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第10巻「神の都の戦い」

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39.ユリスナイの意志

 フルートとポチ、ルルの一人と二匹が案内されたのは、大神殿の一角にある大司祭長の部屋でした。大きな木のテーブルを挟んで、四人の人物が席に着いています。二人は白の魔法使いと青の魔法使い、その反対側に座っているのは恰幅のよい大司祭長と、赤茶色の髪の副司祭長でした。

 二人の魔法使いが立ち上がり、司祭長たちに向かってどなっていたので、フルートたちは驚いてしまいました。

「お考え直し下さい、大司祭長! それはユリスナイの意志ではありません!」

「そんなことを始めれば、ことはミコンだけではおさまらなくなりますぞ! 中央大陸全体を巻き込む事態になってしまう!」

 白の魔法使いも青の魔法使いも非常に険しい顔をしていますが、それに向き合う大司祭長の表情は穏やかでした。静かな声でこう言います。

「お告げがあったのです。役に就いている司祭長たちとも協議に協議を重ねて、この結論に至りました。これはユリスナイの意志です」

 フルートと犬たちはとまどいながら部屋に入っていきました。魔法使いたちに尋ねます。

「どうしたんですか……?」

「おお、勇者殿」

 と青の魔法使いが振り向きました。前日大怪我をして腕を失いかけた青の魔法使いですが、もうどこにもそんな痕は残っていません。いつものように大きな体で一礼してから言います。

「大変なことが起きようとしているので、勇者殿においでいただきました。まずはここへ」

 と自分と白の魔法使いの間の席を勧めます。女神官が、どさりと自分の椅子に座って言いました。

「お座りください、勇者殿。順を追ってお話しいたします」

 その目は相変わらず大司祭長をにらみつけています。

 

 フルートが椅子に座り、二匹の犬たちが足下に腰を下ろすと、大司祭長自らが口を開きました。

「ユリスナイがお遣わしくださった金の石の勇者に心から感謝申し上げます。実は、カイタ神殿に招魔盤を持ち込み、ミコンに闇の怪物やデビルドラゴンを招き入れようとした者が判明したのです」

 え、とフルートたちは驚き、思わず身を乗り出しました。

「誰だったんですか、それは!?」

「グル神からユリスナイに回心したサータマン人です。いえ、回心したと見せかけてミコンに潜り込んできた、異教徒だったわけですが」

 回心とは、別の神を信じていた者が本当の神を信じるようになることです。

「ワン、サータマンっていうのは中央大陸にある国ですよ」

 とポチがひとり理解できないでいるルルに教えました。

「ちょうど、このミコンの南側にあるんだけど、そこはグル神っていう別の神様を信じる異教徒の国なんです。ずっとミコンとは仲が悪かったんだけど……」

 大司祭長がうなずきました。話しているのが犬のポチでも、人に対するように丁寧に答えます。

「おっしゃる通りです、白い犬の勇者殿。サータマンは猿神グルを信仰する異教徒たちです。昔から我々ユリスナイの使徒とは受け入れ合うことができなくて、ずっと対立を続けておりました。ですが、ここ百八十年ほどはサータマンとも戦いは起こらず、我々もいつか彼らが真の神を理解してくれるものと信じて待ち続けておりました。現に、サータマンの国民でも、ユリスナイを信じるようになってミコンに移り住んでくる者はあるのです」

「ところが、その中に異教徒の回し者が混じっていたのです!」

 と突然副司祭長が口をはさんできました。赤茶色の髪の痩せた男です。頬骨の浮いた顔を紅潮させて、叫ぶように言います。

「恥ずべき外道(げどう)の者どもです! こともあろうに、聖地に闇の怪物を呼び込むとは! グルは猿の怪物です! 彼らは闇の怪物を神と崇めているのです! ユリスナイ様が彼らをお許しになるはずがない!」

「本当なの?」

 とルルがポチに頭を寄せてささやきました。副司祭長は興奮しすぎていて、おおっぴらに聞き返すことはできません。ポチも声を潜めて答えました。

「ワン、グル神を嫌っている人は確かに多いですけどね。でも、別にグル神が邪神だというわけじゃないですよ。ユリスナイを信じる人たちにとって許せないだけです」

「私たち天空の者からすれば、グル神もユリスナイの十二神ってのも同じよ。ユリスナイ以外の者を神様にして拝んでいるんだもの。いやぁね」

「ワン、宗教の対立ってのは、人間の世界では本当に深刻なんですよ。どちらも自分たちの信じるものだから、譲ることができないんです――」

 

 フルートは少し眉をひそめながら司祭長たちの話を聞いていました。興奮しきっている副司祭長ではなく、大司祭長の方へ聞き返します。

「証拠は見つかったんですか? サータマンの人の仕業だったという」

「人混みの中で神殿の広場に招魔盤を置いたところを目撃されていたのです。ただ、そのサータマン人はもうこの世にはおりません。招魔盤から現れた怪物に、真っ先に殺されてしまいました」

