フルートたちがかくまわれている、ミコンのトートンやピーナの家。
その居間にある隠し扉をくぐって、フルートがまた地下室へ下りていきました。さっきは皆と一緒でしたが、今はフルート一人だけです。
地下室ではベッドに白の魔法使いが横になり、枕元の椅子で青の魔法使いが壁にもたれて眠っていました。大きないびきが地下室中に響き渡っていて、耳が痛くなるほどです。
フルートがあきれながら近づいていくと、ベッドから白の魔法使いが話しかけてきました。
「これは勇者殿」
フルートは、そっとそのそばまで行きました。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
「いえ、起きていました。――これでは眠れるはずがない」
と白の魔法使いが苦笑いで青の魔法使いを示して見せます。大いびきはいっこうにやみません。
ベッドに起き上がった白の魔法使いの顔から打たれた痕が消えているのを見て、フルートは言いました。
「自分で治されたんですね……。金の石が必要なんじゃないかと思って来てみたんですけど。頭痛ももう大丈夫ですか?」
「ほとんど治まりました。ですが、私の魔法ではありません。私は術を解かれた後遺症で、今は魔法が使えなくなっておりますから。青が治してくれたのです」
フルートは驚きました。さっき怒って白の魔法使いの頬を打ったのは青の魔法使いなのです。
すると、白の魔法使いが笑いながら言いました。
「青はわざと叱ってくれたのですよ。もう二度と私があんな真似をしないようにと。ロムドの任務の話を持ち出したのも、あれを聞けば私が勝手に死ねなくなると承知していたからです。本当は、どれほど自分が心配したかわかっているのか、と言いたかったのでしょうにね……」
白の魔法使いは、ほほえむ目で青の魔法使いを見ていました。長い髪を下ろしているせいか、意外なほど優しく柔らかく見える表情です。
が、フルートが自分を見つめているのに気がつくと、白の魔法使いは生真面目な表情に戻って頭を下げました。
「本当に、勇者殿たちには大変なお手数をおかけしてしまいました。それどころか、ミコンの指名手配にまでしてしまって……。申し訳ございません」
フルートはあわてて首を振りました。
「そんなことは全然。白さんがこうして無事だったんですから」
そして、フルートは少し考え込み、さらに続けました。
「ゼンに叱られました。俺たちの気持ちがわかったか、って。白さんが光の淵に飛び込むかもしれないと思ったときには、本当にぞっとして頭の中が真っ白になったんです。――ぼくも、あんな心配をみんなにさせていたんですね」
白の魔法使いはまたほほえみました。
「勇者殿と私はどうやら似ているようです。同じような叱られ方をしましたね……。勇者殿が持っておられる願い石の怖さというものを、私も垣間見た気がいたします。確かにあの誘惑は恐ろしい。自分の命ひとつで全員の命を救えるなら、と考えてしまいますからね」
フルートはうなずきました。なんとなく、上の階にいる仲間たちの顔を思い出してしまいます。
白の魔法使いは静かに続けました。
「生きる拠り所を見つけることですね、勇者殿。生きたい理由があれば、あの誘惑には負けなくなるでしょう。私にとってそれは四大魔法使いとしてロムドを守ることです。ですが、勇者殿の場合は――」
「ぼくも世界をデビルドラゴンから守りたいと思ってますが」
とフルートが答えると、ほら、それです、と白の魔法使いが言いました。
「勇者殿の場合は、それではいけないのです。その理由では願い石の願いに直結してしまいますから。もっと自分自身の理由を考えなくては」
え、でも……とフルートはとまどいました。ロムドを守りたいと言う白の魔法使いと、世界を守りたいと思う自分の、どこにその違いがあるのかよくわかりません。自分自身の理由、というものも具体的には思いつきません。
すると、白の魔法使いが言いました。
「大きな理由などでなくて良いのですよ、勇者殿。むしろ当たり前のことでいいのです。そのために死にたくない、これからも生きていたい、と思うような……」
白の魔法使いは、いつの間にかまた青の魔法使いを見つめていました。前の晩、女神官の行方を案じて一睡もしなかった武僧は、今はもうすっかり安心して、大いびきで眠り続けています。それを優しい目で眺めます。
フルートはとまどい続けました。言われていることがわかるような気もするし、わからないような気もします。すると、白の魔法使いがまたフルートにほほえみかけました。普段まず見せないような女性的な笑顔で言います。
「勇者殿も、その理由はもう持っておられるはずですよ。それは勇者殿のすぐそばにある。違いますか?」
フルートはいっそううろたえました。やっぱり意味はわからないのですが、なんとなく、顔が赤くなってしまいます……。
