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第10巻「神の都の戦い」

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第11章 光と闇

41.聖なる光

 林の中は静かでした。

 一陣の風が梢を揺らしていった後は、動くものもありません。

 その中を白の魔法使いの後について歩きながら、ゼンは顔をしかめました。

「なんだよ、ここ……。生き物の気配が全然しねえぞ。何も聞こえてこないじゃねえか」

 森や林は普通、たくさんの物音であふれています。小鳥のさえずり、小動物が枝を駆け抜ける音、足下の草むらを虫が這う音……。そんな無数の命たちの音が聞こえてこないのです。林の中は恐ろしいほど静まりかえっています。

 ルルとポポロが驚いたようにあたりを見回していました。

「聖なる力があふれているわよ。ものすごく強い力だから、生き物たちが近寄れなくなっているのよ」

「天空の国にだって、これだけの場所はなかなかないのに……」

「ホントに聖なる光なのかい? 邪悪な気配とかはしてないの?」

 とメールが聞き返しました。彼らは、この場所が実は闇によって作られたのではないかと考えていたのです。

 ポポロは首を振りました。

「本当に聖なる光よ……。闇の気配とか邪悪な想いとか、そういうのは全然感じられないわ……」

 フルートは何も言わずに歩き続けていました。その胸の上にはペンダントが引き出してあります。金の石が何か反応するのでは、と考えて観察していたのですが、今のところ石に変化はありませんでした。

 

 すると、突然一行の目の前に一人の人物が立ちました。白い長衣にえんじ色の肩掛けをまとった男――副司祭長のネッセです。つい先ほどまで大司祭長の部屋にいたはずなのに、今は林の中にいて、彼らの行く手をさえぎっています。

「どちらへ行かれますかな。この奥は神に仕える者たちにしか立ち入れない、神聖な場所ですぞ」

 白の魔法使いは杖を手にしたまま副司祭長に向き合いました。疑うような目で相手を見て尋ねます。

「何故私たちがここに来るとわかったのです? あなたは大司祭長と違って、聖なる魔力はお持ちでなかったはずだが」

 とたんに副司祭長は、ぴくりと顔を引きつらせました。聖なる魔力を持っていない、という指摘が癇に障ったのです。

「ユリスナイ様が教えてくださったのです。あなた方が光の淵へやってくると。何をなさるつもりですか?」

 白の魔法使いは副司祭長を見つめ返しました。青の魔法使いも、さりげなく前に立って、後ろに少年少女たちをかばいます。やはり、この副司祭長は光の淵と非常に強くつながっているのです……。

「何もしません。ただ、勇者殿たちに光の淵をお見せしようと考えただけです」

 と白の魔法使いは答えました。たちまち副司祭長が声を高くします。

「それはなりません! 勇者と言っても、ユリスナイ様に誓約を立てた者は誰もいないではありませんか! そのような者たちがあそこへ近づくなど――」

 たちまちゼンが、むっとした顔になりました。そのような者たち、ということばに、あからさまな侮蔑の響きを感じ取ったのです。

 白の魔法使いが言い返しました。

「ポポロ様は天空の国の聖なる魔法使いです。風の犬であるルル様と共にユリスナイに非常に近い場所にいて、ユリスナイの意志に従って地上を助けてくださっています。他の皆様方も、ユリスナイに導かれて、世界をデビルドラゴンから守ってくださっている方たちばかりです。その勇者たちを近づけるな、とユリスナイはおっしゃっているのですか? 今一度、お尋ねになってみてください」

 副司祭長がにらむような顔になって、しばらく黙り込みました。やがて、それが意外そうな表情に変わり、いっそう憎々しげに彼らをにらみます。

「ユリスナイ様がお許しになりました。光の淵に来られるように、と――。ユリスナイ様のご命令です。私は喜んで下がりましょう」

 ことばとはまったく裏腹に、不承ぶしょうその場を立ち去っていきます。

 

 はん、とゼンが肩をすくめました。

「あいつがユリスナイの声ってヤツと話せるんだな。まあ、見事に信じ込んでやがるよな」

「信じ込んでるってより、取り憑かれてるって言った方が良くない?」

 とメールが遠慮もなく言います。しっ、と青の魔法使いがたしなめました。

「ここはもう光の淵のすぐ近くです。我々の声は向こうに聞こえていますぞ」

 そこで、一行は口を閉じ、後は黙ったまま林の奥へと進んでいきました。

 

 

