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第10巻「神の都の戦い」

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第12章 救出

45.儀式

 翌日、フルートたちは青の魔法使いの部屋に集まっていました。

 結局、白の魔法使いは見つからなかったのです。ポチとルルが白の魔法使いの匂いを追ったのですが、匂いは大神殿の通路の途中でぷっつりと消え、その先どこへ行ったかわからなくなっていました。ポポロがもう一度魔法使いの目でたんねんに大神殿の中を探し回りましたが、やっぱり白の魔法使いの姿は見つかりませんでした。

 神殿の朝は早く、空が白み始める頃から人が動き出します。白の魔法使いが行方不明になっていることを人に知られてはまずい、と青の魔法使いが言うので、彼らは一度自分の部屋に戻って仮眠を取り、また一カ所に集まったのでした。

 

「だめだ、やはり白は応えん!」

 椅子に座って目を閉じていた青の魔法使いが、ふいにどなってテーブルをたたいたので、ポポロや犬たちは思わず飛び上がりました。青の魔法使いは焦りの表情をしています。ずっとまた心で白の魔法使いに呼びかけていたのに、やはり返事がなかったのです。

「白さんらしくないよねぇ、ホントに」

 とメールが言うと、ゼンが難しい顔をしました。

「こんなことは言いたくねえけどよ、白さん、まだ生きてるんだろうな?」

「白さんほどの魔法使いが、そう簡単にやられるはずはないよ」

 とフルートが言います。

 ワン、とポチがほえて口を開きました。

「ぼくとルルは、今朝から大神殿の周りでずっと匂いを探したんだけど、ぼくたちがここに来たときの匂いが残っていただけで、白さんがここから出て行った匂いはどこにもなかったんです。白さんが大神殿の外に行ったわけでもないみたいです」

「昨夜、白さんの匂いを見失ったときには、魔法で匂いを消した痕があったのよ。でも、神殿の周りにはそういう痕跡はなかったの」

 とルルも言います。

 一同は考え込みました。八方ふさがりです。

「大司祭長に聞いてみますか?」

 とフルートは言いましたが、青の魔法使いは即座に頭を振りました。

「ここの上の連中は信用できません。今回の件も、彼らが関係しているのかもしれませんからな。……やむを得ん。ロムド城の深緑と赤に協力を呼びかけてみます」

 四大魔法使いの深緑の魔法使いと赤の魔法使いは、ディーラのロムド城に残って青と白の分まで城を守っています。その二人に呼びかけるということは、彼らの任務からすればとんでもないことなのですが、他に手だてがありませんでした。

「ロムド城は遠いよ。大丈夫なの?」

 とメールが心配しました。いくら青の魔法使いが強力でも、南山脈を越えたさらに向こうのディーラへ呼びかけるのは、あまりにも距離があるように思えます。

「そう頻繁にできることではありませんが、この程度の距離ならば、なんとか。特に赤は我々とは違った魔法で隠れたものを見つけることができますからな。白を探し出せるかもしれない――」

 青の魔法使いのことばがふいにとぎれました。怒ったように顔を歪め、テーブルの上で拳を固く握りしめると、そのまま目を閉じて、ロムド城の同僚へ呼びかけようとします。

 

 その時、部屋のドアがノックされました。強く何度もたたいてきます。

「白さん!?」

 ポポロが飛びつくようにしてドアを開けました。

 けれども、そこに立っていたのは白い衣の女神官ではなく、白い上下の服に青いマントをはおったキースでした。部屋の中に一行が集まっているのを見て、早口に言います。

「サータマンへの出兵が取りやめになったんだ。聖戦が中止になったよ」

 フルートたちは驚きました。それは!? と青の魔法使いが聞き返します。

 キースはすぐに部屋の中へ入ってきて、扉を閉めました。

「昨日からずっと、出兵準備が進められていたんだ。ぼくがいくら隊長に話しても無駄だった。聖戦はミコンの決定だ、ユリスナイの意志なのだ、と言われてね――。なのに、今朝になって急に、隊長から全員に、サータマンへの聖戦は行われないことになった、と通達があったんだ。どうしてそうなったのか、いっさい説明もなしさ」

 一同は顔を見合わせました。白の魔法使いの失踪と、サータマンへの聖戦の中止。これは偶然の一致でしょうか――?

 すると、キースが続けました。

「ぼくらは今日は大神殿の中庭の警備を命じられた。そこで何か大きな儀式が開かれるらしい。どうにも腑に落ちなくて、君たちに知らせに来たんだが――」

 キースは最後まで話すことができませんでした。フルートたち全員が、真っ青になって飛び上がったからです。

「光の淵だ!」

 と青の魔法使いがどなりました。

「あそこだ! 白はあそこにいるのだ!!」

 もう手にこぶだらけの杖を握っています。

 フルートが仲間たちに呼びかけていました。

「ゼン、装備だ! 他のみんなは先に中庭へ行け! 早くしないと手遅れになりそうな気がする!」

 そう言い残して、ゼンと一緒に部屋を飛び出していきます。自分たちの部屋へ装備を取りに行ったのです。

「な……どうしたんだい、いったい……?」

 予想以上のフルートたちの反応にキースが目を丸くすると、メールが言いました。

「何か起きようとしてるんだよ。絶対にまずいことさ」

「中庭の林へ行きますぞ」

 と青の魔法使いが言い、先に立って駆け出しました。他の者たちも、それに続いて部屋を飛び出していきます。

「どうしてあたしには見つけられなかったのかしら? 中庭なら何度も探したのに……」

 走りながらべそをかくポポロに、足下からルルが答えました。

「あそこの光が強すぎたからよ。あの周りにいる人たちを光が隠しちゃっていたんだわ。副司祭長も、きっとあそこにいたのよ」

「ほ、本当に……何がどうしたんだい、いったい?」

 キースだけが、わけのわからない顔をしていましたが、今は誰もそれに答える余裕がありませんでした――。

 

