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第10巻「神の都の戦い」

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40.出兵

 大神殿の中庭の芝生で、ゼンとメールとポポロは待ち続けていました。

 白の魔法使いたちに呼ばれて行ったフルートは、なかなか戻ってきません。あまり遅いので心配になってきますが、ここにいては何がどうなっているのか、まったく知ることができませんでした。

「ねえさぁ、様子を見に行こうよ! あたいたちも大神殿に行ってみよう!」

 とメールが言うと、ゼンは難しい顔をしました。

「無理だろう。昨夜から大神殿の様子を見てるけど、えらく警備が厳しいからな。魔法使いもあちこちにいる。呼ばれてねえのに行こうとしたら、捕まって、つまみ出されるぞ」

「あたいたちは金の石の勇者の一行だよ! フルートが呼ばれていったんだ! あたいたちだって、行っていいはずじゃないか!」

 とメールが怒って言い返します。

 ポポロの方はもう泣きやんでいましたが、しょんぼりと椅子に座り続けていました。彼女にはまだ、フルートが急に怒った理由がわかっていません。フルートがなかなか帰ってこないのも、自分が原因なのではないかと思ってしょげていたのです。

 

 すると、一度警備の任務に戻ったキースが、またやってきました。足早に近づいてきて、緊張した声で少年少女たちに言います。

「大変なことになったぞ。ミコンがサータマンへ出兵するんだ」

 サータマン? とゼンたちは目を丸くしました。彼らの知らない場所でした。

 青年は真剣な声で言い続けました。

「サータマンというのは、このミコン山脈の南側に広がる国だよ。ユリスナイとは違う神を信じていて、ミコンとはずっと敵対関係にある。昨日、カイタ神殿に招魔盤を持ち込んだのは、そのサータマン人だったんだ。大神殿の司祭長たちは、サータマンを倒すことを決めた。ぼくたち聖騎士団にも出兵命令が出たんだよ」

 少年少女たちは顔色を変えました。

「って……戦争を始めるってわけ!? ミコンが!?」

 とメールが驚けば、ゼンもどなり出します。

「馬鹿言え! ミコンの軍隊はデビルドラゴンや闇の怪物と戦って、大勢死んだり怪我したりしたんだろう!? そんなんで戦ったって勝てるわけねえのに、なんで戦争なんか始めるんだよ。訳わかんねえだろうが!」

 黒髪の美剣士は非常に難しい顔をしていました。ゼンに向かって首を振って見せます。

「それはぼくだって同感だけどさ――大神殿の上の人たちが決めたことに、ぼくたちは逆らえないんだよ。ユリスナイの意志だと言われてしまったら、それまでだ。ユリスナイの命令で、サータマンの異教徒どもを滅ぼしに行くんだ、と隊長には言われたよ」

 たちまちポポロが真っ青になりました。悲鳴のような声を上げます。

「そんなはずない! ユリスナイが、そんなことを命令するはずないわ――!」

 見開かれた緑の瞳が、また泣き出しそうになっていました。

 

 そこへ、フルートが魔法使いや犬たちと一緒に戻ってきました。誰もが険しい表情をしていましたが、フルートはポポロを見たとたん、その場に立ち止まりました。出兵の話に驚いた少女は、キースを捕まえ、必死の目で見上げて話しかけていたのです。フルートは、胸の奥にまた棘のような痛みを感じて、思わず目をそらしてしまいました。

「あ、フルート!」

 とメールたちが気がつきました。すぐに駆け寄って尋ねます。

「ミコンが戦争を始めるんだって? キースから聞いたよ。ホントなのかい!?」

「おい、ミコンってのは神様の国なんだろ!? なのに戦争を仕掛けるなんて、どういうつもりなんだよ? 戦争なんかするな、みんな仲良くしろって言うのが神様じゃねえのかよ? 矛盾してるだろうが!」

 ゼンが食ってかかっているのは、聖職者の魔法使いたちです。

 白の魔法使いは顔を引きつらせました。握りしめていた杖で、地面をどん、と突きます。

「むろんです! ユリスナイは平和と真実の神です。戦争など命じるはずはない! これは何かの間違いです! でなければ――」

「我々がはめられているか、ですな」

 と青の魔法使いが重々しく言います。

 はめられている? とゼンたちは聞き返しました。なんとなく、自分たちのリーダーを見てしまいます。こういうとき、彼らに一番わかりやすく説明してくれるのはフルートなのです。

