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第10巻「神の都の戦い」

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69.守護戦

 ホールは再び騒然となりました。

 大司祭長の呼びかけで懸命に祈りを捧げていた人々が、頭上を振り仰ぎ、そこから姿を現す怪物を見つけて声を上げます。それは新たな人面トカゲでした。しかも一匹二匹ではないのです。揺らめく灯りが作る影のそこここから這い出してきます。

 人々は茫然とそれを見上げました。緊張の糸が切れる直前の、一瞬の静寂がホールを充たします。

 すると、一人の青年が人々の中から飛び出しました。狂ったように叫びながら階段に向かいます。

「ユリスナイ様! ユリスナイ様! 今まいります――!!」

 その声はすでに正気を失っているようでした。何かに取り憑かれたような顔をして、猛烈な勢いで回廊に駆け上がると、そのまま白の魔法使いやフルートたちの後ろを駆け抜けて神殿を飛び出していきます。

 恐怖と戦慄がホール中を駆け抜けました。人々の正気が失われようとしていました。青年と同じように、悲鳴を上げながらいっせいに駆け出しそうになります。ホールには隙間もないほど大勢の人々がいます。それがいっせいに動き出せば、間違いなく人が人を押しつぶし、踏みつけ、踏み殺すパニックが起きてしまいます――。

 フルートは呼びました。

「ポチ、来い!」

「ワン!」

 たちまち風の犬のポチが飛んできます。その背に飛び乗って、フルートはホールの中に飛び出しました。見上げる人々に向かって叫びます。

「落ち着いて! ユリスナイを信じて、順に逃げて! 大丈夫! 怪物はユリスナイと、ぼくたちが倒します!」

 大天井から怪物が降ってきました。人面トカゲです。フルートはポチと共に飛んで、剣を振りました。炎の弾が飛び出して怪物を火に包みます。怪物が燃えながら落ちていきます。人々が悲鳴を上げてその下から逃げます。

「上をよく見て避難してください!」

 天井の影から次々出てくる人面トカゲに剣をふるいながら、フルートは叫び続けました。けれども、剣では一度に一匹にしか切りつけることができません。影から抜け出した怪物が下にいる群衆に飛びかかろうとします。

 とたんにメールの声が響きました。

「花たち!」

 ざあっと音を立てて天井に花が飛んでいきました。そこでクモの巣のように網を広げ、飛び下りてきた怪物たちを捕らえます。

「この野郎!」

 ゼンが怪物めがけて次々と矢を放ちました。百発百中のエルフの矢です。聖なる矢ではないので致命傷にはなりませんが、怪物の動きを鈍らせることができます。

 

 白と青の魔法使いがホールの真ん中に姿を現しました。魔法で移動してきたのです。

「階段は狭すぎる。人が押し合って落ちるかもしれない」

 と白の魔法使いが言いました。

「出口を作りましょう。全員が速やかに避難できるように、まわり中に」

 と青の魔法使いが答えます。

「その間、神殿の上を支えていなくてはならないぞ。――できるか?」

「力業ならお任せを」

 青の魔法使いは、にやりと笑うと、手にしたこぶだらけの杖で、どん、と床を打ちました。目に見えない魔力が広がっていって、床から神殿の柱へと伝わっていきます。

「よし」

 と白の魔法使いは言って、自分の杖をホールの壁に向けました。壁は天井まで高く続いていましたが、その一階の部分が音もなく崩れ去り、日の光が差す明るい外の景色が現れました。出口が開いたのです。外気が風になってホールに流れ込んできます。

 人々は息を呑み、次の瞬間、歓声を上げて駆け出しました。明るい外へと逃げ出していきます。そこへまたフルートが叫びました。

「落ち着いて――! 大丈夫です! 助け合って逃げてください――!」

 青の魔法使いは床に杖をついたまま、力を込めてぐっと立ち続けていました。杖を握る腕は震え、たくましい顔からは玉のような汗が流れ落ちます。

 崩れた壁の間には、ところどころに柱が残っているだけでした。広がる外の景色と、その上におおいかぶさるような大天井や回廊の中で、あまりにも細く頼りなく見えますが、揺らぐこともなく立ち続けています。青の魔法使いが、全身全霊の魔力で柱を支えているのです。

 白の魔法使いは、まだ奥の祭壇に立っていた大司祭長をにらみつけました。

「これでもまだ祈れとおっしゃるか、ネッセ殿!? 人々に、この地獄のただ中に残れと――!?」

 ネッセは立ちすくんでいました。潮が引くように逃げ出していく人々を、祭壇の上から茫然と見守ります。

「ここは大神殿だ。ユリスナイ様の住まわれる場所だ……。私は……いや、ユリスナイ様は……」

 言いかけて、そのまままた立ちつくします。

 

 風の犬のルルがホールの中を飛び回りながら言いました。

「怪物が抜け出してくるわよ!」

 メールの花の網に捕まっていた怪物が、花を食いちぎって飛び下りようとしていました。ホールの中にはまだ脱出していない人たちが大勢います。フルートはポチと一緒に急降下していきました。ルルも風の体をひらめかせます。正面の回廊からはキースが剣を手に駆け下りてくるところでした。襲いかかる怪物たちから、人々を守ろうとします――。

