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第10巻「神の都の戦い」

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63.必死

 フルートはポチの背に乗って人面トカゲ相手に剣をふるい続けていました。剣は全体が淡い緑色に輝いています。ポポロの聖なる魔法の力が宿っているのです。剣をふるうたびに緑の軌跡が生まれ、怪物の体を切り裂いていきます。黒い霧のような血が噴き出してきます。

 キースは地上からトカゲを攻撃していました。手にしているのは普通の剣ですが、ふるうキースの方に不思議な力があります。あれほど再生力の強い闇の怪物が、キースに切られた傷は少しも治りません。

 次第に弱ってくる怪物を見て、ポチが言いました。

「ワン、今です! あいつの急所にとどめを刺せば――」

 ところが、その瞬間、人面トカゲは大きく体を動かしました。切りつけてきたキースの剣をかわし、そのまま後ろを向きます。フルートとポチは、はっとしました。

「危ない――!」

 長いトカゲの尾が、ぶん、と飛んできて、キースの体を打ち据えました。人の胴より太い尾です。キースは地面にたたきつけられ、その拍子に剣を手放してしまいました。

「キース!」

 フルートは叫びました。人面トカゲがまた向き直り、衝撃で動けなくなっている青年に襲いかかろうとします。笑うような形の口には鋭い牙がずらりと並んでいます。

 フルートはポチと一緒にキースの前に飛び出しました。食らいつこうとする怪物の顔にまともに一太刀食らわせます。怪物の顔に横に傷が走り、そこからまた霧の血が噴き出します。

 ギギィィィィ!!

 怪物は怒りの声を上げました。飛びすぎていくポチに牙をむき、後を追っていきます。倒れたキースはその場に残されました。ゼンやメールやポポロたちがあわてて駆け寄ります。

 フルートの手の中で剣の光がまたたくように揺らめき始めました。緑の輝きが強く弱く明るさを変えます。

「ポポロの魔法が切れる――!」

 フルートは声を上げました。ポポロの魔法は強力ですが、ほんの二、三分しか続かないのです。

「ワン! とどめを!」

 ポチがフルートを乗せたまま急旋回して、また人面トカゲに向かいました。フルートは剣を構え直しました。緑に輝く切っ先を、その心臓に突き刺そうとします――

 

 その時、大神殿の建物から甲高い声が上がりました。

「な――何事です、これは!?」

 大司祭長になったネッセが、数人の司祭を従えて、中庭に面した出口に立っていました。目を見張り、仰天しています。

 中庭は至るところが大混乱でした。衛兵が闇の怪物と戦い、首をはねて切り倒したところへ油をかけて火をつけています。燃え上がる怪物を飛び越えて、別の怪物が衛兵に襲いかかっていきます。それを白い服の魔法司祭が聖なる魔法で吹き飛ばします。けれども、その魔法司祭に食らいついていく怪物もいるのです――。

 怪物と人間が庭中で入り乱れていました。その中でもひときわ大きくて、ぞっとするような姿をしているのが、フルートたちの戦っている人面トカゲでした。人そっくりの顔で、ギギギ、と笑い、立ちすくんでいるネッセたちの方へ動き出します。ネッセが上げた金切り声に惹かれたのです。

 大司祭長を守ろうと飛び出した魔法司祭たちが次々に跳ね飛ばされました。トカゲの体は強力な闇魔法で守られています。魔法がそのまま跳ね返されて、繰り出した者へ戻ってきてしまうのです。あっという間に、ネッセの周りには誰もいなくなってしまいました。そこへ人面トカゲが迫っていきます。地上を飛んでいくような勢いです――。

「は!」

 青の魔法使いがこぶだらけの杖で地面を突きました。トカゲの目の前で突然地面が崩れます。トカゲを地割れに呑み込もうとします。

 けれども、直前でトカゲは地割れを飛び越えました。ネッセに飛びかかり、食らいつこうとします。先の大司祭長と違って、ネッセは聖なる魔法が使えません。とっさに後ずさります。

 白の魔法使いが杖を向けました。ネッセの目の前に石積みの壁が現れ、怪物がそこに激突します。魔法の障壁より、物理的な壁の方が効果がある、と読んだのです。トカゲは地面に転がりましたが、すぐにまた跳ね起きると、石壁に飛びつきました。するするとその上によじ登り、壁の頂上にしがみついて、目の前の男を見下ろします。

 銀の肩掛けをまとった男は、真っ青な顔で怪物を見つめ返しました。動くことができません。ギギギ、とトカゲがまた笑います。

 

 すると、ネッセの頭上を飛び越えてポチが突進してきました。人面トカゲに真っ正面から突っ込んでいきます。その背中には剣を構えたフルートがいました。緑に輝く刀身をトカゲの胸に突き立てます。

 ところが――。

 剣の切っ先が怪物の心臓に達する寸前に、ふうっと緑の光が消えてしまいました。ポポロの魔法が切れたのです。

 トカゲが自分の胸を刺している少年の頭を食い切ろうとしました。体を揺すって首をねじりますが、歯が届きません。フルートがあまり小柄だったので、いくら怪物が下を向いても口が届かなかったのです。

 フルートは突き刺した剣を支えながら叫びました。

「このまま飛べ! 林の中の――光の淵へ――!」

 その声を聞いた者たちは、いっせいにはっとしました。中庭の真ん中で黒く焦げた姿を見せている林を眺めます。その奥に今も横たわっているのは、不思議な青い光の水をたたえた泉です。

