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第10巻「神の都の戦い」

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第16章 魔獣の饗宴(きょうえん)

60.無防備

 フルートは怪物たちのいる方へ走り出していました。防具も武器もまったくありません。金の石さえ灰色になって眠りについてしまっています。闇に対抗する手段など何もないのに、フルートはまっすぐ怪物へ向かっていたのです。

 見えているのはサイクロップスに襲われそうになっているメールの姿だけでした。考えているのは、メールを助けなくちゃ! ということだけです。それ以外のことは、本当に何も頭にありません。巨大な棍棒が細身の少女に振り下ろされていきます――。

 

 すると、ざあっと大粒の雨が降るような音がして、花の群れがサイクロップスに襲いかかってきました。闇の怪物たちを捕らえていた花の網が、突然崩れて巨人の方に飛びかかったのです。メールが命じてもいないのに、メールを助けに来たのでした。棍棒とそれを握る手にびっしりと取りつき、あっという間に蔓を伸ばして巨人の腕を縛ってしまいます。巨人が全身の力を込めても引きちぎれません。その隙にメールはその場から逃げました。

 フルートがこちらへ駆けてくるのが見えました。丸腰のフルートです。メールは叫びました。

「来ちゃダメだったら! 怪物がいるんだよ!」

 花の網が崩れて巨人に移ったおかげで、闇の怪物たちの方は自由の身になっていました。まだわずかに残っていた花を払い落とすと、自分から近づいてくるフルートを振り向きます。

「シ、シ。アレだ。アレが金の石の勇者だ!」

「食うゾ、食うゾ、願い石はオレがいただく」

「願い石ハ俺のモノだ。貴様ニハやらん!」

 怪物同士で喧嘩をしながら、それでもフルートに飛びかかっていきます。

 フルートはそれをよく見ていました。とっさに右へ左へ飛びのいて、怪物たちをかわしていきます。爪のはえた黒い手が空振りし、牙がむなしく宙をかみます。

「あれぇ?」

 と幽霊のランジュールが声を上げました。

「勇者くん、前より動きが良くなったんじゃないの? 特訓でもしたのかなぁ?」

 それはその通りでした。旅の間中、ゼンと格闘の手合わせをしてきたフルートは、素手で敵と戦うことにも慣れ始めていたのです。

 闇の怪物たちの間を抜けたフルートは、花に絡みつかれて暴れているサイクロップスに迫りました。巨大な怪物ですが、棍棒から花をむしり取ろうと必死になっています。その一つ目は花しか見ていません。その向こうずねの部分へ、フルートは跳び蹴りを食らわせました。この場所は人間と同様、サイクロップスにも急所です。巨人は悲鳴を上げて飛び上がると、その場にかがみ込んでしまいました。

 

 フルートはメールに言いました。

「離れて! こいつらの狙いはぼくだ――!」

「馬鹿言ってんじゃないよ! 武器もなしに、どうやって戦うのさ!?」

 闇の怪物たちがこちらへ飛びかかってくるところでした。シ、シ、シと耳障りな笑い声が響きます。メールがさっと手を振ると、巨人から花が離れました。フルートの前に広がって、花の壁を作ります。

 大神殿の中庭にいた衛兵たちが、騒ぎに気がついて駆けつけてきました。キースのような青いマントをはおった聖騎士団です。手に手に剣を握っています。駆け寄りざま、先頭の隊員が怪物に切りつけます。

 とたんにフルートは叫びました。

「気をつけて! また来る!」

 そのことばの通り、一度倒れた怪物が、またすぐに跳ね起きてきました。背中に受けた刀傷が見る間に治っていきます。闇の怪物は驚異的な回復力を持っているのです。

 闇の怪物の爪が隊員を引き裂きました。血しぶきが飛び、たちまち悲鳴がとだえます。一瞬で殺されたのです。

 フルートは唇を血が出るほどかみしめ、花の壁の陰から飛び出しました。死んだ隊員に飛びついて剣を取り、後ろに他の隊員たちをかばいます。

「早く火を! 闇の怪物は首を切って火をかけないと死にません!」

 大神殿からは、さらに多くの衛兵たちが駆けつけてくるところでした。隊員たちはそれへどなりました。

「火だ! 松明と油を持ってこい――!」

 

「人の心配してる場合じゃないって、フルート!」

 と言いながらメールがまた手を振りました。フルートに飛びかかろうとしていた怪物が、花の網に捕らえられます。動けなくなったところへ、フルートが剣をふるいました。怪物の黒い頭が切り落とされて、宙を飛んでいきます――。

