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第10巻「神の都の戦い」

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61.魔獣

 激しい炎がフルートめがけて吹きつけてきました。

 フルートは思わず両手を前にかざしました。その腕は金の鎧に包まれていません。ただ布の服を着ているだけで、炎を防ぐことはできないのです。小柄な全身を炎が一瞬で包もうとします。

 すると、炎と同じくらい激しい風の音が湧き起こりました。ごごうっとうなりながら、つむじ風がファイヤードラゴンの炎を巻き込み、空の高みへと運んでしまいます――。

 フルートは歓声を上げました。

「ポチ!」

 ワン、と空から返事があって、またつむじ風が舞い下りてきました。白い犬の頭と前足がフルートの小さな体に飛びつきます。

「間に合って良かった! 騒ぎが聞こえたから飛んできたんです! 大丈夫ですか?」

 そこにもうひとつのつむじ風が飛んできて並びました。白い体のあちこちに銀の毛が光る風の犬――ルルです。大神殿に向かっていた二匹の犬たちは、怪物や人の叫び声を聞きつけて、変身して駆けつけてきたのでした。

 フルートはポチの背中によじ登りました。

「ランジュールだ! ここにぼくがいるのを知って、闇の怪物を連れてきたんだよ!」

 ルルが先に空へ舞い上がりました。

「デビルドラゴンは消えても、闇の怪物はまだ残ってるってわけね――上等じゃない!」

 言いながらうなりを上げて舞い下りてきます。体をひねらせながら怪物たちの間を飛びすぎ、風の刃で切り裂いていきます。

 けれども、闇の怪物の再生力は驚異的です。切られても切られても、またその体はつながり合い、再生して立ち上がってきてしまいます。

「ポチ! ドラゴンの目の前を飛んで!」

 とフルートが叫び、ポチがフルートを乗せたままファイヤードラゴンの前を飛びすぎました。その後を追ってドラゴンが火を吹きます。

 フルートは闇の怪物たちの間を飛んでいました。たちまち火が怪物に燃え移り、怪物たちが悲鳴を上げます。

「あれ」

 とランジュールが声を上げました。

「そんなのありぃ? ちゃんと自分たちで火をつけなよ。怠慢だなぁ」

 文句を言いながらファイヤードラゴンへ手を向けます。

「はぁい。ファイちゃん二号も撤収。ユキちゃん、出番だよぉ」

 うふふっ、と楽しげに笑うランジュールの声の中、ファイヤードラゴンが消え、また別の魔獣が姿を現します。全身真っ白な毛でおおわれたドラゴンです。

 フルートは、はっとしました。

「離れろ、ポチ! ルル! スノードラゴンだ!」

 猛烈な吹雪が彼らを襲いました。ポチとルルは風の体を吹き散らされ、たちまち元の犬の姿に戻りました。フルートもろとも、真っ逆さまに空から落ち始めます。メールは悲鳴を上げました。受け止めたくとも、花がありません。

「金の石!」

 フルートは落ちながら叫びました。

「金の石――金の石!」

 けれども、フルートの首から下がったペンダントの真ん中で、石は灰色のままでした。光も守りの力も発揮しません。地面が迫ってきます。たたきつけられたらフルートも犬たちも無事ではすみません。

 

 すると、地面に激突する直前に、フルートたちは何かにふわりと受け止められました。まるで羽布団の上に落ちたように、ゆっくりと体が沈んで地上に着きます。

 そのかたわらに姿を現したのは、一組の男女でした。それぞれ青と白の長衣を身にまとい、手に杖を握っています。

「お怪我は、勇者殿?」

 と青の魔法使いがフルートに尋ねました。白の魔法使いが唇を震わせて怒ります。

「なんということだ……! 大神殿にこれほどの闇が入り込んでいるのに、司祭は誰も気がつかないのか!? ネッセ殿は何をしておられる!」

「あの方は魔法司祭ではない。気づけんのでしょう」

 言いながら、青の魔法使いが、どんと杖で地面を突きました。たちまち衝撃波が伝わり、闇の怪物たちが倒れます。

「では、気づかせてやろう」

 白の魔法使いが杖を高くかざしました。ユリスナイの声に呼ばれた後、一時的に魔法が使えなくなった彼女も、今はまたその力を取り戻しています。たちまち大神殿中で鐘が鳴り出しました。一つ二つではありません。神殿の正面にそびえる大鐘楼の鐘はもちろんのこと、その周囲の塔の鐘も、建物の中の鐘も、果ては食事を知らせる呼び鈴までが、鳴らす者もいないのに、ひとりでに高く鳴り出します。

 ガラーンガラーン、ゴーンゴーン、カラァーンカラァーン、ジャラーン、リリリーン……

 あっという間に大神殿はすさまじい鐘の大合唱に包まれます。

 

