その夜、ミコンの入り口で金の門は輝き続けていました。
悪しきものを防ぎ、良きものだけを町に招き入れる聖なる門です。ミコンに入ろうとする人々の心を見分けます。
時刻は深夜を回っていました。ミコンへの巡礼の道は、まだ深い雪に閉ざされていますが、そうでなくても、旅人が訪れるような時間帯ではありません。門は歓迎の詩を歌うこともなく、ただ黙って町の入り口に立ち続けていました。
すると、ふいに門の前に声が聞こえ始めました。
「ここか――? ここに金の石の勇者がイルのか――?」
「そうだ。ココだ。ここがミコンだからナ」
「シ、シ、やっと見つけタ――」
声と共に地中から指が出てきました。長い爪のついた黒い手です。土をかき分け、やがて、青黒い全身を表します。二匹、三匹、四匹――次々と這い出してきて、やがて門の前は怪物たちでいっぱいになってしまいます。
月が沈んでしまった空は真っ暗です。星も雲におおわれています。
怪物たちが門に迫りました。
ところが、黒い手が門にかかったとたん、門が金の光を放ちました。たちまち怪物たちが飛びのきます。
「イタイ、イタイ――!」
「聖なる門ダ。くぐれないゾ」
「コレデハ入れナイ。どうしてクレルんだ?」
文句を言う怪物たちの声に、別の声が答えました。まだ若い男の声です。のんびりした口調でこう言います。
「君たちが入れないのは、ボクのせいじゃないさ。君たちが闇の怪物のせいなんだからねぇ。がんばって中に入りなよ」
一人の青年が怪物たちの後ろに立っていました。ただし、地面の上ではありません。地上一メートルほどの空中です。赤い長い上着を痩せた長身に着込んで、両手をポケットに突っ込んでいます。その姿は半ば透き通っていて、体を通して夜の暗闇が見えていました。
「中に入ル? どうやって」
と闇の怪物が青年に聞き返しました。あまり頭は良くないようです。
「もちろん、門を壊して入るのさ。いくら聖なる門でも、壊れないってことはないからねぇ。それくらい思いつかない?」
「ダガ、我々はアレにさわれないゾ!」
怪物たちが怒り出します。やれやれ、と青年は細い肩をすくめました。
「ほぉんと、手がかかるなぁ、君たちは。金の石の勇者がいるところまで、こうして案内してきてあげたっていうのにさぁ。しょうがない」
青年は片手を前に突き出しました。その腕も半ば透き通っています。青年は生きた人間ではありません。幽霊なのです。
すると、突き出した手の先に一匹の怪物が姿を現しました。見上げるような大男で、髪の毛が一本も生えていない頭に、ぎょろりと大きなひとつ目があります。サイクロップスです。
青年が言いました。
「サイちゃん、ちょっとその門、壊しちゃってよ。聖なる門だけど、サイちゃんは闇の怪物じゃないからねぇ。思いっきりやって大丈夫だよぉ」
ガァァ、とサイクロップスがほえるような声をあげ、両手に握った巨大な棍棒を振り上げました。そのまま金の門に振り下ろし、一撃で門をたたき壊します。
とたんに門が女性の声で叫びました。
「悪しきもの! 闇のもの! ここは光の聖地ミコンです! 今すぐここを立ち去りなさい――!」
グアァ、とサイクロップスがまた棍棒を振り下ろしました。金の門の扉が木っ端みじんになって吹き飛びます。女性の声がやみ、代わりに、ごうっと強い風が巻き起こりました。門の外の冷たい空気が、暖かい都へ吹き込んでいったのです。
ヒャヒャヒャ。闇の怪物たちが笑うような声を上げて、壊れた門から町へ飛び込んでいきました。たちまち町のあちこちへと姿を消していき、後にはサイクロップスと幽霊の青年だけが残されます。
「まったく。ありがとうの一言もないなんてさぁ。なぁんて礼儀知らずな連中だろうね、サイちゃん」
と幽霊の青年はサイクロップスに話しかけ、また手を向けました。
「はい、ご苦労さま。もう休んでいいよぉ……」
一つ目の巨人が淡い光と共にまた消えていきます。
幽霊の青年は壊れた門を眺めました。ふぅん、と腕組みしてつぶやきます。
「さっすが、光の都と言われるだけはあるねぇ。町中光だらけだ。だけど、光のあるところには闇もある。あの怪物たちが隠れるくらいの闇もありそうだねぇ」
そうひとりごとを言いながら、青年は門をくぐりました。壊れたところからではなく、わざわざ金の扉の部分をすり抜けていって、うふふっ、と女のように笑います。
「ボクは闇のものなんかじゃないんだよぉ、光の都の門番さん。だから、ボクは堂々と通らせてもらうからねぇ」
夜の中、ミコンの町は静かに眠っていました。夜通し焚かれる灯りが、つづら折れの道に沿って点々と並び、頂上ではかがり火に大神殿が照らし出されています。
幽霊の青年はまたつぶやきました。
「あそこから爆発した青い光が、ボクの闇の魔獣たちを消しちゃったからねぇ。勇者くんと皇太子くんを殺すために苦労して捕まえた、強力な子たちだったのにさぁ」
そして、青年はまた少し考え込み、細い目で神殿を見上げながら言いました。
「あの光は聖なる光。金の石の勇者くんは、とうとう願い石を使っちゃったのかなぁ? これは、絶対に確かめなくちゃねぇ――」
それきり、青年の姿は見えなくなりました。夜の中へと溶けていったのです。
やがて、かがり火に照らされたミコンの神殿から、数十人の集団が駆け下りてきました。白い服を着た司祭たちや僧侶、青いマントの聖騎士団です。壊れた金の門を見て顔色を変えます。
「侵入者だ!」
「闇の気配がするぞ!」
「馬鹿な! 闇のものがこの門を壊せるはずは――!」
大騒ぎしながら人々は走り出しました。町に入り込んだ敵を見つけ出そうとします。
光の都に再び騒動が始まろうとしていました――。