 フルートがそれを聞いて顔をしかめたので、青の魔法使いが言いました。

「自決工作員と言われているものです、勇者殿。敵地に忍び込んで工作を行い、その場で自分の命を絶つように命じられておるのです」

 大司祭長が静かに話を続けました。

「聖地にありながら、そのような敵の侵入を許してしまったことは、まことに恥ずべきことなのですが、先のデビルドラゴンや闇の怪物との戦いで、我々は多くの神官や武僧たちを失ってしまいました。聖なる守りの力が弱っているところを、異教徒たちに突かれたわけです。勇者殿たちがその場に居合わせて撃退してくださらなければ、今度こそミコンは闇に蹂躙されてしまうところでした。ユリスナイのお導きに、ただただ感謝するばかりです」

 そう言って、大司祭長は手を合わせました。隣の副司祭長もそれにならいます。彼らが感謝して拝んでいるのは、フルートではなく、部屋に祀られているユリスナイの象徴です。

 フルートは、ふとまた眉をひそめました。何かを考え込むような顔になります――。

 

「だが、それで何故、サータマンへ出兵することになるのです。報復が何故、ユリスナイの意志になるのですか?」

 と白の魔法使いが言いました。非常に鋭い声です。

 出兵!? とフルートたちはまた驚きました。ミコンはサータマンと戦争を始めようとしているのです。とても神に仕える聖地がすることとは思えません。

 すると、大司祭長は相変わらず静かな口調で答えました。

「報復のための出兵ではありません。光の淵から聞こえてくる、ユリスナイの声に従っているのです――。ユリスナイは、魔王が復活してこの世界を生きた地獄へ変えていくだろう、とおっしゃいました。魔王はサータマンにいたのです。サータマンへ聖騎士団や武僧軍団を派遣し、魔王を倒さなくてはなりません」

「確証がありません!」

 と白の魔法使いは叫び返しました。青の魔法使いも言います。

「今の状態でサータマンに攻め込んでも、サータマンは決してそれを認めませんぞ。周囲の国々に呼びかけて連合軍を作り、ミコンに対抗してきます。そうなれば、聖地ミコンに加勢する国も現れる。その中には、この機会にサータマンを攻め滅ぼして、自分の勢力を広げようともくろむ国もあるのです。――なりませんぞ、大司祭長! 戦争の口実を中央大陸の国々へ与えることになってしまう!」

 そういうことか……とフルートたちは考えました。

 ミコンに招魔盤を持ち込んだのがサータマン人だったので、大司祭長たちはサータマンに魔王がいると判断して、兵を送り込むことを決めたのです。けれども、それは中央大陸の国々を巻き込む大戦争のきっかけになってしまいます。長くロムド城に仕えて、そのあたりの事情をよく知っている魔法使いたちは、必死で出兵を思いとどまらせようとしているのでした。

 フルートはさらに考え続けました。本当にそうなんだろうか? 本当に、デビルドラゴンや魔王はサータマンにいるんだろうか……?

 

 すると、副司祭長のネッセがまた口を開きました。相変わらず神経質な口調ですが、先ほどよりはだいぶ落ち着いていました。

「光の淵より、またユリスナイ様の声が聞こえたのです。世界に平和をもたらしなさい、とユリスナイ様はまたおっしゃった。闇を世界から追い払いなさい、と――。そのための力を貸すことを、約束してくださったのです。確かにミコンの聖騎士団や武僧軍団の勢力は半減していますが、それでも彼らは強力な戦士たちです。ユリスナイ様のご加護があれば、サータマンの異教徒どもなど、たちまち討ち滅ぼします」

「戦争がそんなに思い通りにいくものか!」

 と白の魔法使いがまた声を荒げました。

「お考え直しを、大司祭長! このままでは世界中が大戦争だ! 多くの者が死に、不幸と破滅が訪れる。それこそ魔王の思うつぼです!」

 けれども、大司祭長は穏やかな態度を変えませんでした。

「これは聖戦です。ユリスナイは世界中が平和になることを望んでおられる。私たちは世界中の人々へ真の神であるユリスナイを教え、その威光と慈愛を知らせなくてはなりません。ミコンは、平和のために聖なる戦いを始めるのです――」

 白と青の魔法使いがまた激しくそれに反論し、副司祭長がそれに言い返します。副司祭長はまた興奮してきていました。ユリスナイ様のお告げなのだ! と何度も甲高く繰り返します。

 フルートとポチとルルは顔を見合わせました。大人たちの口論が激しすぎて、とても口をはさむ余地がありません。彼らは子どもです。戦争の勃発を止めるだけの力もありません。これからどうなっていくのだろう、どうすればいいのだろう、とうろたえてしまうばかりでした――。

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