その日の昼過ぎ、ミコンの町の家という家は警備兵たちの捜索を受けました。トートンとピーナが住む家にも、聖騎士団の隊員たちが押しかけてきます。
「キースが勇者たちを連れて、ここに来ているだろう?」
と隊員に言われて、子どもたちは目を丸くしました。
「来てないよ。金の石の勇者のお兄さんたちがどうかしたの?」
「キースが何かしたの?」
二人の祖父は隊員たちが抜き身の剣を握っているのを見て眉をひそめました。
「何事ですかな。ミコンでこんな物騒な光景を見るとは」
隊員たちを率いていた隊長が答えました。
「金の石の勇者たちが闇の手に堕ちたのだ。大神殿の中庭に集まった人々を攻撃し、火を放って儀式を台無しにした。闇を世界から追い払うための重要な儀式だったのだ。キースも闇の仲間にされて、勇者たちと一緒に逃亡している」
子どもたちは驚きました。先を争うようにして家を飛び出していこうとするので、祖父がそれを止めました。
「よしなさい、トートン、ピーナ! おまえたちが出て行ったら邪魔になるだけじゃ――。隊長さん、それは本当ですか? 何かのお間違いじゃありませんか? キースも、金の石の勇者たちも、そんなことをする人たちではないと思うのですが」
「我々は連中と戦ったのだ。不思議な鳥の背に乗って大神殿から逃げ出したが、ミコンは聖なる結界に包まれているから、町の外には出られない。門を通って外へ逃げた形跡もない。このミコンのどこかに隠れているのは間違いないのだ。探させてもらうぞ」
キースも勇者たちもここにはいないよ! と子どもたちが怒ったように言いましたが、祖父は頭を下げました。
「そういうことでしたらどうぞ――。存分にお探し下さい」
そこで隊員たちは家の中をくまなく探して回りました。もとより広い家ではありません。あっという間にすべての部屋の戸棚の中、引き出しの中に至るまで見て回ることができましたが、どこにも誰も隠れてはいませんでした。
隊長は渋い顔をしながら言いました。
「確かにここにはいなかった。すまなかったな。だが、この後、キースが連中を連れてここに来るかもしれない。その時にはすぐに知らせるように」
老人は、承知しました、と頭を下げ、聖騎士団たちは家を出て行きました。戸口からそれを見送っていた子どもたちを、祖父はまた呼び戻しました。
「戸を閉めなさい。おまえたちが出ては、本当に邪魔になってしまう」
子どもたちは言われたとおり戸をしめました。――ついでにかんぬきまでかけます。
ピーナが言いました。
「外で聖騎士団の人が見張ってるわよ、おじいちゃん」
「なに。中までは入って来んよ」
と言いながら、老人は部屋の奥へ行き、壁に掛かったユリスナイの大きな絵を動かしました。
「捜索隊は行きました。もう出てきても大丈夫ですぞ」
と絵の後ろへ呼びかけます。そこには、人一人がくぐれる程度の入り口と階段がありました。
階段を真っ先に上がってきたのはキースでした。手には剣を握っています。そのすぐ後からゼンやフルートも出てきます。
キースが言いました。
「驚いたな。この家にはずいぶん来たけれど、こんなところに隠し部屋があったなんて思いもしなかったよ」
老人はしわだらけの顔で笑いました。
「わしの娘が――この子らの母親じゃがな――うつる病気になったんで、その看病のために地下室を作ったんじゃよ。ユリスナイ様のご威光を一番受けられそうな場所に入り口を作っての。残念ながら甲斐もなく逝ってしまったが、そのための部屋が天使様たちをお救いする役に立つなら、娘も天国で喜んでいるじゃろう」
天使様、と老人に呼ばれたのはフルートです。一瞬、何とも言えない表情をしましたが、それでも、ありがとうございます、と礼を言いました。
一行がまた階段を下りていくと、そこは岩をくりぬいて作った部屋になっていました。町が載っている岩盤と同じ黒い岩が、壁や床、天井を作っています。ゼンが戻ってくると、とたんにメールが飛びつきました。
「ねえ、追っ手は行っちゃったんだろう!? あたい、もう出てもいいよね!?」
その顔色は真っ青です。ゼンは苦笑しました。
「相変わらず地下は嫌いかよ。もう上がっても大丈夫だぜ。ただ、間違っても外をのぞいたりするなよ。見張られてるからな」
わかった! と言ってメールは階段を駆け上がっていきました。広々とした海や海上の島で育ってきたメールは、地面の下の狭い場所が極端に苦手なのです。
残った人々は地下室の真ん中を見ました。そこにはベッドがあって、白の魔法使いが寝かされていました。枕元の椅子に青の魔法使いが座っていて、老人へ深々と頭を下げます。
「ご助力、感謝します――。だが、我々をかくまって、あなたたちにまで危険が及ばなければ良いのですが」
「そんなことを言ったってしょうがないじゃないか。ミコンの外には出られないんだから、あのまま町中を逃げていたら、絶対に捕まったぞ」
とキースが言い返します。彼らをここに案内したのはキースだったのです。
老人は穏やかに笑いました。
「わしの命は天使様たちに助けていただいたものです。この子どもたちも一緒に救っていただいた。わしらは、皆様方が真にユリスナイ様から遣わされてきたのだと知っております。ただ、ユリスナイ様のご意志に従っているだけですじゃ」
