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第10巻「神の都の戦い」

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59.中庭

 フルートは大神殿の中庭に駆け込みました。花の群れが飛んでいく先を見て、思わず立ちすくみそうになります。

 そこには大勢の人たちがいました。十人あまりの子どもたちと、同じくらいの数の大人たち、その前にかばうように立って両手を高くかざしているのはメールです。彼女の周りで、中庭から飛んできた花が渦を巻いていました。

「花虎!」

 とメールが叫ぶ声が聞こえてきました。花たちが大きな虎に姿を変えて飛び出していきます。そこには三匹の真っ黒い生き物がいました。シ、シ、シと金属がきしむような笑い声が聞こえてきます。

「闇の怪物――!?」

 フルートは仰天していました。そんなはずはないのです。光の淵が放った光が、世界を照らし、闇を焼き尽くしたのですから。少なくとも、ミコンの中にもう闇は残っていないはずなのに――。

 花虎が怪物の一匹と格闘を始めました。すさまじいうなり声が中庭中に響き渡ります。

 メールの声がそこに重なります。

「みんな、早く逃げな!」

 その手元に、神殿の中から飛んできた新しい花がまた集まっていきます。

 逃げ出した人々に闇の怪物たちが飛びかかりました。追いすがり、引き倒し、食らいつこうとします。人々が悲鳴を上げます。

「させるかい!」

 メールが、さっと手を振りました。花が蛇のようにとぐろを巻き、闇の怪物を絡め取って引き離します。立ち上がった人々がまた必死で逃げ出します。

 

「メール!」

 フルートはまた駆け出しました。たった一人、花を操りながら怪物と戦う少女に向かっていきます。すると、メールが叫び返しました。

「来ちゃダメだよ、フルート! こいつらは――」

 すると、どこからか、突然こんな声が響きました。

「見ぃつけた! ちゃんと無事だったんじゃないのさぁ、勇者くん」

 フルートは、ぎょっと振り向きました。声は自分のすぐ後ろからしたのです。

 空中に赤い上着を着た青年が立っていました。細い長身の向こうに青空が透けて見えています。細い目をいっそう細めて、うふふっ、と女のように笑います。

「ランジュール!?」

 フルートは思わず叫びました。この幽霊の青年はフルートの宿敵です。生前は刺客だったのですが、ロムド皇太子のオリバンとフルートを殺せなかったことを未練に思って、死者の国からこの世に舞い戻ってきてしまったのです。とぼけた様子をしていても、決して油断はできません。

「ここからものすごい聖なる光が出てきたからさぁ。てっきり勇者くんが願い石を使っちゃったのかと心配したんだよ。いやぁ、君が無事でいて、ほんとに良かったなぁ」

 幽霊の青年はにこにこしながらそんなことを言います。フルートは鋭く闇の怪物を指さしました。

「あれは貴様のしわざか!? やめろ!」

「あれぇ。勇者くんったら、ますます口調が皇太子くんに似てきたねぇ。男っぽくなってきて、ほんと素敵だよぉ。うふふふ……」

 女のような笑い声の裏側で、残酷な響きがひらめきました。細い目がきらりと危険な光を放ちます。

「闇の君たちぃ! ここ、ここ! ここだよぉ! 君たちが会いたがっていた金の石の勇者は、ここにいる、この坊やなんだよぉ!」

 呼びかけに、たちまち怪物たちが振り向きます。

 メールがまた叫びました。

「逃げな、フルート! こいつら、願い石を探してきてるんだよ――!!」

 大神殿の中庭の地中から突然姿を現した闇の怪物は、口々に、金の石の勇者はドコだ? と言っていました。フルートを探してここに来たのだと、メールは気がついていたのでした。

 

 フルートは立ちすくみました。

 魔王やデビルドラゴンは聖なる光の中で消滅していきました。けれども、世界にはまだ闇の怪物が残っていて、フルートが持つ願い石を狙い続けていたのです。

 フルートに向かおうとした怪物へ、メールがまた手を振りました。ざあっと花たちが襲いかかり、花の網の中に怪物たちを捕らえます。いくら怪物が引きちぎっても、花はまたすぐに蔓を伸ばしてつながり合うので、網を破ることができません。

「逃げな、フルート!」

 メールは叫び続けました。フルートは私服姿です。魔法の鎧兜も着ていなければ、剣も身につけていません。闇の敵に絶対の力を持つ金の石さえ、眠りについてしまっています。今のフルートに、闇の怪物に対抗する力は何もないのでした。

 フルートはとっさに駆け出しました。メールと一緒に来ていた人々は大神殿の建物に逃げ込もうとしています。大人たちが子どもたちを抱えるようにして走っていきます。フルートはそれとは逆の方向へ走りました。怪物が花の網から抜け出してきたときに、少しでも人々から引き離せるようにと考えたのです。

 すると、ランジュールが言いました。

「ダメだよぉ、勇者が逃げ出すだなんて。そんなのは卑怯だよねぇ――」

 笑いながら、フルートではなく、メールの方へ手を突きつけます。

 すると、メールのすぐそばに湧き上がるように、巨大な怪物が姿を現しました。大きな一つ目の巨人――サイクロップスです。ガァァ! と雄叫びを上げると、棍棒を目の前の少女に振り下ろそうとします。

 メールは悲鳴を上げ、両手を上げて顔をそむけました。細い少女の両腕です。棍棒の一撃を防ぐ力などありません。

「メール!!」

 フルートは叫んで駆け出しました。闇の怪物がうごめき、一つ目の巨人が立ちはだかる場所へと、まっしぐらに――。

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