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第10巻「神の都の戦い」

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46.奪回

 光の淵を取り囲む白い服の集団をかき分けて、数人の人々が懸命に前へ出ようとしていました。先頭は見上げるような青の魔法使い、それに金の鎧兜のフルート、青い胸当てをつけたゼン、袖無しのシャツにうろこ模様の半ズボンのメール、そこに聖騎士団の制服の青年と白い巡礼服の少女が続きます。青年は人混みから守るように、少女の手を引いています。二匹の犬たちがその足下を一緒に走っています。

 青の魔法使いがまたどなりました。

「マリガ! 私の声が聞こえますか! 今すぐそこから戻りなさい! 早く!!」

 すると、白の魔法使いが立ち止まりました。近づいてくる者たちを振り向きます。その静かな顔は、本当に、意外なほど美しく見えています――。

「騒がしい、青」

 と白の魔法使いは言いました。いつもと同じ、きっぱりした口調です。

「ここは聖なる場所だ。静かにしないか」

 目を見張り、思わず声を失った青の魔法使いの代わりに、フルートが叫びました。

「やめてください、白さん! どうしてあなたがそんなことをしなくちゃいけないんですか!? ぼくたちは――そんなことをするためにミコンに来たんじゃないんですよ――!」

 金の兜の下で、フルートは青ざめていました。白の魔法使いは光の淵に身を投げると言っています。そうして、世界を救う聖なる光になる、と。

 それは、フルートが願い石に光になることを願うのとまったく同じことでした。自分に課せられているのと同じ定めを、今、白の魔法使いが目の前でやろうとしているのです。なんだか息が詰まりそうで、声が出なくなってしまいます。胸の中で心臓が張り裂けそうなほど早打っています。

 

 すると、白の魔法使いがフルートを見つめました。淵を挟んだ反対側の岸から、金の鎧兜の少年に向かって静かにほほえみます。

 何も言わない彼女に代わって答えたのは副司祭長でした。

「マリガ殿はあなたの身代わりをユリスナイ様に申し出たのです、勇者殿! あなたはまだ若い。あなたに代わって光となり、ユリスナイ様と共に世界の闇を払うと言われたのです!」

 フルートは、本当に一瞬息ができなくなりました。ぞおっと、すさまじい悪寒が背筋を這い上ってきます。身代わり、ということばが頭の中に鳴り響きます。

「ネッセ殿」

 と白の魔法使いがたしなめるように言いました。

「私は身代わりになりにいくのではない。ユリスナイの導きに従っているのだ。ユリスナイは私を選んでくださった。その意志をこの世に実現したいのだ」

 副司祭長は白の魔法使いへ深々と頭を下げると、すべてはユリスナイ様のご意志のままに、と言いました。

「馬鹿野郎!!」

 とゼンがどなり出しました。

「ったく、おまえらは揃いも揃って――! そんな寝言を聞かされるのはフルートだけで充分だ! おい、メール、ポチ、ルル! 白さんを止めろ!」

「あいよ!」

「ワン!」

 メールが花を呼ぶために両手を高くかざし、二匹の犬たちが風の怪物に変身します。ごうっと風が巻き起こり、中庭の林が大きく揺れます。

 

 すると、そんな彼らの周りを光が取り囲みました。銀のきらめきが壁のように立ちはだかります。そこを抜けていこうとしたポチとルルが、本物の壁に激突したように跳ね返され、犬の姿に戻って地面に転がりました。

「結界――!」

 目を見張ったフルートたちの前で、青の魔法使いが声を上げました。

「大司祭長! 彼女を我々に返しなさい!」

 銀の肩掛けの老人は、片手をフルートたちに向けたまま、穏やかに言いました。

「相変わらず上に敬意を払おうとしない男ですね、フーガン――。だが、これはマリガ自身の意志によるものです。ユリスナイに導かれたのだ。我々にそれを止めることはできませんよ」

 大司祭長は聖なる魔法を使うことができます。今、その力でフルートたちを銀の結界に閉じこめているのでした。青の魔法使いが全身の魔力を込めて杖で突いても、結界はびくともしません。大司祭長の魔力の方が青の魔法使いの魔力を上回っているのです。

