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第10巻「神の都の戦い」

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43.真夜中

 三十分後、少年たちは少女たちと合流して、大神殿の通路をこっそりと進んでいました。

 時刻はすでに夜中の十一時を過ぎています。最後まで流れていた祈りの歌もやみ、大神殿は静寂に包まれていました。広い大神殿の通路に人影はなく、足音をしのばせて歩くフルートたちの気配だけが暗闇の中に揺れます。

 やがて、フルートが先を行くゼンと犬たちを呼び止めました。

「ちょっと待って――またポポロに確かめてもらおう」

 すぐに一人と二匹が引き返してきました。夜目が利くゼンと犬たちは、暗がりの中で道案内をしていたのです。

 立ち止まって遠い目をしているポポロにフルートは尋ねました。

「どう? いたかい?」

 ポポロは、ううん、と首を振りました。

「このあたりにもいないわ……。さっきから神殿中を探しているんだけど、副司祭長の気配はどこにもしないの。外に出ているのかもしれないわ……」

「こんな真夜中に? ますます怪しいじゃないのさ」

 とメールが言います。

 彼らは自分たちの部屋を抜け出して、副司祭長のネッセを探し回っていたのです。副司祭長ほど身分ある人物なら、真夜中にお勤めがあるはずもないのに、大神殿のどこにも姿が見つかりません。メールの言うとおり、怪しいことこの上ありませんでした。

「ワン、どこに行ったんだろう?」

 とポチが考え込みました。匂いで探し出そうにも、神殿は広すぎるし、大勢の匂いが入り混じっています。この中から副司祭長の匂いをかぎ分けて後を追うのは、なかなか難しそうでした。

 

 すると、ルルが急にぴん、と耳を立てて通路の行く手を見ました。

「あらっ?」

 行く手の角から人が姿を現したのです。暗がりの中、大きな人影がぼんやりと見えます。フルートやメールは思わず緊張しましたが、ゼンは、ルルと同じように、おや、という声を出しました。

「こんな時間に何やってんだよ、青?」

 現れたのは青の魔法使いだったのです。すぐに少年少女たちのそばにやってきて、苦笑いしながら言います。

「こんな時間に何を、というのは私の台詞ですな。皆様方こそ、こんな真夜中にこんなところで何をなさっていたのです。その歳で夜遊びは早すぎますぞ」

 ゼンは肩をすくめました。

「ちぇ、夜遊びなんかしてねえよ。あんたこそ、どこへ行くつもりだったんだよ? 俺たちを連れ戻しにきたわけじゃねえんだろ」

「それは――私は大人です。立派に夜遊びも許される歳ですからな」

 と青の魔法使いが開き直ったように胸を張って見せます。メールがあきれて言いました。

「やだね。青ったらホントに生臭坊主なんだからさ!」

「なんの。ミコンにだって夜の花は咲くので、それを愛でに行くだけです」

 しゃあしゃあと青の魔法使いは言い続けます。

 

 けれども、フルートは首をかしげました。

「その格好で? 聖職者の姿でそういうところに出入りするのはまずいんじゃないですか?」

 暗い神殿の中でも窓からわずかに光が入ってきます。空に月が出ているのです。魔法使いが、いつもの青い長衣を着て、首から神の象徴を下げているのは見えていました。

 ポチも、くん、と鼻を鳴らしてから言いました。

「心配の湿った匂いがする……。何を心配なさってるんですか、青さん?」

 青の魔法使いは一瞬たじろいだように黙り込みました。すぐに、さっきよりもはっきりと苦笑いの声になって答えます。

「やはり、感情をかぎ分けるポチ殿にはかないませんか――。実は、白を探しておったのです」

「白の魔法使いを?」

 少年少女たちは目を丸くしました。

「部屋にいないんですか?」

 とフルートが聞き返します。

 青の魔法使いはうなずきました。その顔がいつの間にか真剣な表情になっていることに、彼らは気がつきました。

「光の淵から立ち去るとき、白の様子がおかしかったのです。職務中に私が名前で呼んでも怒らないなどというのは――あ、いや、それはこちらの話だが――とにかく普通の様子ではなかった。夕食の時にも上の空でした。それで気になって部屋を訪ねてみたのですが、白は部屋からいなくなっていたのです」

 二人の魔法使いは心で会話することができます。青の魔法使いは心でも呼びかけたのですが、白の魔法使いはそれにも応えなかったのでした。

 

「白さんが夜遊びに出た、ってことは……ありねえよな。あの白さんだもんな」

 とゼンが言えば、メールも考え込んで言います。

「白さんはこのミコンで昔修業してたんだろ? その頃の知り合いに会いに行った、とかいうのは考えられないの?」

 青の魔法使いは首を振りました。

「それなら、白は必ず私に断ってから行きます。白は責任感が強い。たとえ夜であっても、自分は皆様方を守る役目にあると考えているから、その持ち場を離れるときには必ず私に任せていくのです」

 青の魔法使いは、今はもう心配そうな声を隠してはいませんでした。白の魔法使いの行動は、本当に、普通では考えられないことだったのです。

 フルートは後ろに立つ小柄な少女を振り向きました。

「白さんを探して、ポポロ。建物の中にはいないのかもしれない。大変かもしれないけど、外まで見てくれ――」

 ポポロはかなり長い時間、何も言わずに遠い目をしていました。その小さな姿は、今夜も白い巡礼服を着ています。夜の薄暗がりの中、白い服を着た少女は神殿の精霊か天使のように見えます。

 やがて、ポポロは、ふうっと疲れた溜息をついて言いました。

「だめよ、見つからない……。ずうっと神殿の中も周りも探したんだけど、どこにも白さんが感じられないの。神殿にはいないんだわ」

「白さんも?」

 とメールが眉をひそめました。も、と言ったのは、先に副司祭長を探して見つからなかったことを思い出したからです。

 一同の間を、何とも言えない不安が広がっていきます。

 

 フルートが言いました。

「匂いを追って探そう。ポチ、ルル、頼む。青さん、白さんの部屋の前まで案内してください」

「かたじけない。こちらです」

 青の魔法使いが先に立って歩き出し、少年少女と犬たちはその後についていきました。前を行く武僧の大きな背中は、なんだかひどく怒っているように見えました――。

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