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第10巻「神の都の戦い」

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50.疑問

 強い金の輝きが林の中に広がりました。フルートが握るペンダントが放つ光です。焼け焦げた木々を照らし、影をいっそう黒く浮き立たせます。光の淵が放つ青い光さえ、一瞬金の光に打ち消されてしまいます。

 その強烈な光は副司祭長に向けられていました。痩せた全身に降りそそぎ、白々と輝かせます。強すぎる光の中、副司祭長は自分をかばうように両手を上げています――。

 

 ところが、その体が溶け出しませんでした。

 もしもそれが魔王であれば、金の光を浴びたとたん、全身が闇の怪物のように溶け出します。聖なる光に耐えきれなくて、デビルドラゴンも依り代を離れ、逃げ出していくのです。闇の障壁で金の光を防がない限り、それはどの魔王でも共通して起きる現象でした。

 なのに、副司祭長にはそれが起きません。強烈な光の中、ただまぶしそうに手をかざし、顔をそむけています。

 フルートは驚きました。予想外のことに、自分の目を疑ってしまいます。その手の中で、金の石が光を収めていきました。吸い込まれるように光が弱まり、また静かな金色に戻ります。

 代わりに、かたわらでまた輝きを強めたのは光の淵でした。青い光を周囲へ放ち始めます。日は落ち、夕闇がたれ込めてくる中、林とそこに集まる人々を青く浮かび上がらせます――。

「金の石が効かねえ!? そんな馬鹿な!」

 とゼンがどなりました。

「あいつ、闇の障壁を張ってるのかい!?」

 とメールも叫びます。

 青の魔法使いが信じられないように言いました。

「いいや、違います。副司祭長も周りの魔法司祭も何もしておりません。ネッセ殿は――魔王ではないのだ――」

 一同は愕然としました。フルートも何も言うことができません。ただ茫然と副司祭長を見つめ続けます。

 

 すると、副司祭長がかざしていた両手を下ろしました。驚いているフルートたちを見ると、ふん、と顔を上げ、わざとらしく白い衣とえんじ色の肩掛けを整え直します。

「何を驚いているのです。あの光で私がどうにかなるとでも思ったのですか――? これで、疑いは晴れましたかな?」

 と鋭く尋ねてきます。

 白の魔法使いは真っ青になりました。後ずさるように、一歩二歩と下がります。そんな白の魔法使いへ、副司祭長が言いました。

「おわかりになりましたな、マリガ殿。私は闇の取り憑かれたりしているわけではない。光の淵から聞こえる声も、闇の声などではありません。あれは確かにユリスナイ様のお声。疑ってはなりませんぞ」

 白の魔法使いはさらに後ずさりました。つないだ青の魔法使いの手を必死で握りしめています。青の魔法使いが、それをかばうように前に出ます。

「たとえそうであったとしても、我々は彼女を渡しはしませんぞ。彼女をユリスナイの贄にはしない。あきらめていただきましょう」

 フルートも急いでそれに並びました。まだ目の前の出来事が信じられませんが、それでも懸命に言います。

「光の淵に人が身を投げたって、それで闇を追い払うことはできません! そんなことで聖なる光は生まれない! デビルドラゴンを倒すことはできないんだ!」

 すると、副司祭長が冷ややかに笑いました。

「あなたに何がわかるのですか、金の石の勇者殿。あなたにはユリスナイ様のお声は聞こえないのに。それとも、あなたが光となって、闇を追い払うと言うのですか?」

 フルートは思わず息が止まりそうになりました。突然何かが自分の内側から現れてきそうな気がします。激しく燃え上がる赤い炎です。ぞおっと、背筋を悪寒が駆け上がってきます。

 

 とたんに、ポポロがフルートの腕に飛びつきました。両腕で強くフルートの腕を抱きしめると、副司祭長に向かって叫びます。

「ユリスナイは――ユリスナイはそんなことを言いません!」

 引っ込み思案で自信がないポポロです。いつも蚊の鳴くような声でしか話せないのに、この時には、誰もが驚くほど強い声を出していました。緑の瞳を燃え上がらせ、自分の何倍も年上の男に向かって言い続けます。

