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第10巻「神の都の戦い」

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66.朝

 朝が来ました。フルートたちはカイタ神殿の隅のテントから這い出すと、神殿が準備してくれた朝食を取りました。フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル、白と青の魔法使い、キース……全員が顔を揃えています。前の晩、とうとう闇の襲撃がなかったので、食事中の話題はそのことでした。

「闇の怪物は大神殿で全部退治されてたのかもね。ミコンにはもう残ってなかったのかも」

 とメールが言うと、ゼンが首をひねりました。

「それって見通し甘くねえか? 確かにそう期待したいけどよ。それに、ランジュールのヤツは自前の怪物も連れてるんだ。それがいつ襲ってくるかわかんねえんだぞ」

「ワン、スノードラゴンは白さんと青さんでやっつけてくれたから、ぼくたちとしては少し楽になったけど、他にまだどんな魔獣を連れているのかわかりませんしね」

 とポチが考えるように言いました。ランジュールは魔獣を使いこなすだけあって、ポチたち風の犬の弱点もよく知っているのです。

「あのユリスナイの声の正体も確かめなくてはなりません」

 と白の魔法使いが言いました。前の晩、フルート相手にあれほど切ない表情を見せたのが嘘のように、今朝はまた金髪をきっちりと結い上げ、厳しいくらい毅然とした顔に戻っています。

「あの声がネッセ殿にどんなことを言ってきたのかが気になりますからな」

 と青の魔法使いも言います。目の前に並べられた山盛りの肉や野菜、パンを次々とたいらげながらです。このカイタ神殿は戦う武僧たちが暮らす場所なので、食事も他の場所とは比べものにならないほど量が多くて豪華だったのです。

 キースが皮肉な笑い顔になりました。

「案外、ネッセ大司祭長にもユリスナイの命令が下ったんじゃないのか? 世界から闇を完全に追い払うために、光の淵に飛び込め、ってね――」

 一同は思わず考え込みました。前日、彼らの質問にことばをにごして、ユリスナイの命令を伝えようとしなかったネッセを思い出します。おおいにありそうなことでした。

「それならあの嫌な人も片付くし、一石二鳥よね。まあ、そんなことしても、世界中から闇を消すなんてことはできっこないんでしょうけど」

 とルルが言いました。綺麗な姿の雌犬なのに、相変わらず言うことは辛口です。

 

 白の魔法使いはフルートを見ました。

「もう一度、光の淵へ行って調べてみるのが良いと思うのです。あの声は確かにあそこから聞こえてきたような気がします。近くに何かが潜んでいるのかもしれません」

 フルートはうなずきました。その朝、少年は一言も口をきいていませんでした。ただ押し黙って、皆の話を聞き、食事を取っていたのです。そこから少し離れた場所にはポポロが座っていて、うつむきながらひっそりと食事をしていました。やっぱり何も言いませんが、時々そっと手を上げて、目から涙をぬぐっています。そんな様子は見えているのに、フルートはやっぱり何も言わないのでした。

「なあ。デビルドラゴンは本当に消えたんだと思うか――?」

 とゼンが言いました。フルートとポポロの微妙な態度には気づいていません。

「きっとそうなんだろうね。ユギルさんの占いにもそう出たんだからさ」

 とメールは答えると、ポポロの隣に移動しました。小さな声で話しかけます。

「そんなに気になるなら、直接フルートに確かめなよ、ポポロ」

 けれども、少女はうつむいたまま、ただ首を横に振っただけでした――。

 

 

 食事がすんだ後、テントに戻ろうとするフルートをキースが呼び止めました。

「ちょっといいかな?」

 振り向いたフルートは露骨に嫌な顔をしましたが、それでも足を止めました。近くに他の仲間たちはいません。

 キースが苦笑いしながら言いました。

「そんな顔しないでくれよ……。ぼくとポポロのことを誤解してるんじゃないかと思ってさ。君の彼女と勝手に話したりして悪かったと思うけれど、別に特別な話をしていたわけじゃないし――」

「ポポロが誰と何を話そうと、それは彼女の自由ですから」

 とフルートは答えました。自分でもびっくりするくらい、とげとげしい言い方になっていました。

 キースはいっそう苦笑しました。

「だから……。あの時、ぼくたちが何を話していたか教えようか? 君のことさ、フルート。彼女は面白いね。あんなに引っ込み思案なのに、自分が大切に思っていることは、一生懸命話そうとするんだ。彼女は、君のことを本当に一生懸命話していたよ。それなのに、あんなふうに泣かせちゃったら、かわいそうじゃないか」