 耳をふさぐような鐘の音の中、フルートは二人の魔法使いを見上げました。

「白さんも青さんも……どうしてわかったんですか?」

「ポポロ様の目です」

 と白の魔法使いが答えました。

「勇者殿の行方を捜していて、この大神殿の騒ぎに気がつかれたのです。皆様方も今、こちらへ向かってきています。間もなく到着するでしょう」

 ポポロは、急に行方がわからなくなったフルートを魔法使いの目で探しているうちに、この大神殿の中庭の戦いに気がついたのでした。

 一瞬、フルートが唇をかみました。キースと笑いながら話していたポポロの姿を思い出したのです。まるで痛みでも感じたように顔をしかめてしまいます。

 けれども、次の瞬間、フルートは跳ね起きました。鋭い目であたりを見回します。闇の怪物たちは、中庭のいたるところにいました。鐘の音を聞きつけた聖職者たちが飛び出してきて仰天し、大勢の魔法司祭が聖なる魔法を唱え始めます。神殿に火と油を取りに行った衛兵たちが駆け戻ってきて、闇の怪物を切り倒し、火をかけていきます――。

 

 ふぅん、とランジュールがつぶやきました。

「やっぱり聖なる神殿だねぇ。闇の怪物には無理かぁ」

 そのまま、吹雪を吐いて暴れているスノードラゴンを見つめます。ドラゴンの前には二人の魔法使いが立っていました。杖をかざし、吹雪を防ぎながら攻撃をしかけています。

「んー。ますますまずいよねぇ。相手はロムド城の四大魔法使いじゃないかぁ。いくらユキちゃんでも相手が良くない。ただでさえ魔獣が減らされちゃってるし、ここはおとなしく撤退と――」

 言いかけて、急にランジュールは、おや、という顔をしました。中庭に面した大神殿から、突然たくさんの悲鳴が聞こえてきたからです。

 フルートたちも驚きました。神殿から叫びながら飛び出してきたのは、先に怪物から逃げて建物に駆け込んでいったトートンやピーナや町の人たちだったのです。皆、真っ青になって逃げてきます。大人たちが後ろを指さしてどなります。

「怪物――怪物だ!!」

 その後を追って、建物の中から真っ黒い生き物が出てきました。大きな丸い頭には二つの目があり、鼻があり、口があり、頭の両脇には耳があって、人の顔にそっくりです。ただ、髪の毛も眉毛も一本も生えていません。のっぺりとした黒い顔が、建物の出口から外をのぞいて、ぺろりと舌なめずりをします。笑っているような顔つきです

 続いて、怪物の体が出てきました。それは全身が黒光りする巨大なトカゲでした。トカゲの体に人の頭がつながっているのです。

「な――!?」

 フルートたちは愕然としました。こんな怪物を見るのは初めてです。まるで影がそのまま怪物に変わったような色をしています。

 トートンたちは走り続けていました。建物中からこの怪物に追われてきたのです。必死で中庭を逃げていきます。

 すると、怪物も音もなく庭に飛び出してきました。四本の足で走り出します。本当に巨大なトカゲのような動きです。

 数人の魔法司祭が怪物の前に飛び出しました。聖なる呪文を怪物にぶつけます。

 ところが、怪物は止まりませんでした。走り抜けながら頭を左右に振ると、魔法司祭たちが吹き飛びました。地面にたたきつけられてしまいます。

 

 仰天する人々の中で、幽霊のランジュールも驚いていました。

「えぇ? あんなヤツ、ボク、連れてきたっけかなぁ?」

 とつぶやきます。驚いていると言っても、相変わらずのんびりした口調です。

 人面トカゲの怪物に聖騎士団や武僧が飛びかかっていきます。剣や力で止めようとしたのですが、それもあっという間に跳ね飛ばされてしまいます。すさまじい強さです。

 キィィィ……!

 二人の魔法使いと戦っていたスノードラゴンが、悲鳴と共に消滅していきました。白の魔法使いに火炎の攻撃を食らったのです。けれども、ランジュールはそちらを見ようともしませんでした。新しく現れた怪物を見つめ続けています。

 二人の魔法使いが駆け出しました。

「止めるぞ、青!」

「承知!」

 二人で人面トカゲの前に飛び出し、杖を突きつけます。さすがの大トカゲも、見えない手で押さえ込まれたように、ぐっとその場に動かなくなります。

 

 が、それは一瞬でした。トカゲがまた人のような頭を振ったとたん、二人の魔法使いは跳ね飛ばされ、地面にたたきつけられました。魔法を弾き返されてしまったのです。

「白さん! 青さん!」

 フルートたちが驚く中、ランジュールが手を打ち合わせて歓声を上げました。

「素敵素敵、いやぁ、かっこいいねぇ! ボクは強い魔獣が大好きさ。さあ、こっちへおいで、トーちゃん。ボクのペットにしてあげる。おいしい人間をたっぷり食べさせてあげるからねぇ」

 トーちゃんとはトカゲちゃんという意味の呼び名に違いありません。相変わらず奇妙な感性の持ち主ですが、本人はそんなことはまったく気にしていません。上機嫌で怪物に手を突きつけます。その楽しげな顔は、悪魔のような微笑を浮かべていました――。

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