「ユリスナイは優しい神です! 絶対に、誰かに生け贄になれ、なんて迫ったりしません! あなたが聞いているのはユリスナイの声なんかじゃないわ!」

 その声に他の仲間たちも我に返りました。たちまちフルートに駆け寄り、守るように周りに立ちます。二匹の犬たちが背中の毛を逆立ててうなり、メールとゼンがどなります。

「そうだよ! 生け贄になって死ねだなんて、何の権利があって命令すんのさ!」

「そんなことを言うなら、てめえが自分で光に飛び込めよ! 自分は安全なところにいるくせに、なに偉そうなこと言ってやがる!」

 すると、副司祭長は真っ青になりました。憎悪の声で答えます。

「私は恐れているのではありません。ただ、ユリスナイ様のご命令が私に下らないので、それに従っているだけなのです!」

「へっ、聞こえのいい言い訳だよな! 自分は死にたくねえから、他のヤツに死ねって言ってるだけだろうが! 自分が聞いているのはユリスナイの声なんかじゃなく、てめえの闇の声だって認めろよ!」

 副司祭長はこれ以上できないと言うほど青ざめ、すさまじい顔でゼンをにらみつけました。怒りのあまり息もつけないでいるのが、見ただけでわかります。

 

 副司祭長は本当にあれをユリスナイの声だと信じているんだ……とフルートは考えました。内側から願い石を呼び出されそうな恐怖は過ぎ去って、また冷静な思考が戻ってきていました。皆が言うとおり、あれがユリスナイの声のはずはありません。呼びかけているのは闇の声です。魔王がどこかすぐ近くにいて、ユリスナイになりすましているのです。それは誰だろう、と考え続けます。

 魔王は、デビルドラゴンが依り代にした者の特徴を色濃く引き継ぎます。闇の怪物ならば同じ闇の怪物を使いこなし、魔女ならば魔法を得意とし、獣ならばたくさんの獣を繰り出してきます。

 フルートは、ミコンが受けた襲撃を思い出しました。聖なる魔法の門に潜ませてあった影虫。祭りの真っ最中に、神殿の広場という神聖な場所に持ち込まれた招魔盤。そして、聖なる光の淵から聞こえてくる、このユリスナイの声――。今回の魔王は、聖なるものを利用して攻撃をしかけてきます。妙に光に強いのが特徴なのです。

 やっぱり聖職者が魔王にされているのに違いない、とフルートは考えました。それが副司祭長でないとしたら、誰なんだろう、と周囲を見回します。淵の周りには白い衣の聖職者たちが何百人と集まっていて、青い光に幽霊の集団のように照らされています。その中から一人を見極めることができません……。

 

 すると、ふいにその一カ所で人々がざわめき、横に動いて道を作りました。うやうやしく皆が頭を下げる間を通って前に出てきたのは、白い衣に銀の肩掛けをまとった、恰幅のよい老人でした。大司祭長です。落ち着いた目で、淵に集まる人々を見渡します。

 

 まさか――、とフルートは考えました。まさか、今度魔王にされているのは――。

 

 大司祭長が言いました。

「皆、騒ぐのはやめなさい。ユリスナイを信じる者同士が争い合うことを、ユリスナイは決して喜びません。今一度、ユリスナイの教えに耳を傾け直すのです」

 よく響く穏やかな声です。その表情も穏和で、偉ぶる様子はまったくありません。

 けれども、フルートは大司祭長を見つめました。大司祭長はこの儀式をすべて承知でいる、とさっき副司祭長は言ったのです。大司祭長は今までどこにいたのでしょう? どこにいて、何を見て、何をしていたのでしょう? 大司祭長の顔は、穏やかな微笑を浮かべています。優しく見えますが、笑顔がその裏側にある感情を隠してしまって、読み取ることができません。

「フルート?」

 腕にしがみついていたポポロが、不思議そうにフルートを振り向きました。少年の緊張が腕を通して伝わってきたのです。フルートは大司祭長を見つめ続けていました。空いている手が、そっと金のペンダントを握り直します――。

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