 

 

 その時です。

 神殿の外で突然青い光が爆発しました。

 ホールの右側の出口から、すさまじい量の光が神殿の中に飛び込んできます。青いきらめきがホールの中を充たします。

 そのまばゆさに、人々は思わず立ち止まりました。目を開けていられなくなったのです。顔の前に手をかざし、強すぎる光をさえぎろうとします。そんな人々を光は青く照らし出します。

 すると、人面トカゲがいきなり吹き飛びました。まるで光になぎ倒されたような勢いでした。ホールの床にたたきつけられ、あっという間に溶けていってしまいます。そんな騒ぎが、至るところで起き始めます。

 フルートたちは驚いてあたりを見回しました。青い光の中、怪物は次々に消滅していきます。

 

「へぇ、聖なる光だぁ。これだけ強力だと、さすがのトーちゃんたちもひとたまりもないねぇ」

 のんびりした声がフルートのすぐ隣でしました。ポチに乗ったフルートの隣にランジュールが浮かんでいました。興味深そうに、ホールの様子を眺めています。

 聖なる光? とフルートとポチは光の来る方を見ました。青い光は神殿の外から差し込んできます。それは、中庭の林のある方向でした。ぞくり、といきなりフルートの全身が総毛立ちます。

「これと同じ光が、前にもミコンから出たよねぇ? 世界中に広がって、闇の怪物を消しちゃったんだ。この光はそれより小さいけれど、神殿の敵を消すのには充分みたいだなぁ」

 とランジュールが言いました。そのことばの通り、大神殿のホールから、人面トカゲは一匹残らず消えていくところでした。ちょうど、金の光を浴びたように、青いきらめきの中で溶けて見えなくなっていってしまいます。青い光が遠ざかるように薄れていきます――。

 

 すると、ランジュールがまた言いました。

「聖なる光が差してきて、闇の怪物はいなくなりました。みんな怪我ひとつしないで助かって、めでたしめでたし、よかったねぇ、って? うーん、それじゃ、ちょっと面白みが足りないんじゃないのぉ――?」

 のんびりした声が、突然ひやりとした響きを帯びました。とぼけた顔の中で、細い目が冷たく笑い続けています。

 フルートは、はっと振り向きました。

「何をする気だ、ランジュール!?」

「別にぃ――もうちょっと盛り上げようかな、ってね」

 くすくす笑いながら、ランジュールは片手をホールの中央に立つ魔法使いたちに向けました。とたんに、そのかたわらに一つ目の巨人が現れます。サイクロップスです。杖を握って神殿を支えている青の魔法使いの頭上へ、棍棒を振り上げます。

「青!」

 白の魔法使いが杖を向けました。サイクロップスを魔法で跳ね返そうとします。

 すると、その目の前に今度はオレンジ色の竜が現れました。ファイヤードラゴンです。白の魔法使いはとっさに杖を戻しましたが間に合いません。

「白さん!」

 フルートは叫びました。ファイヤードラゴンが、かっと口を開け、白の魔法使いへ火を吐きます。

 すると、ふいに青い光の壁が炎をさえぎりました。青の魔法使いが、こぶだらけの杖を白の魔法使いの前に差し出しています。白の魔法使いを炎から守ったのです。

 そこへ一つ目の巨人が棍棒を振り下ろしました。がつん、と鈍い音がして、青の魔法使いが床に倒れます。サイクロップスに頭を殴られたのです。たちまち、神殿を支える魔法が失われていきます。

 とたんに、外へ通じる出口の間で、細い柱が揺れ出しました。石でできた支柱にひびが入り、金の柱が曲がり始めます。脱出していた人々は悲鳴を上げました。みしみし、ぴしぴしという音に続いて、大神殿のホール全体から地響きのような音が響きます。

「逃げろ!!」

 とホールに駆け下りたキースが叫んでいました。

「早く外に出ろ! ホールが崩れるぞ!!」

 柱のひびはさらに広がり、金の柱はどんどんねじ曲がっていきます。上に乗った大天井や回廊の重みに耐えられなくなったのです。大天井から漆喰がはがれおち、回廊の窓のステンドグラスが音を立てて割れていきます。

 人々は悲鳴を上げ続けました。頭を抱えて逃げ出そうとしますが、それより早くホールが崩れてきます。

 魔法でそれを抑えようとした白の魔法使いに、サイクロップスがまた襲いかかってきました。今度は女神官の頭に棍棒を振り下ろそうとします――。

 

 すると、ホールの中に細い声が響き渡りました。

「レマート!」

 淡い緑の星が散り、巨人がぴたりと動きを止めます。同時に、地響きを立てていた神殿も、逃げ出そうとしていた人々も、凍りついたように動かなくなりました。

 回廊の上でポポロが手を伸ばしていました。指先から緑の星が消えていきます。何も動かなくなった世界の中を、静寂が充たしていきます。

 すると、ポポロが腕を引っ込め、両手で口をおおって泣き出しそうな顔になりました。

「やだ――また巻き込んじゃった!」

 サイクロップスを止めようとポポロが繰り出した魔法は、同時に崩れるホールと人々まで停止させてしまったのでした。

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