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第10巻「神の都の戦い」

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49.呼び声

 夕暮れが迫る大神殿の中庭に、再び人々が集まっていました。白い衣を着た聖職者たちです。

 林は今はもう火は消えて、焼け焦げた木々が黒い幽鬼の群れのように立ち並んでいました。その間を通り抜けて、白い服の人々が奥へ入っていきます。その様子は、なんだか地獄の亡者たちが呪われた会合を開こうとしているようにも見えます。

 けれども、不気味な林の奥では、青い光の泉が神々しい光を放ち続けていました。その周囲だけは木々も燃えずに残っていて、夕風に木の葉がざわめきます。ただ――その木々や葉は、妙に頼りない色合いに揺れていました。なんだか今にも光の中へ消えていってしまいそうです

 光の淵のすぐ近くに小さな椅子が置かれていました。白い服の少女がちょこんとそこに座っています。ピーナです。手に菓子を握らされていますが、それを食べようともしないで涙ぐんでいます。

 少女の近くには副司祭長が数人の司祭たちと一緒に立っていました。その後ろには、ずらりと衛兵たちが並んでいます。武僧や聖騎士団の隊員たちです。副司祭長はいらだちながら待っています――。

 

 すると、淵のほとりに突然声が響き渡りました。

「ったく! いい年した大人たちが、こんな小さな女の子を誘拐かよ! ユリスナイだって、あきれててめえらを見放すぞ!」

「そうそう! 何が神のしもべさ! あんたたちの神様には角と尻尾が生えてんじゃないの!?」

 ゼンとメールの声です。ところが、どこから聞こえてくるのかわかりません。まるで彼らの頭上から響いてくるように感じられます。

 驚いてあたりを見回す人々の間で、司祭の一人が声を上げました。

「あそこだ!」

 魔法を使うことができる司祭が声の出場所を突き止めたのでした。居並ぶ白装束の人々の中の一団を指さします。全員が白いフード付き長衣をはおっています――。

「見つかっちゃった」

 そのうちの一人がフードを脱ぎました。後ろ手に束ねた緑色の髪が現れます。気の強そうな顔は驚くほど美人です。

「いいんだ。見つかるために青に声を広げてもらったんだからよ」

 と隣の人物が答えて、これまたフードを脱ぎます。こちらは焦げ茶色の髪に明るい茶色の瞳の少年です。子どもなのに、妙にふてぶてしい顔つきをしています。

 その周りの者たちも、次々にフードを脱ぎ、長衣を脱ぎ捨てていきました。白い服を着た小さな少年、頭のはげ上がった老人、白い上下に青いマントをはおった聖騎士団の青年――赤いお下げ髪に白い巡礼服の小柄な少女、長衣の下にやはり白い長衣を着ていた金髪の女性、青い長衣を着た大柄な男性――彼らの長衣の足下に隠れるようにしていた二匹の犬たちも姿を現します。

 最後の人物が長衣を脱ぎ捨てたとたん、金色の輝きが人々の目を打ちました。金の鎧兜が淵からの光を反射して輝いたのです。それは小柄な少年でした。まるで少女のように優しい顔で、淵の向こう側に立つ副司祭長をにらみつけて叫びます。

「ぼくたちは来たぞ! ピーナを返せ!」

 周りの人々は飛びのくようにその集団から遠ざかりました。金の石の勇者の一行だと気がついたのです。日中、この同じ場所で彼らがどんなことをしたのかも、皆よく覚えていました。

 逃げる人々と逆の動きで、衛兵たちが駆け寄ってきました。武僧や聖騎士団の隊員たちが彼らを取り囲みます。とたんに、青い長衣の大男が、手にした杖でどん、と地面を突きました。衝撃で衛兵たちが倒れます。

 

「乱暴はやめなさい!」

 と副司祭長が叫びました。甲高い声です。

 即座にゼンが言い返しました。

「そんなら、そっちこそ手出しするな! かかってくるから反撃するんだからな! 何もしなけりゃ、黙ってそっちまで行ってやるよ!」

「おじいちゃん! お兄ちゃん! キース――!」

 副司祭長の隣で小さな少女が椅子から飛び上がりました。泣きながら駆け出そうとするのを、副司祭長は捕まえました。

「いいでしょう。こちらへおいでなさい」

 と答えます。その声には優越感の響きがありました。

 ちっ、とゼンが舌打ちしました。その手にはエルフの弓が握られています。百発百中の矢を今すぐにでも副司祭長に撃ち込みたいのですが、青の魔法使いに言われました。

「無駄です、ゼン殿。あの周囲は大神殿の魔法司祭たちで守られていて、跳ね返されてしまいます」

 同じ理由で、青の魔法使い自身も魔法攻撃を繰り出すことができないのです。

「行こう」

 とフルートが真っ先に歩き出しました。その後に白と青の魔法使い、そして、他の者たちが続きます。副司祭長の命令で衛兵たちが下がります。

 