 

 大神殿の中庭の林に、大勢の人々が集まっていました。その大半は、白い服を着た聖職者たちです。首から神の象徴を下げ、頭に深くフードをかぶっています。儀式に出るときの、正式な格好です。

 彼らはその朝、大司祭長から急に呼び出しを受けたのでした。中庭の林の空井戸の元で大切な儀式を開くので、すぐに集まるように――と。

 林は広い場所でした。木もあまり混み合っていないので、大勢が集まっても、その中央にある空井戸がよく見えます。そこに、いつの間にか青い光がたまっているのを見て、聖職者たちは驚きました。聖なる輝きを放つ、美しい光です。

 人々は誰からとなくひざまずき、光に向かって手を合わせて頭を垂れました。これから本当に神聖な儀式が始まるのだ、と誰もが納得します。

 すると、光の井戸のそばに一人の男が進み出てきました。白い長衣にえんじ色の肩掛けをまとった副司祭長です。集まっている聖職者たちに向かって声を張り上げます。

「光の神、ユリスナイ様に栄光あれ! 聖なる場所に立ち会えることを、ユリスナイ様に心から感謝いたしましょう」

 人々がまたいっせいに手を合わせ、頭を深く下げました。白いフードをかぶった頭の群れが光の淵に向かって波打ちます。

 副司祭長の隣に恰幅のよい老人が進み出てきました。大司祭長です。白い衣に銀の肩掛けをまとい、副司祭長より良く響き渡る声で呼びかけます。

「ここは光の淵と呼ばれる聖地です。ユリスナイが世界の平和のために我々にお与え下さった恵みなのです――。ミコンは闇の竜と怪物たちに、二度までも襲撃を受けました。ユリスナイのご威光で闇は討ち払われましたが、世界にはなお闇が潜み、正しい者たちに魔の手を伸ばそうとしています。我々は、その闇の根を断つために、サータマンへの聖戦を始めようと考えました。世界中に、あまねくユリスナイの意志を知らしめようと――。ところが、ユリスナイはそれを快しと思われませんでした。聖戦であっても、戦いになれば大勢の血が流れ、命が失われます。たとえ敵でも、ユリスナイは、人が傷つき死んでいくことを悲しまれるのです。代わりに、ユリスナイは我々に聖なる契約をお与え下さいました。まことの信者がその清らかな身と想いを光の淵に捧げれば、淵は聖なる光を世界中に放ち、この世から闇を消し去る、と。その契約の君がここにいます――」

 うやうやしく片手を差し出した大司祭長の元へ歩いてきたのは、白の魔法使いでした。相変わらず白い長衣を着て、首から神の象徴を下げ、片手にはトネリコの杖を握っています。けれども、いつも結い上げている金髪は、今日は肩から背中へ波打っていました。長い髪は顔にも流れかかっていて、痩せた彼女の顔を意外なほど女性らしく彩っています。

 淵から放たれる青い光は、女神官の髪の上にも踊っていました。神聖な輝きに包まれている女性に、人々はまたいっせいに頭を下げました。

 

 すると、白の魔法使いは杖をそばにいた司祭に渡しました。大司祭長の前にひざまずき、両手を組んで目を閉じます。そんな彼女へ向かって、大司祭長は言い続けました。

「あなたのその信仰と勇気を讃えます、マリガ。あなたはユリスナイの導きに従って、その身を光の淵に投げ込み、世界を救うための光となる決心をされた。あなたのその想い、あなたのその命が世界中の人々の命を救うことになります。ユリスナイの意志は偉大なるかな。あなたの名は世界を闇の竜から救った聖者として、永久に人々に語り継がれることでしょう」

 白の魔法使いは何も言いませんでした。ただじっと手を組み、目を閉じています。

 

 すると、副司祭長が呼びかけました。

「さあ、どうぞ、マリガ殿。ユリスナイ様の力になるために、光の淵へとお進みください」

 白の魔法使いはうなずいて立ち上がりました。黙ったまま、光の淵へと近づいていきます。少しもためらうことのない足取りです。人々は、青い光に神々しいまでに照らされた女性を、息を詰めて見守りました。

 淵の際で立ち止まった白の魔法使いが、首から神の象徴を外しました。目を閉じて短く祈った後、それを淵の中へ落とします。象徴は青い光の中で一瞬きらめくと、そのまま見えなくなっていきました。光に溶けていったのです。

 それをじっと見つめてから、白の魔法使いはまた動き出しました。黒い岩の裂け目に湧く光に向かって、その体を投げ込もうとします――。

 

 すると、集まった人々の後ろの方で突然騒ぎが起き始めました。

 大声を上げながら前へ出てこようとする人たちがいました。野太い声が響き渡ります。

「マリガ!! 馬鹿なことはやめなさい、マリガ――!!」

 それは、青の魔法使いの声でした。

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