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第10巻「神の都の戦い」

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57.少女たち

 朝食の後、フルートとゼンは二人の魔法使いと一緒に地下室へ下りました。

 ユギルの占いにもデビルドラゴンが消滅したと出たという話は、すでに魔法使いたちから聞かされていました。闇の竜がいなくなれば、彼らがミコンにいる必要はもうありません。今後どうするかを、ロムド王やユギルやオリバンと協議することにしたのです。

 メールとポポロは一緒に行きませんでした。メールは地下の部屋が死ぬほど嫌いだったし、ポポロは引っ込み思案でとても話し合いになど混ざれなかったからです。犬たちも同席しませんでした。間もなくミコンを離れることになりそうだと考えて、その前に町の見物に出かけていきました。

 

 家の前でトートンとピーナが何かにかがみ込んでいたので、メールがのぞき込みました。

「何やってんのさ、二人とも?」

「お花に水をあげてるのよ」

 とピーナが答えました。その足下には大きな植木鉢があって、蔓バラが植えられていました。花は一輪もなく、葉も黄ばんで散りかけています。メールは思わず声を高くしました。

「枯れかけてるじゃないのさ! こんな状態になっちゃったら、いくら水をやっても、もう元気になんてなんないよ!」

 花を愛するメールです。子ども相手なのについつい責める口調になってしまいます。

「やっぱり、だめ?」

 とピーナが悲しそうに言いました。トートンもがっかりした顔になりました。

「これ、道ばたに捨てられてたんだ。誰かが水をやるのを忘れちゃったんだよ。水をあげたら元に戻るかと思って拾ってきたんだけど――」

 子どもたちは捨てられた鉢を前に、本当に涙ぐんでしまっていました。その優しさに、花使いの姫はすぐににっこりしました。

「そっか……。うん、わかった。じゃ、見ておいで」

 ほっそりした手を植木鉢に向けると、静かに呼びかけます。

「花、バラの花。この子たちが心配してくれてるよ。ほら、水はあんたの根元にたっぷり行ったし、お日様だって照ってる。あたいが力を分けてあげるからさ――そら、元気をお出しよ」

 植物を相手にまるで人間のように話しかけるので、子どもたちは目を丸くしましたが、メールのことばが終わらないうちに、本当にみるみるバラが元気になり始めたので、いっそうびっくりしました。しおれていた茎がぴんと立ち、蔓になった枝を伸ばし、新しい葉を吹き始めます。その先に薄紅の花芽が伸びて蕾を抱き、やがて、次々に花を開いていきます。バラの花は真っ赤な色をしていました。あっという間に何十という花が植木鉢に咲き乱れます。

 

「すごぉい!!」

 と子どもたちは歓声を上げました。

「お姉さんは海のお姫様なのに、こんなこともできるの!?」

 と素直な賞賛の目を向けてきます。

 メールはまたにっこりしました。

「あたいは半分森の民だから、花はあたいの友だちなんだよ。でもさ、この植木鉢、この子にはもう小さすぎるよ。根っこが鉢一杯になっちゃって、それで息が詰まっちゃったんだよ。もっと大きい鉢に移してあげるか、広い地面に植え替えてあげなくちゃ」

「うちには植木鉢はないわ」

 とピーナが困った顔をしました。

「大神殿に持っていこうか? あそこの中庭ならいくらでも地面があるし」

 とトートンが言います。ミコンは町全体が岩の上に作られています。植物を植えられる地面は、町の外に広がる郭の中か、頂上の大神殿の中庭にしかなかったのです。

「大神殿の中庭か――わかった。行こう」

 とメールが言って、バラの上でさっと手を振りました。とたんに、今度はバラが生き物のように動き出しました。真紅の花を咲かせたまま鉢から抜け出してきます。土から抜けた根っこが、まるで虫かカニの足のように、ちょこちょこと地面の上を歩き始めたので、子どもたちは手を打ち合わせてまた歓声を上げました。

 その声を聞きつけて、隣近所から他の子どもたちも出てきました。自分で歩いているバラを見て、驚いたり笑ったりします。

「どこに行くのさ、トートン、ピーナ!?」

「大神殿だよ! このバラを植えに行くんだ」

「ぼくたちも行くよ! いいだろう?」

 あっという間に十人近い集団になって、バラと一緒に道を歩き出します。その先頭に立って、メールは笑いました。

「おいで、花たち、子どもたち! 大神殿の中庭に引っ越したい花が他にもいたら一緒においで! 連れていってあげるよ!」

 あちらの家、こちらの庭、果ては道ばたの岩の隙間からも、たくさんの花たちが現れてきました。生き物のように歩く花たちと、歓声を上げながら歩く子どもたち。さらにその騒ぎを聞きつけて飛び出してきた大人たちまで加わって、大集団になってしまいます。一行は花使いの姫を先頭に、賑やかに道を上っていきました――。

 

 

 家の前にはポポロだけがぽつんと残りました。

 人見知りをするポポロです。とてもメールたちと一緒に大神殿に行くことはできません。昨日フルートがしていたように、道ばたに腰を下ろして、一人町を眺め始めました。その服はまた白い巡礼服に変わっています。