 フルートたちは光の淵を回って、副司祭長たちの前まで来ました。五メートルほど手前の場所で立ち止まります。すると、副司祭長がピーナの手を放しました。

「おじいちゃん! お兄ちゃん!」

 ピーナが泣きながら駆けてきました。それを祖父とトートンが受け止めて抱きしめます。

 フルートは副司祭長に向かって言いました。

「とても神に仕える人のやることじゃありませんよね。正義の神に対して恥ずかしくないんですか?」

 静かですが、きっぱりした声です。

 副司祭長が笑いました。

「これもユリスナイ様のご意志を実現するためです。あなた方は闇の手に堕ちている。あなた方から闇を払うには、こうするよりしかたありませんでした」

「どっこが! 闇に取り憑かれてるのはそっちだろ!」

 とメールが言い返し、他の者たちはいっせいに身構えました。剣に手をかけ、弓に矢をつがえ、犬たちは即座に変身できるように低く伏せます。その前に太い杖を握った青の魔法使いが進み出てきました。

「実にご立派ですな、ネッセ殿。まるであなたがこの大神殿の最高責任者のようだ。このことを、大司祭長はご存じなのですかな?」

「むろんご存じだ。その上で、いっさいを私に委ねてくださっている。なにしろ私はユリスナイ様のお声を聞くことができるのだからな!」

 あざ笑うように副司祭長が答え、ふいにその口調を変えました。彼らに向かって、いやに丁寧にこう言います。

「ユリスナイ様は言っておられます。闇の竜を追い払い、世界に平和を実現しなさい、と。そのために、選ばれし聖なる者の力を自分に与えなさい、と――。お帰りなさい、マリガ殿。ユリスナイ様はずっとお待ちでいらっしゃいましたぞ」

 呼びかける声は、ねっとりと絡みつくようでした。仲間たちが青くなって振り向く中、白の魔法使いはもっと青ざめた顔で立ちすくんでいました。

 副司祭長が言い続けます。

「あなたにも呼ぶ声は聞こえていらっしゃるはずだ。ユリスナイ様はあなたを選ばれた。神に選ばれし尊き方、闇の誘惑を振り払い、聖なる務めをお果たしください――」

 

 副司祭長の言うとおり、白の魔法使いにはユリスナイの呼び声が聞こえているようでした。副司祭長を見つめたまま、ごくりと咽を鳴らします。

 すると、青の魔法使いが白の魔法使いの腕をつかみました。行かせまいとしたのです。

 白の魔法使いは我に返りました。青の魔法使いの顔を見上げ、小さくうなずき返します。

「わかっている。大丈夫だ」

 と青の魔法使いの手を腕から外すと、その大きな手の中に、するりと自分の手を滑り込ませました。そのまま男の手を握りしめます。

 青の魔法使いは驚きました。彼女がこんなことをするのは初めてです。けれども、次の瞬間、武僧はにやりと笑いました。

「けっこう」

 と言って、その手を強く握り返します。

 白の魔法使いは毅然と頭を上げると、副司祭長に向かって言い返しました。

「私はその声には従わない。あれはユリスナイの声ではない。人の意志を奪って思い通りにさせようとする、悪しき術だ。あの声こそ、闇の呼び声! 闇に取り憑かれているのはあなただ、ネッセ殿!」

 

 淵の周りに集まる人々がいっせいに息を呑む音がしました。

 副司祭長は何も言いません。皆が注目する中、その顔色がみるみる蒼白になっていきます。痩せた顔が憎悪の表情を浮かべます――。

 けれども、副司祭長は爆発をこらえました。大きく息を吸い、一度目を閉じると、薄笑いを浮かべた表情になって一行を見ました。

「私が闇だと言われますか――。ユリスナイ様の声を聞き、そのご意志を皆に伝える役目を担う、この私が闇だと。いったい、何を証拠に――」

 すると、突然フルートが声を上げました。

「証拠はこれだ!!」

 その手には金のペンダントが握られています。それを副司祭長に突きつけながら、フルートは叫びました。

「金の石!!」

 とたんに、ペンダントの真ん中で魔石が爆発するような光を放ちました――。

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