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第10巻「神の都の戦い」

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42.闇の心

 「人は、光と闇からできている。体も、そして、心も――」

 フルートが、いきなりそんなことを言いだしたので、ゼンとポチはびっくりしました。

 そこは、大神殿の中に準備された彼らの部屋でした。二人と一匹の少年たちだけがそこにいて、メールやポポロやルル、魔法使いたちはまた別の部屋にいます。フルートは自分のベッドの上にうつぶせになって、長いこと何かを考え続けていたのですが、出し抜けにひとりごとを言い出したのでした。

「なんだよ、いきなり?」

 とゼンが聞き返すと、フルートは答えました。

「思い出してたんだよ。北の大地で会った、占いおばばの話――」

 それは北の大地のダイトの都で会った占い師のことでした。ウサギのような耳をしたトジー族で、本当に小さな老婆でしたが、水晶玉を使って強力な占いをすることができました。その透視力は、現在のことだけではなく、何千年も昔の出来事まで見ることができたのです。

「ワン、占いおばばにはいろいろ教えてもらいましたよね。どの話を思い出してたんです?」

 とポチが尋ねると、フルートはベッドの上でほおづえを突きました。

「人の心にはいつだって光と闇が背中合わせに存在する――って話さ。どんなに心正しく見えている人だって、心の中には闇がある。正義と光の民と呼ばれていた天空の国の人たちだって、それは同じだったんだよな」

 ゼンは口を尖らせました。

「その話か。俺に言わせりゃ、そんなの当たり前のことだと思うぞ。どんなヤツだって、光の心もありゃあ、闇の心だって持ってるんだ。俺だって――おまえだってな」

「そうだね」

 とフルートは笑いました。苦笑いです。

 昔は、フルートも自分が闇の心を持っているなどとは思わなかったのです。正義のために戦うことは正しいと信じ、闇の怪物を倒すことに少しもためらいませんでした。ゼンだって同じです。

 自分たちも闇の心を持っていたんだ、と思い知らされたのは、闇の声の戦いの時でした。自分の幸せや喜びのために、友人や大事なものを裏切ってしまいそうになる身勝手な心を、デビルドラゴンに突きつけられたのです。どんなに正しいつもりでいても、一点の曇りもない完璧な心などありえないんだ、と少年たちは壮絶な戦いを通して学んできたのでした。

 

「まあ、だから、そういうのに負けねえように宗教があるんだ、って話は納得したけどよ……それがどうしたって言うんだ? だからユリスナイを信じよう、とか言いたいわけじゃねえんだろう?」

 とゼンが言ったので、フルートはまた笑いました。

「もちろん、そうじゃないさ。考えてたのは、占いおばばから聞いた、光と闇の戦いのことさ。天空の国で仲間割れが起きて戦いになって、世界中を巻き込む大戦争になったって話……」

 世界では光と闇の戦いが二度起きています。フルートが言っているのは、今から二千年前の、二度目の戦いのことでした。初代の金の石の勇者が現れた戦いです。

「ワン、その時に天空の国から地下の国へ下りていった軍勢が、闇の民になったんですよね。闇の民は、元々は天空の民だったんだ」

 とポチが言います。

 フルートはベッドに仰向けになりました。いつの間にか真剣な顔つきになっています。

「そう――。闇の民はもともとは天空の民だった。光の心を持っているはずの天空の民が、闇の一族に変わって、世界中を滅ぼそうとしたんだ。心に抱えていた闇の中にデビルドラゴンを招き入れてしまったから――」

 ゼンは首をかしげると、困ったように頭をかきました。

「何が言いたいんだよ、フルート? 俺に理解できるように、わかりやすく話せよ」

 フルートは、天井をじっと見上げていました。大神殿の遠くから、神を賛美する歌声が響いてきます。もう夜も遅い時間でしたが、まだ神へ祈りを捧げている人々がいるのでしょう。かすかな歌声は、どこかもの悲しく聞こえます。

 フルートは、ひとりごとのように言い続けました。

「天空の民だって闇の心を持っていたんだ。人間なんて、なおさらそうだ。どんなに正しいと言われたって――どれほど聖なる人たちだと言われていたって――。このミコンだって、きっと、それは同じだよな」