ところが、その時、上の階から突然大声がしました。少年の叫び声――トートンです。ただならない響きにフルートが階段を駆け上がっていくと、扉代わりに入り口をふさぐ絵の向こうから、こんな声が聞こえてきました。
「ピーナがさらわれた! 副司祭長に連れていかれちゃったよ――!!」
居間にいた人々は仰天しました。
トートンとピーナは、供物のお下がりをもらうために大神殿へ行っていました。それが毎日の習慣だったのです。いつもと同じことをしなければ、かえって怪しまれるから、と祖父に言われて、二人で取りに行ったのでした。
今、そこから帰ってきたのはトートン一人だけでした。家に飛び込むなり、ピーナがさらわれた、と叫んだのです。
人々はトートンに集まりました。ユリスナイの絵を動かしてフルートも飛び出してきます。青の魔法使いと、白の魔法使いも地下室から上がってきます。
「どういうことだ!?」
とキースがトートンに尋ねました。
「いきなりなんだよ! いつもみたいに、供物をもらうのに他の人たちと並んでたら、急に副司祭長が衛兵と一緒に来てさ、ピーナを捕まえたんだ――! ピーナを返してほしかったら、勇者のお兄さんたちを連れてこい、って言われたよ!」
「あんにゃろう……!」
ゼンが歯ぎしりし、フルートも真っ青になりました。副司祭長は、潜伏したフルートたちを見つけられなくて、人質を取る作戦に出たのです。ここに隠れていることは知らなくても、ゆかりのあるピーナをさらえば、それを聞きつけて必ずフルートたちが出てくると読んだのです。
「なんて卑怯者だい! それが聖職者のすること!?」
とメールも怒り狂います。
白の魔法使いが青ざめて言いました。
「私を見つけようとしているのだ。ネッセ殿は光の淵から聞こえる声に取り憑かれている。儀式をやりとげるためには、どんな手段でも使うつもりなのだ」
「なりませんぞ、白。あなたが出て行っては、それこそ向こうの思うつぼだ」
と青の魔法使いが強く言います。
フルートは必死で考え続けました。本当に突然のことで、頭の中が混乱しそうです。どうしよう、どうしたらいいんだろう、と懸命に考え続けます。
「ピーナを助けに、もう一度行きましょう!」
と言うポポロに、ルルとポチが言いました。
「今度はそう簡単にはいかないわよ」
「ワン、向こうも準備を整えて待ちかまえてますからね」
「だが、ピーナをこのままにはしておけないぞ!」
とキースが言い返します。
ユリスナイ様! と子どもたちの祖父が声を上げます。
フルートは考え続けていました。副司祭長はユリスナイの声に取り憑かれて儀式をやりとげようとしている、と白の魔法使いは言いました。けれども、本当にそうでしょうか――?
「やっぱり、魔王は副司祭長なのかもしれない」
とフルートは言いました。その声が持つ重い響きに、全員がはっとしました。大人たちはぎょっとした顔になります。
フルートは言い続けました。
「昨夜、ゼンたちには言ったとおりさ。デビルドラゴンはこのミコンにいて、聖職者に取り憑いているのかもしれない。どんなに信心深い人でも、必ず心に闇は持っているからね……。あのユリスナイの声っていうのは絶対におかしい。どう考えたって、まともじゃないもの。むしろ、デビルドラゴン自身が呼びかけてきているみたいだ。だとしたら、それを聞いてみんなに伝えている副司祭長が、やっぱり一番怪しいんだよ。デビルドラゴンは副司祭長に取り憑いているかもしれないんだ」
「ネッセ殿が……」
と白の魔法使いが青ざめたままつぶやきましたが、青の魔法使いの方は逆にうなずきました。
「私は勇者殿の見解に賛成ですな。ネッセ殿の言動はまともではない。むしろ魔王にされていると考えた方が納得できますからな」
フルートはさらに考え込みました。
「光の淵は本当に聖なるものなんだと思います。金の石もそう言ってますから。本当に、闇を追い払うためのものなのかもしれない。だとしたら、使い方が違うんだ――。人があそこに飛び込めば闇を追い払えるんじゃなくて、何かもっと別のやり方があるんです。そして、それができるのは、たぶんぼくたちだけなんだ。魔王はそれがわかっているから、それをさせまいとして、ぼくたちを捕まえて倒そうとしているんですよ」
「光の淵の本当の使い方か。どうすりゃいいんだ?」
とゼンが言って腕組みしました。フルートが答えます。
「それはまだわからないよ。そして、それより大事なのは、まずピーナを助け出すことさ」
「やはり、私が出て行くのが一番良いでしょう」
と女神官が言いました。白! と青の魔法使いが言うと、それを見上げて笑います。
「心配しなくても大丈夫だ……。もうあんなことはしないから」
いつになく優しい微笑に、青の魔法使いが面食らった顔になります。
フルートは真剣な口調で言いました。
「大神殿へ行こう。ピーナを助け出して――真相を確かめるんだ」