 うん? とランジュールがまた首をひねりました。

「勇者くんとはどのくらい会わないでいたっけ? なんだか前と戦い方が少し違ってる気がするねぇ……?」

 そう言いながら、自分自身は何もせずに、ただ戦いを眺め続けます。ランジュールは幽霊です。直接手出しをする力は持っていないのでした。

 怪物の頭を遠くへ蹴り飛ばしたフルートが、突然叫びました。

「メール、後ろ!」

 はっと振り向いたメールの目に、振り下ろされてくる棍棒が飛び込んできました。いつの間にかサイクロップスがまた立ち上がっていたのです。とっさに飛びのいた花使いの姫の髪の先を、棍棒がかすめていきます。

「うるさいね、このでかぶつ!」

 とメールがまた手を振りました。花が巨人に飛びついていきます――。

 

 すると、フルートのすぐそばで戦っていた別の隊員が、突然大きな悲鳴を上げました。真っ黒い怪物に襲いかかられています。いきなり地面から新しい怪物が現れたのです。

 隊員はすでに絶命していました。怪物がそれを頭から食っていきます。その隣にも黒い怪物たちが姿を現します。二匹、三匹、四匹……あっという間に増えていきます。

 新しい怪物が先の怪物に言いました。

「キ、キ、うまそうな血の臭いがスルと思ったら」

「いやに光ってるヤツがいるナ。金の石の勇者カ」

「抜け駆けハ許さん。金の石の勇者ヲ食うのハ俺だ!」

「ナンノ。オレだ!」

 口々に言い合いながら、手当たり次第に襲いかかろうとします。大神殿の衛兵にも飛びかかっていきます。

 フルートは自分に襲いかかった怪物をかわすと、衛兵に飛びついた怪物の背中へ切りつけました。思わずのけぞった怪物の肩をつかみ、衛兵から引きはがしてどなります。

「間違えるな! 金の石の勇者はぼくだ!」

「フルートったら!」

 メールが悲鳴のように言いました。怪物たちがいっせいにフルートに向かい始めます。剣を持っている以外には、本当に何もないフルートです。剣には魔力もありません。その切っ先を怪物に向けながら、じりじりと後ずさっていきます。――衛兵やメールから怪物を引き離しているのです。

「花たち!」

 メールは両手を高く上げて新しい花を呼びました。今ある花では数が足りないと考えたのです。大神殿の外からも花を呼ぼうとします。

「んんー、君、邪魔だなぁ、花使いのお姫様。面白くなってきてるのに」

 とランジュールが言いました。花の網に絡まれて動けなくなっているサイクロップスに手を突きつけます。

「帰ってきていいよぉ、サイちゃん。んで――出ておいでぇ、ファイちゃん二号。出番だよぉ!」

 一つ目の巨人が煙のように消え、代わりに、何もなかった空間に怪物が現れました。オレンジ色のうろこにおおわれたファイヤードラゴンです。今までメールたちが見てきたものよりずっと小さく、雄牛くらいの大きさしかありません。

「ファイちゃん二号はまだ子どもなんだけどねぇ。こういう場面では役に立ちそうだよね?」

 うふふっ、と笑ってランジュールが手を振りました。透き通った幽霊の手です。メールはとっさに手を振り返しました。メールの前に花の壁がそそりたちます。

 そこへドラゴンが激しい炎を吐きました。花がたちまち燃えていきます。メールは真っ青になりました――。

 

「メール!!」

 フルートはまた駆け出しました。背後からファイヤードラゴンに切りつけます。オレンジのうろこは剣をはじき返しましたが、衝撃は伝わったらしく、ドラゴンが振り向きました。剣を構えて立つ小柄な少年をにらみつけます。

 メールは息を呑みました。フルートは今、魔法の鎧を着ていません。火をかけられたら、防ぐことができないのです。

「花! 花たち!」

 メールは必死で呼びかけました。花はドラゴンの炎で焼かれて灰になり、黒い虫の死骸のように地面をおおっていました。メールの呼びかけにも、ぴくりとも動きません。メールは泣きそうになりながら大神殿の外へ呼び続けました。

 花たち! 早く来とくれ! 早く!!

 けれども、新しい花が飛んでくるより早く、ファイヤードラゴンが口を開けました。フルートめがけて大きな炎を吐き出します――

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