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第10巻「神の都の戦い」

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第18章 守護戦

67.過信

 大神殿はただならない雰囲気に包まれていました。

 大勢の司祭や修道士、修道女たちが手に手に松明を持って走り回り、そこここで祈りを唱えています。神殿の中の闇を一つ一つ見て回って、中に闇の怪物が潜んでいないかどうか確かめているのです。昨日は中庭に怪物が出現し、今朝も衛兵が食い殺されています。大神殿であっても決して安全ではないのだと、彼らは痛感したのでした。

 そんな人々の間をすり抜けるようにして、魔法使いとフルートたちは大司祭長の部屋へ急ぎました。取り次ぎを待ちきれず、勝手にドアを開けて中へ入っていきます。

 大司祭長の部屋ではネッセが司祭長の一人から報告を受けていました。その部屋の隅に四人の魔法司祭たちが立っています。闇の怪物から大司祭長を守っているのです。

「ご自分は安全な場所にこもって、危険な仕事はすべて部下任せですか。立派な大司祭長殿ですな」

 と青の魔法使いが遠慮もなく言ったので、ネッセは嫌な顔をしました。

「私は怖くてここにいるわけではありません。皆の報告をここで待っているのです」

「入り口の門や町中にも怪物が現れたことはご存じか?」

 と白の魔法使いが問いただしました。非常に厳しい声です。

「わかっています。門のところで四人、町中で十一人が怪物にやられました」

 町中の被害が増えていたので、フルートたちは、はっとしました。怪物はさらに他の場所にも現れていたのです。

 

「どうなさるおつもりです!?」

 と白の魔法使いは重ねて尋ねました。大司祭長をどなりつけていると言っても良いほどですが、それに答えるネッセの声は静かでした。

「今、怪物を探させています。衛兵を殺した怪物は大神殿の中から現れたようなので、闇をしらみつぶしに調べさせているところです。町中にも各神殿から僧侶を派遣するところです」

「だから、そんなのじゃぬるいって言ってんだろうが!」

 とゼンが我慢しきれなくなってどなりました。

「みんなで戦えよ! 闇がミコンを狙ってんだぞ! いつどこから怪物が襲ってくるかわかんねえんだから、自衛しろって命令しろよ!」

「そうさ! 安全だとはっきりした場所にみんなを集めて、そこで怪物と戦う準備をさせな! 怪物は絶対にまた襲ってくるよ! ばらばらでいたら、すぐにやられちゃうんだから、集団になって身を守るんだよ!」

 とメールも言います。渦王の鬼姫と呼ばれる彼女です。戦いに関しては的確な判断力を持っています。

 けれども、ネッセは答えました。

「それは衛兵や武僧たちの役目です。私たちがするべきことは、ユリスナイ様に救いを求めて、心を合わせて祈ることです」

 フルートたちは、じれったさに怒りさえ覚えました。聖職者のはずの白や青の魔法使いも今にも爆発しそうな顔になっています。

「これ以上被害を増やすおつもりか!?」

「祈りだけで怪物を倒すことはできませんぞ!」

「ここはミコンです。ユリスナイ様に守られている都です。必ずや、ユリスナイ様がお救いくださいます――」

 大司祭長のことばは変わりません。

 

 フルートはその顔を見つめて尋ねました。

「ユリスナイの声はなんと言っているんですか? 何もしないで、ただ祈っていなさい、って命じているんですか?」

 とたんに、ネッセは表情を変えました。

「我々は、ユリスナイ様のご恩情を信じているのです……。必ずや、ユリスナイ様は我々を救ってくださいます……」

 突然歯切れが悪くなった大司祭長に向かって、ゼンが言いました。

「へっ、やっぱりあんたがユリスナイに命令されたんだな。光の淵に飛び込め、ってよ。早く命令通りにしたらどうだ?」

 すると、ネッセが激しく立ち上がりました。あまり急なことにフルートたちがびっくりしていると、ネッセは青ざめた顔で言いました。

「ユリスナイ様は――まだ私にそのご命令をくださいません。――待っているのです、そう命じてくださることを。なのに、ユリスナイ様がお許しにならないのです」

「そりゃまた、あんたにはえらく優しいんだな、ユリスナイは」

 とゼンが皮肉たっぷりに言いましたが、ネッセはそれ以上は何も言いませんでした。

 