 光の淵は、二日前に魔法使いたちが見たときと同じように、そこにありました。地面にできた裂け目の中に、青い光が水のようにたまって、周囲に輝きを投げかけています。

 その光景に、勇者の少年少女たちは思わず声を失いました。青い光は本当に清らかで美しくて、彼らが想像していたのとはまったく違っていたのです。

「すごく綺麗ね……」

 とルルがつぶやき、ポポロがそれにうなずきました。

 ポチはくんくん、とあたりの匂いをかいで、とまどったように首をかしげました。

「ワン、本当に、怪しい気配は全然しないんですね。それどころか、あたり中がすがすがしい匂いでいっぱいですよ。雨上がりの夜明けみたいな匂いだ」

「これ、水じゃないよね。なんで光がこんなに水みたいに見えてるんだろ?」

 とメールが穴の中をのぞき込みながら言いました。その顔を青い光が照らします。すると、ゼンがそれを引き戻しました。

「やめとけ。不自然なものや得体の知れねえものには、むやみと近づくな、ってのが俺たち猟師の鉄則なんだ」

 言いながら足下から赤ん坊の頭ほどの大きさもある石を拾い上げ、光の中に投げ込んでしまいます。あっという間のことで、魔法使いたちが止める間もありませんでした。

「危険です、ゼン殿! 何が起きるかわからないのに――!」

 と白の魔法使いが声を上げましたが、ゼンは穴の中を眺めながら言いました。

「波紋も何も立たねえ。まるで変化なし、か。石が光の中で消えたように見えたな」

 青い水のような光は、さざ波ひとつたてることなく輝き続けています。

 

 フルートは、そっと穴の縁に近づきました。青い光をまともに浴びないように気をつけながら、首からペンダントを外し、光の中にかざしてみます。

 すると、それまで薄暗かった金の石が、急に明るく光り出しました。また元のような輝きを取り戻します。それと同時に、フルートの目の前に淡い金の光がわき起こって人が姿を現しました。鮮やかな黄金の髪と瞳の少年です。

「こら、フルート! 無茶をするな!」

 と、いきなり叱りつけてきます。

「これがもし邪悪な光だったら、ぼくは完全に力を奪われて光を失っていたぞ。ぼくで試すな!」

 空中に浮かびながら文句を言う少年に、フルートは首をすくめて、ごめん、と謝りました。その手の中で金の石は輝きを取り戻しています。金色の少年の姿も、はっきりと見えています。

 おお、これは、と青の魔法使いが言いました。

「金の石の精霊ですな――。昨日は危うく腕を失うところを助けていただき、本当にありがとうございました」

 と空中の少年に向かって丁寧に頭を下げます。

 けれども、精霊は、ちらともそちらを見ようとはしませんでした。ただフルートだけに向かって、こう話し続けます。

「この淵の中にあるのは、非常に強力な聖なる光だ。この光の中では、この世のものは存続していることができない。さっきの石は、本当に光の中で消滅したんだ。気をつけろ。間違って中に入りでもしたら、君たちだって跡形もなく消えてしまうぞ」

 一同は思わず驚き、フルートは眉をひそめました。

「それって、願い石に光になることを願うのと同じことかい……?」

「まったく同じというわけではないけれど、近い。強すぎる光が人の存在を消滅させるという点では同じだ。――この世のものは光と闇からできている。光の部分がなくなっても、闇の部分がなくなっても、ものは存在していることができなくなるんだ。人は、ものの一部だから、その理(ことわり)からは逃れられない」

「ワン、つまり、聖なる光が強力すぎると、人も闇の怪物みたいにその中で消えちゃう、ってことですか?」

 とポチが尋ねました。

「そうだ。闇を焼き尽くされれば光だけが残るけれど、それはもう人ではないからな」

 と精霊は淡々と答えます。

 一同は思わず光の淵から半歩、一歩と後ずさりました。清らかすぎる光から身を引きます。

 

 ちっ、とゼンが舌打ちして、片手を首筋の後ろへ当てました。メールは薄気味悪そうな表情で水のような光を眺め、ポポロも不安そうな顔をしています。

 そんな仲間たちの様子に、フルートは言いました。

「引き上げるぞ。すぐにここから離れよう」

 全員は即座にうなずくと、そそくさと林を引き返し始めました。

 淵から放たれる青い光は、周囲の木立を照らしています。その幹や枝葉が妙に淡く見えることに、彼らは気がついていました。まるで、林が存在そのものを失いつつあるようです――。

 

 ところが、白の魔法使いだけはその場から動きませんでした。杖を握りしめたまま、光の淵を見つめ続けています。

「白」

 と青の魔法使いが呼びかけましたが、白の魔法使いは動きません。見透かすように、光の水をのぞき込んでいます。

「白、白――マリガ!」

 青の魔法使いに本名を呼ばれると、白の魔法使いは、やっと我に返りました。

「今行く」

 と言って、光の淵に背を向けます。青の魔法使いはちょっと首をかしげ、追いついてきた白の魔法使いに並んで話しかけました。

「あそこに何か見えましたか、マリガ?」

「いや、何も。光が強すぎて、見通すことができなかった」

 と白の魔法使いが答えます。

 青の魔法使いはぴたりと立ち止まりました。太い両腕を組んで、じっと同僚を見つめます。白い衣を着た女神官は、毅然と頭を上げて、足早に歩いていきます――。

 武僧は光の淵を振り向きました。淵は、周囲の林をかすませながら、美しい光を周囲に放ち続けていました。

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