 ポチがとまどっていると、フルートがまた叫びました。

「ポチ、早く! 光の淵へ飛ぶんだ!」

 せっぱ詰まった声でした。ポチは、ワン! とほえると怪物もろとも空を飛び始めました。疾風の勢いで林の中へ飛び込んでいきます。

 

 林の奥に不思議な青い光が見えてきました。光をたたえた岩の裂け目が見え始めます。音はまったくありません。ただ静かな光の水面が輝いているだけです。

 それを行く手に見つめながら、フルートはまた叫びました。

「上へ行け、ポチ! 怪物をたたき落とすぞ!」

 そう言われて、ポチにもようやくフルートの考えていることがわかりました。通常の攻撃では倒せない闇の怪物を、光の淵に落として消滅させようとしているのです。

 フルートは渾身の力で剣を支え続けていました。剣に串刺しになった怪物が四本の足で宙をかいていますが、頭も足もどこにも届かないので、剣から逃げ出すことができません。剣に刺されたままポチに運ばれていきます。

 けれども、剣が怪物の体からじりじりと抜け始めていました。驚異的な再生力が傷が治し、剣を押し返しているのです。フルートは歯を食いしばり、必死で剣を突き刺し続けました。光の淵に到着するまで、絶対に怪物を逃がすまいとします。

 その時、もがく怪物の前足がフルートに触れました。鋭い爪がはえた足がフルートの服を引き裂き、顎から胸にかけて走った傷から血が噴き出します。フルートは思わず悲鳴を上げました。

「ワン、フルート!」

 ポチが思わず止まろうとすると、とたんにフルートが叫びました。

「止まるな! そのまま――早く!!」

 傷ついてもフルートは剣を放しませんでした。血に汚れた腕で懸命に剣の柄を押さえ続けています。

 ポチは必死で飛び続けました。ついに青く輝く光の淵の上までやってきます。

 ところが、その時にはもう、人面トカゲの体はほとんど剣から抜けて、怪物の頭がフルートの頭に届く距離と角度になっていました。笑うような形の口がフルートの頭を一口で食いきろうとします。剣を支え続けているフルートは、それに気がつきません――。

 

 すると、突然林に少女の声が響きました。

「セエカ!」

 たちまち爆発するような衝撃が広がり、怪物とフルートたちは吹き飛ばされました。風が巻き起こり、林の木々が悲鳴を上げます。

 その林の中にポポロの姿はありませんでした。彼女は中庭の、キースのそばに立っています。その宝石のような瞳は緑に燃え上がり、片手をまっすぐ林に向けています。服は黒い星空の衣に変わっています。ポポロは今、魔法使いの目で林の中の様子を見ていました。フルートを助けるために、離れた場所から跳ね返しの魔法をつかったのです。

 魔法の反動で剣がフルートの手から離れていました。怪物の胸を浅く突き刺したまま、空から落ちていきます。その下には、青い光の水をたたえた淵があります。

 怪物が光の中に落ちました。たちまちその姿が消えて見えなくなっていきます。

 一方、ポチはポポロの魔法の反動できりもみ状態になっていました。フルートが必死で背中にしがみついています。

 すると、淵から光が高く高く伸び上がってきました。怪物が落ちていったあたりです。水しぶきが上がるように水面が持ち上がり、崩れた先端が蛇の鎌首に似た形になります。

「危ない!」

 ポポロの声がまた響き渡りました。

 光の淵から立ち上ったしぶきが、上空を飛ぶポチを襲ったのです。白い風の体にまともにかかり、その長い体を真っ二つにします。

 ギャン! とポチは悲鳴を上げ、一瞬で子犬の姿に戻ってしまいました。背中のフルートもろとも光の淵へ落ち始めます。

「ポチ!」

 フルートは手を伸ばして子犬を捕まえました。自分自身も光の淵へ落ちながら、それでも必死で子犬を抱きしめます。

 青い水面が迫ってきます。すべての存在から影を消し去り、その存在を焼き尽くしてしまう強烈な光です。落ちれば、ポチとフルートも消滅してしまいます――。

 

 ところが、直前で誰かがフルートの腕をぐっとつかみました。驚くほどの力で、あっという間にフルートとポチを水面から空へと引き戻します。たちまち淵が遠ざかります。

 怒ったような声がすぐそばでしました。

「ったく。相変わらず危なっかしいヤツだな、おまえは!」

 ゼンです。風の犬に変身したルルに乗って、フルートの腕を捕まえています。ルルと一緒に空を飛んでフルートの元へ駆けつけ、光の淵に転落する寸前でフルートたちを助けたのでした。

 彼らをルルの背中に引き上げたとたん、ルルが言い出しました。

「敵から目を離しちゃダメじゃないの、ポチ! 消滅したらどうする気だったのよ!?」

 ひどく怒った口調ですが、その声は震えていました。今にも泣き出してしまいそうです。風の体もぶるぶると震えています。

「ワン、す、すみません……」

 とポチは小さくなりました。

 ゼンは怪物に負わされたフルートの傷を確かめました。長い爪痕ですが、傷そのものはあまり深くありません。まずは安堵の息をついてから、ゼンはおもむろに拳を握りました。

「ったく、ほんとにおまえってヤツは……。言ったよな。今度馬鹿な真似をしたら、本気で殴るって。おまえの命はおまえだけのもんじゃねえって、何度言ったらわかるんだよ!?」

 どなり出し、本当に殴ろうとしたゼンを、フルートはあわてて押しとどめました。

「よせよ、わざとじゃない! わざとじゃないんだったら――!」

 怒り、怒られる少年たちと犬たちの後ろで、淵が静まっていきました。光のしぶきが落ち、平らかになった光の水面は、何事もなかったようにまた青い輝きを放ち始めました――。

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