トートンとピーナの家の地下室では、白と青の魔法使いがロムド城にいる二人の仲間たちとやりとりをしていました。
ミコンとロムドの間には、馬でも一ヶ月近くかかる距離が横たわっているというのに、まるで同じテーブルを囲んでいるような感覚で話し合っています。
「やれまぁ、聞けば聞くほど、ミコンではとんでもないことが起きとったもんじゃな。無事で何よりじゃった」
と深緑の魔法使いが言いました。ロムド城の中の一室にいるのですが、白と青の魔法使いにはその姿まで見えています。名前の通り深緑の長衣を着た、眉毛の濃い老人です。
「オ、アウルラ、ラ、タッタ」
と赤の魔法使いが言いました。黒い肌に猫のような金の目をした小男で、こちらは赤い長衣を着ています。異国のことばしか話せませんが、仲間たちには言っていることが通じます。深緑の魔法使いがすぐにそれに同意しました。
「そうじゃそうじゃ。青い光が突然空を渡っていったから、それでようやくわしらにもミコンで何事かあったとわかったんじゃ。さすがのユギル殿も、ミコンの中の出来事まではつかめんかったからな」
「ミコンは聖地だ。中での出来事は外からはのぞけない。良くも悪くもな」
と白の魔法使いが言いました。今日は金髪をきっちり結い上げ、白い長衣に神の象徴を下げて、いつもの格好に戻っています。そうしていると、厳しいほどに毅然とした印象が強まって、女らしさからはほど遠く見えてしまいます。
大柄な青の魔法使いが、実際にはそこにいない仲間たちに向かって身を乗り出しました。
「で、どうでした? やはりあれは聖なる光でしたかな?」
赤の魔法使いと深緑の魔法使いがうなずきました。
「アウルラ、ミヤ、シタ」
「闇の怪物どもも一掃されたな。地中までは無理じゃったが、光の届く範囲にいた奴らは残らず消えたぞ。闇の森なぞ、ちょうど木が葉を落としている時期だったから、怪物が半分以下にまで減ったという話じゃ。同じような報告が世界各地から入ってきとる。聖なる光だったと言うしかないじゃろうな」
ふぅむ、と白と青の魔法使いは同時にうなりました。
「では、やはりあれは本当にユリスナイの泉だったのか……。人の命を使って聖なる光を放つようになっていたのだな」
と白の魔法使いが言ったので、青の魔法使いが横目でにらみました。
「だからと言って、白がそこに飛び込む義理はないですぞ。それに、大司祭長が言っていたほどの威力があったわけでもない。この世界から闇を完全に追放することはできなかったんですからな」
「金の石の勇者が飛び込めば、また違ったのかもしれんがのう」
と深緑の魔法使いが言い、とたんに白と青の魔法使いに叱られました。
「めったなことを言うな、深緑」
「左様ですぞ。勇者殿は優しすぎる。そんなことを一言でも聞こうものなら、本気で悩み始めますからな」
「ク、レデ、ジ、ダッタ」
と赤の魔法使いが言いました。そんなふうでよくも大司祭長の飛び込みに耐えたものだ、と言ったのです。
「ポポロ様が勇者殿を守られたからな――」
と白の魔法使いは静かに言って目を閉じました。同時に何かを思い出しているようでしたが、口に出して言うことはしませんでした。
地下室の中は静かでした。
上の階には大人も子どもも犬たちもいるのですが、石造りの天井にさえぎられて、音はまったく聞こえてきません。ただ魔法使いたちが話す声だけが部屋に響きます。実際に聞こえるのは白と青の二人の声だけなので、時々急に脈絡のない話になったり、妙なタイミングで相づちを打ったりするのですが、それを奇妙に感じる他人はいません。二人の魔法使いは、遠くの城にいる仲間たちと存分に話し合っていました。
「それで、ユギル殿はどう言われている?」
と白の魔法使いが尋ねました。
深緑の魔法使いが答えます。