 ゼンとポチは目を見張りました。ゼンが鋭い口調でまた尋ねます。

「何が言いたい、フルート?」

 フルートは頭の下で両手を組みました。天井の彼方を見通すような目で言い続けます。

「いくら聖職者だと言ったって、その心がすべて正しいとは限らない。神に仕える人だって、絶対に、闇の心は持っている。嫉妬とか、恨みとか、人より偉く見せたい心とか――。そんな闇の心をデビルドラゴンが捕まえるかもしれない。そうすれば、この聖地にだって、デビルドラゴンは潜むことができるんだ。大昔、天空の国にデビルドラゴンが潜んで、天空の民同士を対立させたときみたいに」

 ゼンが椅子から立ち上がりました。ポチも飛び上がります。

「おい、フルート、それって……!」

「ワン、まさか――」

 フルートは天井を見上げたまま、うなずきました。

「招魔盤から現れたデビルドラゴンは、外から呼び込まれたものじゃないのかもしれない。あいつはこのミコンにいて――ミコンの中の誰かを魔王にしてるのかもしれないんだよ」

 

 聖なる光に包まれ守られているミコン。そこは神に一番近い都であり、闇から一番遠くにある場所のはずでした。

 デビルドラゴンや闇の怪物たちが門の前に押し寄せ、招魔盤から怪物が現れても、それが撃退されたので、都はまた安全になったと誰もが信じています。聖なる光や魔法使い、ユリスナイの守りの中にあるのだから、と――。けれども、人の心は必ず闇を抱えます。そこにデビルドラゴンが巣くってしまえば、光の都の中であっても、闇の竜は存在することができる、とフルートは言っているのでした。

 

 フルートは話し続けました。

「思い出せよ。三年前の風の犬の戦い――。魔王は他でもない天空の国に入り込んで、国中の魔力と色を奪ってしまったんだぞ。魔王だって、天空の国に入り込めるんだ。どうやったのかはよくわからないけれど、きっと、天空の民の持つ闇の心を利用したんだと思う。光の都だから、正義の場所だから、絶対に大丈夫、なんてことはないんだよ。デビルドラゴンはどこにでも存在することができる。そこに人がいて、人が闇の心を持っている限り、どこにでも――。人のいるところに聖地なんてありえないんだ」

 呆気にとられて聞いていたゼンが、腕組みをして、ふん、と笑いました。

「それを白や青の魔法使いに聞かせてみろよ。きっと仰天してぶっ倒れるぞ」

「ワン、でも、確かにそうですよね……。例えばミコンの外でデビルドラトンに取り憑かれた人がいたら、そのまま門をくぐってミコンに入り込むことができるんだ。聖地だから絶対に大丈夫、なんてことは、本当にありえないんですね」

 ん? とゼンが考え込みました。

「待てよ。でも、それじゃ、今までどうしてミコンは無事だったんだ? とっくにデビルドラゴンや魔王に襲われていていいはずじゃねえか」

「今までのミコンには、それだけの価値がなかったからだよ。デビルドラゴンはミコンを問題にもしてなかったんだ。ぼくたちがミコンに来たから、デビルドラゴンは動いたんだよ――」

 ミコンの聖職者たちが聞いたら怒りのあまり卒倒しそうなことをあっさりと言って、フルートは起き上がりました。ベッドに座り直すと、仲間たちに向かって言います。

「あの光の淵の中にあるのは間違いなく聖なる光だ、って金の石は言っている。だから、本当に闇に対抗するために、あれは湧いてきたのかもしれない。ただ、そこから聞こえてくるユリスナイの声ってのは、絶対に怪しいと思うんだ。ポポロたちが言うとおり、ユリスナイは戦争を起こせ、なんて言うような神じゃないんだから」

「ワン、だとすると、怪しいのは――」

「あの副司祭長か! あいつが魔王だったのか!?」

 ゼンが大声を出したので、フルートは、しっと口に指を当てました。光の淵で金の石が力を取り戻したので、フルートたちはまた金の石の聖なる結界の中にいます。デビルドラゴンや魔王に闇の目で内緒話を知られる心配はありませんでしたが、大声を出せば、外を通りかかった人に聞きつけられてしまいます。

「確証はないよ。確かめなくちゃ」

「ワン、どうやって?」

「副司祭長をとっちめるのか?」

 口々に尋ねる仲間たちに、フルートは頭を寄せ、ぐっと声を潜めて答えました。

「……ポポロたちを呼ぼう」

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