フルートたちは思わずほほえみました。ユリスナイの意志、ということばを繰り返しながら、白の魔法使いは光の淵へ身を投げようとし、人々は彼らを捕まえようとしました。けれども、それと同じことを言って彼らを助けてくれる人たちもいるのです。
その時、白の魔法使いが身じろぎをして目を覚ましました。ベッドの上に起き上がり、そのまま額に手を当ててしまいます。
「気分はどうです、白?」
と青の魔法使いが尋ねると、白の魔法使いはうめくように答えました。
「最悪だ……。頭が割れるように痛む」
「当然ですな。術を解くのに頭の中をずいぶんかき回しましたから。しばらく我慢しなさい」
術? と白の魔法使いは聞き返しました。本当にひどく頭が痛んでいるようで、額を押さえて顔をしかめています。
「意志を絡め取って正常な判断をできなくする術です。かなり深く絡みついていたから、ほどくのに本当に苦労しましたぞ」
青の魔法使いが答えました。むしろ淡々と聞こえる口調です。
白の魔法使いは何も言いませんでした。頭を抱えたままうつむいています。
すると、青の魔法使いがベッドにまっすぐ向き直りました。
「こちらを見なさい、白」
言われて白の魔法使いは青の魔法使いを見上げました。青ざめ、金髪がほつれかかった女神官の顔は、いつになく頼りなげに見えます。
青の魔法使いは右手を振り上げました。びしり、と高い音がして、白の魔法使いがベッドの上に倒れます。青の魔法使いが白の魔法使いの頬を打ったのです。
一同は仰天しました。
「何しやがんだよ、青!」
とゼンがどなり、キースも声を上げます。
「か弱い女性に手を挙げるなんて! しかも相手は病人じゃないか!」
「白は女性ではない!」
と青の魔法使いが強い口調で答えました。
「彼女はロムドの四大魔法使いの一人で、我々のリーダーだ! それが己の責務を忘れて自ら贄(にえ)になろうとするなど、言語道断。自覚が足りないにもほどがある!」
青の魔法使いの声は地下室中に響き渡り、中にいる人々をびりびりと震わせました。トートンとピーナが、びっくりして祖父にしがみつきます。
頬を押さえて起き上がってきた白の魔法使いへ、青の魔法使いは身を乗り出して言いました。
「あなたはカイタ神殿の広場で私に言われた。私が抜けた後、どうやってロムドを守るのだ、と。それと同じことばを、そっくりあなたにお返しする。あなたがいなくなって、どうしてロムドを守れます! 深緑や赤に、なんと言って説明しますか!?」
白の魔法使いはまたうつむきました。すまない、とつぶやくように言います。
「どうしたら聖戦をやめさせることができるか、と考えていたのだ……。聖戦になれば、必ずロムドも巻き込まれる。それを防ぐにはどうしたらいいだろう、と考えていたら……ユリスナイの声が聞こえてきたのだ。聖戦以外にも道はある、と話しかけられ、光の淵へ来るように呼ばれた。淵へ身を捧げ、光となって闇を払え、と言われ、契約の青い杯を飲み干した後は、もうそれ以外のことは何も考えられなくなった……。ユリスナイの意志を実行すること以外は、何も……」
白の魔法使いは、ぶるっと身震いをしました。震えだした体を抱きしめ、自分に掛けられた毛布を見つめながらつぶやきます。
「あれは……何だったのだ? あれは……あの声は……?」
青の魔法使いは溜息をついて椅子にもたれ直しました。
「あれはユリスナイの声ではありませんよ、白。ユリスナイがそのようなことを命じるはずはない。もしも、それが本当にユリスナイの声なのだとしたら、答えはさらに簡単です。――ユリスナイは神ではない。ただそれだけのことだ」
白の魔法使いは驚いたように顔を上げました。打たれた左の頬が赤くなっています。その瞳をじっと見つめながら、青の魔法使いは言い続けました。
「あなたは、ロムドの魔法軍団の最高責任者であろうとして、いつも無理をする。あなただけがロムドを守っているわけではないのですぞ。そして――あなたの命は、あなただけのものではない。それをよく覚えておきなさい」
白の魔法使いはそれを見つめ返しました。やがて、またうつむき、黙ったままうなずくと、その後はもう顔を上げませんでした。ひっそりと涙を流す気配が伝わってきます。
キースが少年少女たちをつついて、上へ行こう、と合図しました。トートンとピーナは祖父に促されて階段を上りだしています。彼らは魔法使いたちを二人だけにして、上の部屋へと戻っていきました。
居間に立って、地下室への入り口をユリスナイの絵で隠すと、ゼンは腕組みをしました。黙ってずっと考え込んでいた友人に向かって言います。
「俺たちの気持ちがこれでわかったか、フルート。今度おまえが光になりに行くとか寝ぼけたこと抜かしやがったら、俺がおまえに言ってやらぁ。おまえの命はおまえだけのもんじゃねえ、ってな。で、俺がおまえを本気でぶん殴ってやる」
フルートは、ちょっと苦笑いをしました。
「遠慮しとくよ。ゼンに本気で殴られたら、それこそ命がなくなるもの」
そして、フルートは口をつぐむと、家の天井を見上げて、また考え込みました――。