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第10巻「神の都の戦い」

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44.契約

 青い光をたたえる光の淵のほとりに、白の魔法使いは立っていました。真夜中でも、金髪をいつものようにきっちりと結い上げ、白い長衣に神の象徴を下げています。淵から差す光が、その衣を淡く青く染め上げています。

 同じ青い光に照らされて、副司祭長のネッセも立っていました。やはり白い衣にえんじ色の肩掛けの、いつもの格好です。その後ろには、同じように聖職者の格好をした数人の人物が立っていました。男が多いのですが、女も混じっています。皆、何も言わずに、じっと白の魔法使いを見つめていました。

 すると副司祭長が口を開きました。

「あなたもユリスナイ様の声を聞きましたな、マリガ殿?」

 白の魔法使いはうなずきました。淵からの光に照らされた顔は、青ざめているように見えます。それでも落ち着いた声で、白の魔法使いは答えました。

「聖戦を取りやめるように訴えた私の声に答えてくださった……。あれは確かにユリスナイの声だった。聖戦で世界中の異教徒を回心させる代わりに、世界に平和を実現する方法をお示しくださった」

 副司祭長はうなずきました。

「同じ声は我々も聞きました。ユリスナイの威光を世界に知らしめ、信仰の力で闇の竜を打ち払う方法は、聖戦の他にもあるのです」

「この光の淵に聖なる者の身と心を捧げること――」

 と白の魔法使いは、じっと光の水を見つめました。その瞳にも光の青は映っています。

 副司祭長は、またうなずきました。

「その通りです。そうすれば、光の淵は大いなる聖なる光を放ち、世界から闇を追い払うことができるのです。そのために、ユリスナイ様は我々にこの淵をお与えくださった。まこと、ユリスナイ様の恵みなのです」

 副司祭長と後ろに並ぶ聖職者たちが、いっせいに光の淵へ手を合わせました。

 

 白の魔法使いは、光の淵を見つめながら言い続けました。

「淵に自分を捧げる者は、誰でも良いというわけではない。まことに神を信じる者。心から世界と人を守りたいと思う者――その敬虔な心こそが、淵に力を与え、闇を打ち破る力に変わるのだ、とユリスナイは言われる――」

 ふっと白の魔法使いはことばをとぎらせました。副司祭長が重ねるように言います。

「あなたにはその聖なる人物に心当たりがありますな」

 とたんに、白の魔法使いは副司祭長をにらみつけました。

「あの方はまだ少年だ。その未来を奪う権利は誰にもない!」

 はて、と副司祭長は言いました。

「大いなる光となって、この世から闇を打ち払うのは、金の石の勇者の定めです。その定めに従ってお務めを果たしてくださるよう、あなたが勇者殿を説得してくださると思っていたのですが。ユリスナイ様もそれを望んでいらっしゃるのですから」

 白の魔法使いは大きく頭を振り、また光の淵を見ながら言いました。

「私はユリスナイに尋ねたのだ。勇者殿の代わりになれる者はないのですか、と。ある、とユリスナイは言われた――」

 いつの間にか、白の魔法使いは静かな表情に変わっていました。相変わらず青い色を映した瞳で、光を見つめています。

 

 副司祭長は小さく息を呑みました。

「あなたですか、マリガ殿――。あなたが代わりにその身を捧げても良い、とユリスナイ様はおっしゃったのですね」

 白の魔法使いはうなずきました。

 副司祭長は手を合わせ、深く頭を下げました。他の聖職者たちもそれに倣います。

「ユリスナイ様に選ばれたあなたを、我々は心からうらやましく思いますよ、マリガ殿。ですが、すべてはユリスナイ様のご意志です。我々はそれに従いましょう。これを」

 光の淵の上に差し出した副司祭長の手の中に、ひとつの杯が現れました。小さな半球形のガラスの器で、中に輝く青い液体が入っていました。液体――いえ、青い光そのものです――。

「ユリスナイ様との契約の杯です。すべてをユリスナイ様に捧げるための。お呑み下さい」

 白の魔法使いは杯を受けとりました。少しもためらうことなく唇を当て、一気に中身を飲み干します。

 とたんに白の魔法使いはその場に崩れました。ガラスの杯が落ちて砕け、光になって消えていきます。

 

 足下に倒れた白の魔法使いを見下ろしながら、副司祭長はまた手を合わせました。

「世界に神の栄光あれ。すべてはユリスナイ様のご意志のままに」

 他の聖職者たちも白の魔法使いを囲み、同じように手を合わせて頭を垂れます。

 人々を、光の淵からあふれる輝きが照らし出しています。月が隠れた空の下、暗闇の中で、その姿は青い幻のように見えていました……。

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