 フルートはまだ目をそらしたままでしたが、それでも仲間たちのために話し出しました。

「確かに招魔盤をミコンに持ち込んだのはサータマン人なのかもしれない。だから、大司祭長たちは魔王がサータマンにいるものと思いこんで、出兵しようとしているんだけど――そのこと自体が、魔王の策略じゃないか、って気がするんだよ。ミコンは中央大陸の多くの国から崇められている聖地だから、そこが聖戦を始めると言えば、たくさんの国が参戦してくる。一方、グル神を信じる国々も、サータマンのまわりにはたくさんある。このまま戦争を始めたら、絶対にミコンとサータマンだけではすまなくなるんだ。大陸中の国々を巻き込んだ、大戦争になっちゃうんだよ」

「はん、それこそが魔王の狙いってわけか。いかにもだよな――そういうのにまんまとはめられちまう、人間どももよ。相変わらず馬鹿ばっかりだぜ!」

 吐き出すようにゼンが言いました。何かというと争いばかりする人間たちには、ほとほと愛想が尽きる、という口調です。

 

 白の魔法使いが杖を握りしめたまま言いました。

「なんとしても止めねばなりません。聖戦が始まってしまえば、ロムドも無事ではいられない。必ず多くの国民が死ぬことになります。陛下も、皇太子殿下も――」

 フルートたちは、はっとしました。そうです。大戦争が起きれば、どういう立場になるにしろ、ロムドも必ず戦争に巻き込まれてしまいます。町や村、畑に火がかけられ、人々は殺され、大地は血で染まるでしょう。仮面の盗賊団が働いたような暴行が、国中で繰り広げられるようになるのです。

 そこで命を落とす人々の中には、彼らがよく知っている人たちもいるかもしれません。ロムド王やオリバンやメーレーン王女たち、フルートの両親やシルの町の人々。戦場に直接向かうロムド軍には、ワルラ将軍や、フルートの幼なじみのジャックもいます……。

「ダメだよ! そんなの、絶対にさせるもんか!」

 とメールが叫びました。ゼンが歯ぎしりをします。

「ちっくしょう! なんとか止められねえのかよ!?」

 すると、話を聞いていたキースが言いました。

「ぼくは騎士団に戻って隊長に話をしてみるよ。聞いてもらえるかどうかわからないけれど、聖騎士団の出撃を考え直してくれるように頼んでみよう」

「お願いよ、キース! 本当に、ユリスナイはそんな恐ろしいことを命じたりしないの! 絶対に、戦争をしろなんて、ユリスナイは言わないのよ!」

 ポポロは必死になるあまり、またキースにすがりついていました。わかったよ、とキースがうなずき返します。そんな二人の様子をつい見てしまったフルートが、また目をそらして唇をかみます……。

 

 

 キースが足早に立ち去り、少年少女と魔法使いと犬たちだけが残ると、青の魔法使いが言いました。

「副司祭長たちが聞いたというユリスナイの声の正体を、確かめなくてはなりませんな」

 白の魔法使いはうなずきました。

「やはり、あれはどう考えても怪しい。ただの神の恵みなどではないだろう」

「ワン。あの光の淵とかいうもののことですか?」

 とポチが言って、あたりを見回しました。光の淵は中庭にあるという話でしたが、そんなものはどこにも見あたらなかったのです。

「淵は非常に強い光を放っているので、それが結界となっているのです。中に入らなければ、その存在を見ることはできません。弱い者は結界に近づくことさえできないのですが、勇者殿たちであれば大丈夫でしょう。ご案内します。私たちと一緒においで下さい」

 そう言って、白の魔法使いは先に立って歩き出しました。まっすぐ、中庭の真ん中にある林へ向かっていきます。フルートたちはその後についていきました。青の魔法使いがしんがりに立ち、周囲に鋭い目を向けます。

 大神殿の中庭にはそよ風が吹き、日の光が明るく降りそそいでいます。大神殿の中からは、神を賛美する歌声が流れてきます。今は昼の大礼拝の時間帯なのです。皆が礼拝に出席しているので、中庭に人影はありません。

 一行は林の中へ消えていきました。

 とたんに、一陣の風が空から吹き下りてきました。ミコンとは思えない、いやに冷たい風です。

 風は獣のようなうなりを立て、林の梢をざあっと鳴らして、またどこかへと吹きすぎていきました――。

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