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第10巻「神の都の戦い」

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62.闇トカゲ

 ところが――ランジュールもいきなり吹き飛ばされました。

 幽霊のランジュールは宙に浮かぶように立っています。それが突然激しく後ろへ飛ばされていったのです。まるで見えない手に思いきり突き飛ばされたような動きでした。

 ランジュールは一瞬姿を消し、まったく別の場所に姿を現して、へぇぇ、と感心した声を上げました。

「ボクの魔獣使いの術を跳ね返したの。これはまたすごいねぇ」

 黒い人面トカゲは、ちろちろと舌なめずりを続けていました。人そっくりの頭を振り、逃げまどう人々を眺めます。ふぅん、とランジュールはまたつぶやきました。

「そうかぁ。君、もうご主人がいるんだね。だからボクの命令が聞けないんだぁ」

 幽霊の青年は目を上げて大神殿を見つめました。無数の鐘はまだ鳴り続けています。神殿の中からは、後から後から人が中庭に飛び出してきます。白い衣を着た聖職者たちです。

 うふふ、とランジュールは笑いました。

「神殿から現れた闇の怪物かぁ。君のご主人は、いったい誰なんだろうね? 興味深いよねぇ」

 そう言い残して、幽霊の青年は消え始めました。

「さぁて、退散退散。こっちまでとばっちり食らっちゃ大変だからねぇ。高見の見物と行かせてもらうよぉ」

 うふふふふ……と女のような笑い声が最後まで残って消えていきました。

 近くにいたフルートは、青ざめて立ちつくしていました。ひとりごとを言っていたようなランジュールですが、すぐそばにフルートがいて、その話を聞いているのを承知していたのです。

 あの怪物は誰かに操られている――? とフルートは考えました。人面トカゲは神殿の中から出てきました。闇の怪物たちは、神殿の中までは入っていこうとしないのに――。

 

「ワン、フルート! トートンたちが!」

 とポチが叫んでいました。黒い人面トカゲがまた動き出したのです。途中の障害をすべて跳ね飛ばして、トートンやピーナ、町の人々の後を追いかけていきます。半数はまだ子どもたちの集団です。あっという間に追いつかれてしまいます。

 ルルがまた風の犬に変身してその間をさえぎりました。つむじを巻き、人面トカゲを押し返そうとします。

「ポチ!」

 とフルートは呼び、同じく風の犬に変身したポチに飛び乗り、まっしぐらに怪物へ向かっていきました。

「金の石の勇者はぼくだ! 追いかけるならぼくを追ってこい!」

 と叫びます。本当に、フルートの戦い方はいつも変わりません。敵の目の前に飛び出し、自分に敵を引きつけようとするのです。防具を身につけていなくても、強力な武器が手になくても、関係ありません。自分自身の体を盾にして、敵から人々を守ろうとするのです。

 フルート……とポチは心でつぶやいていました。そんな戦い方がいいはずはないと思うのですが、だからといって、他の戦い方も思いつきません。ポチにできるのはただ、フルートが敵に捕まってしまわないように、フルートを守って飛び続けることだけです。

 

 ところが、人面トカゲはフルートを無視しました。つむじを巻くルルに向かって、ギィィ、ときしむような声を上げたと思うと、そのまま風の中へ突っ込んでいきます。次の瞬間、ルルの風の体が弾き飛ばされました。ルルが犬の姿に戻り、地面に転がります。

「ルル!」

 フルートとポチは驚きました。この怪物は風の犬さえ弾き飛ばしてしまうのです。

「強力な闇魔法に守られた怪物です、勇者殿!」

 と白の魔法使いが地面から立ち上がりながら叫びました。青の魔法使いもどなります。

「通常の攻撃も魔法も刃が立ちませんぞ! 強力な聖なる武器でなければ――!」

 けれども、フルートにそんな武器はありません。聖なる光を出す金の石も眠ったままです。

 大人と子どもたちの悲鳴が上がりました。人面トカゲがまたトートンたちを追いかけ始めたのです。その黒い目は人々しか見ていません。金の石の勇者であるフルートのことは、まったく眼中にないのです。