「花! 花たち!」

 メールが必死で呼び続けても、花はどこからも飛んできません。呼び声を結界がさえぎってしまっています。

「さあ、マリガ殿」

 と副司祭長がうやうやしく手を前に差し伸べました。そこでは光の淵が青く美しい輝きを放っています。入ってきたものをすべて焼き尽くし消し去ってしまう、強烈な輝きです。

 白の魔法使いはうなずきました。淵の反対側の岸で結界に阻まれている仲間たちから目をそらし、光の水を見つめます。落ち着いた足取りで、そちらへまた歩き出します。

「マリガ!!」

 青の魔法使いがまた叫びます。

 その声にフルートの声が重なりました。

「ポポロ、頼む――!」

 大司祭長は即座にもう一方の手を上げました。結界の中で立ちつくす巡礼服の少女へ指先を向けて、その魔法を抑え込みます。簡単なことです。声を奪って呪文を封じれば良いのです。

 

 

 とたんに、細い少女の声が凛と響きました。

「セエカ!」

 たちまち爆発のような衝撃が彼らを襲い、人々は地面に倒れました。林の木々が折れそうなほどたわみ、きしんで大揺れに揺れます。どんな大風にも揺らがない光の淵にさえ、振動のさざ波が走ります。大司祭長も副司祭長も、白の魔法使い自身も、跳ね飛ばされて倒れてしまいます。

 大司祭長は信じられないように振り向きました。呪文の声は淵の向こうの結界からしたのではありません。彼らのすぐ後ろの群衆の中から上がったのです。

 なぎ倒された人々の中で、たった一人だけ、無事に立っている人物がいました。片手をまっすぐに大司祭長へ向けています。と、その人物がかぶっていた白いフードをはずしました。赤いお下げ髪が現れます。

「おまえは……」

 と副司祭長が絶句しました。ポポロがそこにいたのです。相変わらず白い巡礼服を着ていますが、周囲の者たちが同じような服装だったので、誰もそれがポポロだとは気づかなかったのです。

 淵の向こうでは銀の結界が消えていました。同じ魔法にフルートたちも倒れていましたが、結界のおかげで衝撃が和らげられたようで、すぐに立ち上がってきます。

 キースが白い巡礼服の少女に手を貸していました。フードが脱げてしまった少女の頭は、短い銀髪です。

「ありがとう、一緒にいてくれて。おかげで助かったよ」

 とキースに甘い声でささやかれて、銀髪の少女は、ぽっと顔を赤らめました。そんなぁ、あたし何も……と恥ずかしそうに答えます。ここへ来る途中、キースに誘われて一緒に来ただけの、見ず知らずの少女だったのです。

 

 誰もが茫然と倒れたままでいる中、真っ先に起き上がったのは白の魔法使いでした。ふらつく体で立ち上がり、急いで光の淵へ向かおうとします。

 それを見てフルートがまた叫びました。

「止めろ、ポポロ!」

 白の魔法使いのすぐ近くに立っていたポポロが、さっと手を動かしました。女神官に向かって唱えます。

「レムーネ」

 白の魔法使いはたちまち崩れるように倒れました。ポポロに眠りの魔法をかけられたのです。周囲にいた司祭長や聖職者たちも、同じ魔法に巻き込まれて眠り込んでしまいます。

「ルル、早く!」

 とポポロが白の魔法使いに駆け寄りながら呼びました。ルルは変身して飛んでくると、風の体に白の魔法使いを巻き込みました。

「ワン、ポポロはぼくに!」

 とポチも飛んできて、背中にポポロを拾い上げ、二匹はすぐさま引き返しました。光の淵を越えて仲間たちの元へ戻ります。

 

 大司祭長と副司祭長はポポロの眠りの魔法から逃れていました。副司祭長が跳ね起きて金切り声を上げます。

「冒涜(ぼうとく)だ! ユリスナイ様への許しがたい冒涜だ! 衛兵、奴らを捕まえろ!!」

 倒れていた人々の中から、聖騎士団の隊員や武僧たちが起き上がりました。眠りの魔法は、先の跳ね返しの魔法ほど広範囲には効かなかったのです。剣を抜き、武器を構えて、フルートたちへ殺到しようとします。

 とたんに、どん、と青の魔法使いが杖を突きました。激しい衝撃波が地面に広がって、聖騎士団も武僧も、立ち上がろうとしていた人々も、またいっせいに倒れます。

「フーガン! なんとしたことだ!」

 と、どなる人物がいました。カイタ神殿の武僧長でした。

「そなたは神に仕える身でありながら、神の意志に逆らうというのか!? 今すぐユリスナイの意志に従え! そして、神々に許しを請うのだ!」

 すると、青の魔法使いは答えました。

「あいにくと、武僧長、私はとんだ生臭坊主でしてな――。どれほど神がこうしろと言っても、自分がやりたくない命令には絶対に従いたくないのです。彼女はいただいていきます。ユリスナイになど決して渡しませんぞ」