 すると、家の中からキースが出てきて、あたりを見回しました。

「あれ、トートンとピーナは?」

「あ、あの……メールと一緒に大神殿に行ったの……。バラの花を植えに……」

 とポポロは答えました。前の日にキースからどなられたことを思い出して、おどおどした口調になっています。

 キースは頭をかくと、ごめんよ、と謝りました。

「昨日は悪かったね。八つ当たりしちゃってさ。あんな話、するつもりはなかったんだけど」

 その口調が本当にすまなそうだったので、ポポロは、ううん、と答えました。そのまま、また黙り込んでしまいます。本当におとなしいポポロです。

 キースはその隣に座り込みました。ポポロと一緒に町を眺めながら話し出します。

「さっき、ゼンに叱られたよ。フルートは正義に酔ってるわけじゃないんだ、ってね。――君たちは、本当にフルートのことを大事に思ってるんだね。なんだか感心させられちゃったな」

 ポポロはキースを見ました。とても美しい青年です。態度は柔らかいし、女性への話しかけ方も上手なので、ポポロもあまり気後れすることなく話ができます。ちょっと見ると軽薄そうでも、本当は優しくて真面目な青年なのだということは、ことばの端々からうかがえます。

 ポポロは答えました。

「それは……フルートがあたしたちを大切にしてくれるからなの……。あたしたちのことを、とても大事に想ってくれて、いつもあたしたちを守ろうとしてくれるから……」

「でも、実際に彼を守ったのは君だろう? 光の淵のそばで」

 とキースは意外そうに言いました。もう少しで光の爆発に呑み込まれそうになったフルートを、ポポロが飛びついて押し倒したことを言っているのです。

 ポポロは赤くなりました。うつむき、しばらくためらってから、こう答えます。

「フルートはいつだって自分を守ることを忘れちゃうのよ……。いつも、他の人のことばかり考えてるから。だから、フルートのことは、あたしたちが守ってあげるの……」

 

 ふぅむ、とキースはうなりました。

「それと同じことを、さっきゼンも言っていたな……。不思議だよね。彼は勇者なのにさ。勇者ってのはみんなを守るために戦うわけだろう? なのに、君たちには守ってもらっているわけか」

 ポポロは思わずほほえみました。これと同じ質問は、他の人からも時々されます。勇者はひたすら人を守る役目の存在なのだと、誰もが信じて疑わないのです。

「勇者だって、守ってもらっていいのよ……。勇者はみんなを守ってくれるけど、勇者だけが誰からも守ってもらえないなんて、そんなのは淋しいもの……。フルートはいつだって、一生懸命あたしたちを守ろうとしてくれるわ。だから、あたしたちも、一生懸命フルートを守るの。だって、フルートには、ずっとあたしたちと一緒に生きていてほしいんだもの……」

 キースが、はっとした顔になりました。とまどうようにポポロから目をそらしてしまいます。急なことにポポロが驚くと、キースは言いました。

「一緒に生きていてほしいから、守るのか――」

 何かを思い出している口調です。やがて、皮肉な笑い顔になります。

「一緒に、ってところが抜けていたんだな、母さんには。ぼくだけを生かそうとしたんだから――」

 その笑い声の中に、ポポロは淋しさを感じ取っていました。ふと、だからこの人は女の人に優しいのかしら、と考えてしまいます。女性の中に自分の母親の姿を探してしまうから……。

 

 少しためらってから、ポポロは言いました。

「キースのお母様は、キースが幸せになってくれたら、きっと喜ぶと思うわ。そのために、キースに生きていてほしかったんだと思うから……」

 すると、青年は今度は苦笑しました。

「君たちにはまいるな。本当に、ぼくと君たちとどっちが年上かわからないじゃないか。だけど――ありがとう、ポポロ。ぼくのこれまでの人生は、決して母さんが望んでいたようなものじゃなかったんだけど――でも、なんとなく、そう言ってもらえると少し嬉しい気がするな」

 ポポロはまたほほえみました。

「今まではそうでも、これからなら、きっと幸せになっていけるわ」

「幸せかぁ……」

 青年は片膝を抱えて空を見ました。不思議ですが、そんな格好をすると妙にフルートに似て見えます。髪の色も背の高さも、まったく違う二人なのに――。

「確かに、ミコンに来てからはかなり楽しかったな。トートンもピーナもいい子たちだし、じいさんだって優しいしな」

 ポポロはにっこりしました。優しい目で空を見る青年は、本当に、なんだか大人になったフルートを連想させます。

 

 すると、そこへ家の中からゼンが出てきました。不思議そうにあたりを見ながら声をかけてきます。

「おい、フルートはどこだ?」

 え? とポポロとキースは振り向きました。

「ここには来なかったわよ。家の中じゃないの?」

「いや、俺より先に外に出たんだ。ロムド王やユギルさんたちと話し合って、ロムド城に戻ることに決めたんだよ。それをおまえらに知らせに出たはずなのに――」

 いくら探しても、通りのどこにもフルートの姿は見当たりません。ポポロとゼンはとまどって、あたりを見回し続けました。

 一緒になって周囲を見ていたキースが、ふと、思い当たった顔になりました。自分の横に座っている赤いお下げ髪の少女を見下ろします。

 自分たちはずっと話をしていました。その後ろ姿は、傍目(はため)にはいかにも仲むつまじげに見えていたことでしょう――。

「もしかして……また誤解させちゃったかな」

 青年はそうつぶやいて、指先で頬をかきました。

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