 二人の魔法使いがまた杖を振りました。光の壁が怪物の前に立ちはだかります。けれども、怪物が飛び込むと、壁が薄いガラスのように砕けました。魔法の障壁でも防ぐことができません。怪物が逃げ遅れた子どもたちに迫ります――。

「やめろ!!」

 とフルートは叫びました。ポチと一緒に怪物の前に飛び込みます。フルートが手にしているのは普通の剣です。そんなものでかなうはずはないと知りながら、フルートは怪物に切りつけました。人の顔のような頭へ鋭く剣を振ります。

 

 とたんに、ギィィィィ……!! と怪物が悲鳴を上げました。その左目が黒い霧のような血を吹き出していました。剣に目を切り裂かれたのです。

 フルートは驚いて手の中の剣を見ました。刀身がぼうっと光を放っていました。淡い緑の輝きです。

「ワン、フルート! あれ!」

 とポチが言いました。歓声です。

 中庭の入り口に三つの人影がありました。長身の青年と、がっしりした背の低い少年、そして少年に抱きかかえられた小柄な少女です。

 へへっ、とゼンが笑いました。ぜいぜいと大きく息をしています。足の遅いポポロを抱いて、ここまで走ってきたのです。

 ポポロが声を上げました。

「フルート、今のうちよ! 聖なる力が宿ってるわ!」

 その指先からは緑の星のようなきらめきが消えていくところでした。魔法でフルートの武器を聖なる剣に変えたのです。

 フルートはポチの背中で剣を握り直しました。剣は淡い緑色に輝き続けています。急降下するポチの動きに合わせて、一気に怪物に振り下ろします。

 再び剣が怪物を切り裂き、黒い霧の血が噴き出しました。ギィィ、と怪物がまた悲鳴を上げます。

 その間にキースが人々の前に飛び出しました。剣を抜き、やはり怪物に切りつけます。闇のものを切ることができるキースの特殊能力は、人面トカゲにも効果がありました。トカゲが前足にも傷を負い、あわてて後ずさっていきます。

「ワン、行けますよ! とどめを刺しましょう!」

 ポチがまた歓声を上げます。

 

 ゼンはポポロを地面に下ろしました。神殿の階段の下からずっとポポロを抱いて駆け上がり、全速力でこの中庭まで駆けてきたので、さすがのゼンもしばらくは息が整いません。そこへメールが駆けてきました。

「ポポロ! ゼン!」

「よう――怪我はなかったな――」

 あえぎながら、ゼンがにやりとしました。そのまま三人揃って、聖なる剣で戦うフルートを見守ります。フルートの剣は確実に怪物にダメージを与えています。キースの剣も同様です。あれほど無敵だった人面トカゲが押されて後ずさっていきます。

 そんな光景が見る者たちに心の余裕を生みました。これなら行けそうだ、と誰もが思い始めます。

 メールがポポロを振り返って話しかけました。

「ポポロ、あんた、ここからフルートの剣に聖なる力を送ったんだろ? でも、前にゼンの矢を光の矢にしたときには、あたいに力を運ばせたよね? なんで今回は遠く離れていても大丈夫だったのさ?」

 ポポロはちょっと顔を赤らめました。

「普通は、こういう力は直接にしか渡せないのよ……」

 え、だって、とメールとゼンが目を丸くすると、その足下に犬の姿のルルがやってきました。笑うような声でこう言います。

「例外は、相手が自分を完全に信頼してくれてる時なのよね。例え何をしてもそのまま受け止めてくれるくらい、こっちを信じてくれてる相手なら、遠くからでも力の魔法を投げ渡せるのよ」

 あー……とゼンとメールは思わず納得しました。ポポロがますます赤くなってうつむきます。

「つまり、愛の力ってことかぁ」

 とメールが言うと、ゼンがポポロに言いました。

「でも、あいつにも直接渡した方が良かったかもしれねえぞ? 俺の時みたいに口移しで力をもらった方が、あいつも張り切ったかもしんねえからな」

 ポポロはたちまち目を見張り、恥ずかしさに顔をおおってしまいました。

「もう、ゼンったら――なに言ってんのさ!」

 とメールも真っ赤な顔になると、ゼンの背中を思いきりたたきました。

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