 そこへルルが舞い下りてきて、青の魔法使いの手に白の魔法使いを渡しました。金髪の女神官はポポロの魔法でまだ死んだように眠っています。

 

「さあ、どいてちょうだいね。早くどかないと怪我をするわよ」

 とルルが行く手に向かって言いました。

「ワン、ぼくが先に行きますよ。ルルがまともに行ったら、みんな大怪我しちゃう」

 とポチがあわててポポロを下ろし、ルルより先に飛び出しました。激しい風の流れになって突進して、行く手をふさぐ人々を跳ね飛ばしていきます。その後をルルが飛んでいき、行く手の邪魔をする林の木を風の刃で切断します。音を立てて倒れてくる木々に、人々がまた悲鳴を上げて逃げまどいます。

 風の犬たちが作った道を、仲間たちは走り出しました。青の魔法使いは腕に白の魔法使いを抱きかかえています。

 けれども、ミコンの守備兵たちは勇敢でした。倒れる木をかいくぐって、武僧たちが飛びかかり、聖騎士団の隊員が切りかかってきます。それをゼンが片っ端から捕まえて投げ飛ばし、キースが自分の剣で剣を受け止めて、跳ね返します。

 隊員たちは同僚の反乱に驚きました。聖騎士団の隊長が叫びます。

「どういうつもりだ、キース!? 自分の務めを果たさないか!」

 黒髪の剣士は笑いました。

「残念ですが、ぼくもその命令には従えません。ぼくはこの儀式には反対なんです。身代わりだなんて――くそくらえだ!」

 端麗な笑顔が壮絶な表情に変わりました。憎しみを浮かべた青い目は暗く、限りなく黒に近い色に見えています。その迫力に、仲間の騎士団が思わずたじろぎます。

 

 逃げる仲間たちのしんがりにフルートが立っていました。後を追ってくる人々に向かって声を上げます。

「来るな! 火に巻き込まれたくなかったら、逃げろ――!」

 その両手は大きな黒い剣を握って、高く構えていました。炎の剣です。

 淵の向こうからそれを眺めていた大司祭長が言いました。

「まさか! 金の石の勇者が罪もない人々へ火を放つと言われるのか!?」

 フルートが、一瞬ぎょっとした顔になりました。剣を構えた手がわずかに揺れます。

 すると、すぐそばにいたポポロが悲鳴のように叫びました。

「フルート、急いで!」

 追っ手がもうすぐそこまで迫っていました。儀式に集まっていた人々が、すべて追っ手に変わっているのです。何百という数でした。逃げるフルートたちに追いすがり、捕まえようとしています。

 フルートは、ぎゅっと唇をかみました。黒い剣を握り直し、思いきりそれを振り下ろします。ごうっと音を立てて炎の弾が飛び出し、木立に激突してたちまち燃え上がります。

 人々は悲鳴を上げました。炎の弾は次々に飛んできて、林を火の海に変えていきます。皆、降りそそぐ火の粉を避けながら、林から逃げ出します。

 

「来た!」

 とメールが走りながら歓声を上げました。林の中に色とりどりの花の群れが飛んでくるのが見えたのです。両手を高く上げ、空に向かって呼びかけます。

「花鳥!」

 花の群れが大きな鳥の姿に変わりました。羽ばたきながらやって来ます。その背中へ一行は乗り込みました。メール、ゼン、キース、白の魔法使いを抱いた青の魔法使い、ポポロ、フルート――。風の犬たちは行く手に弓矢を構えていた衛兵を見つけて飛んでいきました。放たれた矢をルルが切って落とし、ポチが衛兵を吹き飛ばします。花鳥が林の上へと舞い上がります。

 すると、その周囲を銀の光が包みました。振り向くと、光の淵の向こう岸で、大司祭長が彼らへ両手を向けていました。結界で捕らえようとしているのです。

 とたんに、今度は金の光が広がりました。金と銀の光はぶつかり合い、銀の結界が音を立てて崩れていきます。

 フルートは、にこりと笑って胸のペンダントを見ました。金の石が大司祭長の結界を打ち破ったのです。

 花鳥は空高く舞い上がり、風の犬と共に大神殿の向こうへ飛び去って、人々の目から見えなくなっていきました――。

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