 いや、悪いのはぼくなんだけどね、とキースはすぐに頭をかきました。本当に美しい青年なのに、気取らないというか、妙に愛嬌のあるしぐさを見せます。

 フルートは、とまどって目をそらしました。

 キースが言っていることは本当なのだろう、と思います。それなのに、やっぱり胸の中には棘が刺さったような痛みがあって消えないのです。重苦しいものが心の中に沈んでいます。どれほど、何でもなかったんだ、と言われても、やっぱりポポロとキースが寄り添って話す姿が記憶から消えません。遠い町並みを背景に並んで座る青年と少女の後ろ姿は、まるで一幅の絵のようにお似合いで、本当に、文句のつけようもなかったのです。自分とポポロが並んでも、あんなふうには決して見えないのに――。

 

 キースは首をかしげました。いくら言い聞かせても表情が明るくならないフルートを、けげんそうに眺めます。

 フルートは元々とても頑固な少年です。人からどれほど言われても、なかなかその気持ちは変わらないのですが、まだつきあいが浅いキースには、そんなところまではわかりません。たたみかけるように、さらに話をしようとすると、そこに青の魔法使いの声が響きました。

「勇者殿! 皆様方――!」

 ただならない響きの声でした。

「おいでを! 大神殿が怪物に襲われましたぞ!!」

 

 

 一同は仰天して駆けつけました。

 青の魔法使いと白の魔法使いは、白い服の司祭や神殿の武僧長と話をしていました。大神殿からの使いらしい司祭は、真っ青な顔色をしていました。

「怪物って――!?」

 フルートは叫ぶように尋ねました。てっきり闇の怪物は自分を襲ってくるものだと思っていたのです。大神殿が襲われたというのは予想外の事態でした。

「昨日のトカゲ野郎か!?」

 とゼンも尋ねます。白の魔法使いがそれに答えました。

「わかりません。未明に大神殿の衛兵たちが襲われたようです。今朝方、朝のお勤めに神殿の外に出た修道士が、無惨な姿になった三人を見つけたそうです。食い殺されたようで、ほとんど人の姿を留めていなかったと――」

 フルートたちは青ざめました。その有り様は間違いなく闇の怪物の仕業です。

「大神殿へ行きましょう!」

 とフルートが言ったとたん、そこへ新たな人々が駆けつけてきました。

「武僧長! 武僧長!!」

 と武僧服の男が自分たちの長を呼びます。その後ろには別の武僧がいました。

「大変です! 町の入り口へ警備の交代に行った者から、人が死んでいるという報告がありました! 人数は三人から、四人――。先に門の警備にあたらせた武僧四人が見当たりません!」

 武僧長たちは顔色を変えました。

「やられたのか?」

「わかりません。遺体の損傷が激しくて、顔がとても確かめられないそうです。ですが、状況から見て、おそらく未明の当直にあたっていた者たちかと!」

 一同がまた驚いていると、そこにさらにもう一組の人々が駆け込んできました。数人の男女で、市民の格好をしています。

「お坊様、お坊様! 早く来てください!」

 と武僧長たちに飛びついて叫びます。

「隣の家が血だらけなんです……! 家中が血の海になってて!」

「六人家族の家なんです! なのに、どこにも誰もいないんですよ!!」

 男女は金切り声でした。一同は青ざめた顔を見合わせました。同時に三カ所が闇の襲撃を受けたのです。

「今すぐ行く」

 と武僧長は男女に答え、たちまち武僧たちは神殿へ駆け出していきました。

 白の魔法使いが仲間たちに言いました。

「我々は大神殿にまいりましょう」

 フルートたちはうなずき、白の魔法使いの後に続いて、カイタ神殿の広場を飛び出しました。

 

 つづら折りの道に出ると、薄靄(うすもや)に包まれたミコンの町が目の前に広がりました。靄は朝日を浴びてみるみる薄れていきます。その町のあちらこちらから、人々の驚く声や恐怖の声が聞こえるような気がしました。

 坂道を頂上に向かって必死で駆けながら、フルートは心の中で叫んでいました。

 何故――!? ぼくはずっとこのカイタ神殿にいたじゃないか! どうして他の場所が襲われるんだ!?

 町の頂上では、大神殿の無数の塔が、青く変わっていく空へ高くそびえていました――。

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