 そこへ、部屋に別の司祭長が入ってきました。

「大司祭長、ホールに人々が集まりました。大礼拝のお時間です」

「わかりました。今行きます」

 とネッセは答え、銀の肩掛けを直しました。キースが驚きの声を上げました。

「大礼拝を執り行うのですか!? この大神殿にまだ怪物が隠れているのに!?」

「人々はユリスナイ様に救いを求めて来ています。今こそ、礼拝は行わなければならないのです。どのような困難にも負けずに。あなたがたもおいでなさい。共にユリスナイ様に祈りましょう」

 司祭長や魔法司祭たちと共に、ネッセは部屋を出て行きました。後に残されたフルートたちは、思わず顔を見合わせてしまいました。

「ったく――馬鹿げてるぞ! ただ祈ってりゃユリスナイの奇跡が起きるってのかよ!?」

「やっぱり、あたいは気に入らないな。結局、誰かがなんとかしてくれるのを待ってるだけじゃないのさ。自分たちのことなんだから、自分たちでなんとかしようとしなよ!」

 ゼンとメールが口々に文句を言う中、青の魔法使いは難しい顔をしました。

「ミコンの市民はずっと、魔法や武僧たちに守られてきましたからな。自衛の経験がないのです」

「祈りはもちろん大切だ。だが、それ以前にするべきことがあれば、まずそれをしなくてはならないのだ」

 と白の魔法使いも言いました。厳しい声です。

 フルートは仲間たちに言いました。

「行きましょう。大礼拝に集まっているところを怪物に襲われたら、みんなひとたまりもない。守らなくちゃ」

「ちぇ。なんか納得いかねえぞ――」

 とゼンが舌打ちをしました。

 

 

 大神殿のホールには非常に大勢の人々が集まっていました。

 フルートたちがミコンに来た日に見た大礼拝と同じくらいの規模です。何万という人々がホールにひざまずき、座り込み、正面の祭壇に向かって手を合わせて祈っています。

 町中に闇の怪物が現れて人を食い殺していったことは、もうミコン中に知れ渡っていました。恐怖に駆られた人々は、救いを求めて大神殿に殺到したのでした。祭壇に立った大司祭長のネッセが、ユリスナイ様は必ず皆を救ってくださいます――と力を込めて説教しています。

 そんな様子を、フルートたちは神殿のすぐ外側の通路から眺めていました。広い神殿のホールです。一カ所にいては敵の出現に間に合わないので、彼らは三つのグループに分かれていました。神殿の右の通路に白の魔法使いとフルートとポチ、左の通路に青の魔法使いとゼンとメール、正面入り口の前にポポロとキースとルルという組み合わせです。ホールの奥には祭壇と壁があって、そちらから敵が入り込む心配はないのでした。

 炎の剣を握りながら、フルートは、ホールの柱の間からちらちらと正面入り口の方を見ていました。遠くに黒い衣が見えています。ポポロです。青い聖騎士団のマントをはおったキースの姿も見え隠れしています。

 そんなフルートに白の魔法使いが話しかけました。

「素直におなりなさい、と昨夜も申し上げたはずですよ。勇者殿があちらへ回ればよろしいのです」

 けれども、フルートは答えました。

「キースは闇の敵を直接切り倒すことができます。ぼくの武器は炎の剣だけだ。神殿の中では思うように使えないかもしれません。キースの方が、ポポロを守れるんです――」

 ことばがとぎれました。そのままうつむいてしまったフルートを、ポチが心配そうに見上げました。

 

 その時、突然ホールを越えた反対側で、ばしゅっと空を切る音が起きました。ゼンが矢を放ったのです。ギキィィ、と甲高い鳴き声も上がります。

「出たぞ! 怪物だ!!」

 祈る人々の頭上にゼンの声が響き渡ります。

 ホールの左側の通路に大きな生き物が出現していました。毛のない人の頭に大きなトカゲの体の黒い怪物――人面トカゲでした。

「生きていたのか!?」

 とフルートが驚くと、青の魔法使いの声が聞こえました。

「顔が違う、別の怪物です! 皆の者、逃げなされ――!」

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