通りになっていました。割れたステンドグラスも、はがれ落ちた天井も、何もかも以前のままです。あれは夢だったんだろうか――と人々は首をひねりました。とまどいながらも落ち着いていきます。

 

 

 フルートたちはホールの奥の祭壇を見ました。大司祭長のネッセが立ちつくしています。一行は駆け出し、祭壇へ上っていきました。

「ネッセ殿、今の青い光はなんです!?」

 と白の魔法使いが言いました。他の者たちが真っ先に聞きたかったのも同じことでした。中庭の方向から突然差してきた青い光が、ホール中から人面トカゲを消し去ってしまったのです。

 フルートは青ざめていました。あれは、先に光の淵から出たのと同じ聖なる光でした。まさか……と息が詰まるような想いにかられます。

 すると、ネッセは答えました。

「ユリスナイ様の恵みです。光の淵が、再び奇跡を示してくれたのです――。ユリスナイ様に招かれた信者が、自ら光の淵へその身を捧げました。ユリスナイ様はその聖なる想いと勇気を受けとられ、光の淵から聖なる光を放ち、怪物を消し去って我々をお救いくださったのです。――皆さん、祈りましょう! ユリスナイ様は、やはり私たちをお見捨てにはなりませんでした! 一人の信者の立派な信仰を受けとられ、聖なる光で我々を守られたのです! ユリスナイ様のご恩情に、皆で感謝の祈りを捧げるのです――!」

 ネッセはいつしか、ホールに残っていた人々へと呼びかけていました。その声を祭壇にいた魔法司祭が広げます。

 怪物の群れが光の中で消え、一度は崩れかけたホールがまた元通りになったのを見た人々は、非常に素直にその呼びかけを受け止めました。祭壇の前に集まってきます。これがユリスナイ様の奇跡です! 皆さんの祈りを神がお聞き届けくださったのです! とネッセが人々に言い続けます――。

 

「ユリスナイの奇跡だとぉ……?」

 ゼンが言いました。思いきり顔をしかめて、うさんくさそうにしています。他の仲間たちも、多かれ少なかれ同じような表情でした。

 かなりの人数が外へ脱出していましたが、ホールにはまだ千人以上の人々が残っていました。それが祭壇の前でひざまずき、手を合わせ、頭を垂れて祈り始めます。誰もがユリスナイの名を唱えて、その奇跡に感謝しています。

 フルートは真っ青でした。ネッセは、ユリスナイに招かれた信者が身を捧げた、と言っていました。先ほど、ユリスナイの名を呼び、今まいります、と言いながらホールの外へ走っていった若者のことに違いありません。若者は大神殿の中庭にある光の淵へ、自分から飛び込んでいったのです――。

「あの淵は、誰が飛び込んでも聖なる光を放つのか」

 と白の魔法使いが言いました。やはり青ざめています。キースが美しい顔を大きく歪めました。

「いい加減にしろ! 誰かが生け贄になるのは、もうたくさんだ!」

 けれども、彼らの声はユリスナイに感謝を捧げる声に圧倒されてしまって、人々の耳には届きませんでした。

「行こう、中庭へ――。光の淵と声の正体を確かめるんだ」

 蒼白な顔のままフルートは言い、一行は祭壇から下りました。回廊でポポロと合流してホールを出ていきます。

 後ろからは、ユリスナイの名を呼んで祈りを捧げる信者の声が、いつまでも聞こえていました。ユリスナイの奇跡、ユリスナイのご意志、ということばが何度も繰り返されています。その声が、次第に熱を帯びてきます。

 人の感情を匂いで感じる子犬が言いました。

「ワン、みんな本当に感動して感謝してますよ。ユリスナイに捧げる気持ちがものすごくて、他の匂いが全然しません。……なんだか怖いくらいだ」

「急ごう」

 とフルートが言い、全員は足早に中庭へ向かっていきました――。

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