「今も自分の部屋で占い続けておられるがな、やはり、デビルドラゴンはどこにも見つからんそうじゃ。聖なる光が空を渡っていったときに、闇の竜の象徴は光の中に消えて、それきりどこにも姿を見せなくなったと言うとる。いつもだったら、魔王がやられても、デビルドラゴンは消えずに残って、世界中に魔王を捜し始めるだけらしいがの。もうそういうこともないという話じゃ」
白と青の魔法使いは、また同時にうなり声を上げてしまいました。
「では……本当にデビルドラゴンは消滅したのか」
「まったく驚きですが、どうやらそれが事実のようですな」
と言って、それぞれに考え込んでしまいます。外で話をしているフルートとゼン同様、彼らも闇の竜が倒されてしまったことを信じ切れないでいます。けれども、あのユギルの占いでも、やはり同じ結果が出ているのでした。
あまり彼らが憮然としているので、赤の魔法使いが言いました。
「デドラ、エタ、レ、ヨ、コト」
白の魔法使いがそれに答えました。
「もちろんその通りだ。デビルドラゴンが本当に消滅したのであれば、それは世界中にとって非常に喜ばしい。だが――」
「白に殉死(じゅんし)を迫るような声が、本当に神の声だったとは、私は思いたくないですな」
と青の魔法使いが不機嫌そうに言います。
すると、深緑の魔法使いが口調を変えて尋ねてきました。
「まあ、それは置いておいてじゃ――おまえさんたちの方はどうなんじゃ、白、青?」
「別にどこも異常はない」
と白の魔法使いが答え、青の魔法使いもうなずきました。
「あの光は人間には特に害はなかったですな。さすがに強烈な光だったから、巻き込まれれば我々も無事ではすまなかったでしょうが。あの後はユリスナイの声というのも淵から聞こえなくなったから、白ももう――」
「そのことじゃないわい。せっかく二人だけになっとるんだから進展はあったんじゃろう、と言っとるんじゃ」
白と青の魔法使いは目を丸くしてしまいました。たちまち白の魔法使いが顔を赤らめ、それを隠すように強く答えます。
「いったい何のことだ!? 我々は勇者殿たちのお供でミコンまで来ているのだぞ。遊山に来ているわけではない!」
「なんじゃ、進展なしなのかね? 情けないのう、青。もっとしっかりせんかい」
深緑の魔法使いにはっぱをかけられて、青の魔法使いは苦笑いしました。
「白は守りが堅くて、ちっとも手を出させてくれませんからな。相変わらず鉄の聖女様ですよ」
「命が惜しかったら、これからもおかしなことは考えないことだ」
と白の魔法使いが冷ややかに言います。
ふむ? と深緑の魔法使いは首をひねりました。
「おかしいのぅ。このじじいは本当の姿を見抜くのが得意じゃぞ。わしの目には、白が以前よりずいぶんと女らしくなっているように見えるんじゃが。しかもえらく綺麗になっとるし。――おまえさんたち、本当に何もなかったのかね?」
地下室の魔法使いたちは絶句しました。白の魔法使いは思わず真っ赤になり、青の魔法使いが驚いたようにそれを見ます。
とたんに赤の魔法使いが大声を上げました。
「アオ! ナ、タ!? ヌーケ、ナイ、ゾ!」
青の魔法使いは先よりもっと目を丸くしていましたが、そう言われて、にやりと笑いました。
「妬くな妬くな、赤。それに、私の方が白と出会ったのは早い。抜けがけ呼ばわりはされたくないですぞ」
「ほほう! やっぱり何かあったか。なんじゃなんじゃ。何がどうしたか教えんかい!」
「ハジョウ、ロ!」
遠いロムド城で二人の魔法使いたちが大きく身を乗り出してきます。
「ふ――ふざけるな、おまえたち! 真面目にやれ!!」
四大魔法使いのリーダーである女神官は、これ以上できないというほど真っ赤な顔で、仲間たちをどなりつけました――。