風の犬のルルとポチは、怪物の群れの中で暴れ回り、怪物を跳ね飛ばしていました。探し続けているのは、怪物が現れてくる場所です。いくら怪物を倒しても、消滅させても、闇の怪物はどんどん増え続けます。どこかに必ず怪物たちの出口があるはずでした。
ルルがうなりを上げて怪物の中を飛びすぎました。とたんに十匹近い怪物が真っ二つになって倒れます。ルルの風の刃で切り裂かれたのです。
ポチは一度空に舞い上がり、一番怪物が集まっている場所へ飛び込んでいきました。風の牙で片っ端から怪物をかみ裂きます。
すると、怪物たちの足下に、何か不思議なものがちらりと見えました。六角形の金属板です。すぐにまた怪物の陰になってしまいます。
ワン! とポチはほえました。
「ルル、あれだ! きっとあそこですよ――!」
と金属板の見えたあたりを教えます。ルルが即座に飛んできて、怪物の群れをなぎ払いました。黒い血しぶきが上がり、怪物がばらばらに飛び散っていった痕に、金属板がまた現れました。一辺が五十センチ程度の六角形をしていて、表面に奇妙な放射状の模様がきざまれています。
「招魔盤(しょうまばん)だわ!」
とルルが叫びました。
「招魔盤?」
ポチには初めて聞くことばです。
「怪物を招き寄せるための、闇魔法の道具よ! どうしてこんなものが聖地に……!?」
「ワン、じゃ、怪物はあそこから現れるんですね?」
犬たちが話している間に、また本当に招魔盤から怪物が現れました。六角形の金属板の上で模様が回転しながら歪み、影を吐き出すように、闇の怪物を生み出します。
「ヒヒヒィ、金の石の勇者はドコだぁ――?」
怪物が甲高い声を上げながら人々に襲いかかっていきます。
それに飛びかかりながら、ポチとルルは叫びました。
「ワン、フルート、見つけましたよ!」
「怪物が現れるのはあそこよ――!」
フルートとゼンが、振り向きました。青の魔法使いも走り出します。二匹の犬たちが示す場所へ全速力で駆けていきます。
先にそこへ到着したのは青の魔法使いでした。杖で怪物をなぎ払うと、また金属板が現れます。たちまち魔法使いは顔色を変えました。
「なんと! 誰が招魔盤などミコンに持ち込んだのだ――!」
声を怒りに震わせながら、こぶだらけの杖を振り上げ、金属板を打ち据えようとします。
すると、結界の外から白の魔法使いが叫びました。
「気をつけろ、青! 出るぞ!」
フルートとゼンは思わず立ち止まりました。招魔盤と呼ばれる金属板から、突然真っ黒い影がわき起こってきたのです。立ちすくむ人々の目の前で煙のように立ち上り、あるものの形を作っていきます。角の生えた大蛇のような頭、長い首、広がっていく四枚の翼――
「デビルドラゴン!!」
とフルートとゼンは叫びました。招魔盤から現れようとしているのは、確かに、悪の権化の影の竜です。
青の魔法使いが杖を握り直しました。全身の気合いを込めて、招魔盤をたたき壊そうとします。
とたんに、影の竜が頭をひらめかせました。影の牙が魔法使いの武僧に襲いかかります。
「青!!」
白の魔法使いの叫び声に、大きな悲鳴が重なりました。青の魔法使いの声です。その長衣の右袖から鮮血が噴き出していました。袖の中に腕がありません。太い杖を握りしめたまま、影の竜の口の中へ消えていきます……。
フルートたちは愕然としました。招魔盤を破壊しようとした青の魔法使いは、デビルドラゴンに右腕を食われたのです。
「青! 青――!!」
白の魔法使いは真っ青になって杖を結界に向けました。光の壁の上で、何度も白い光が炸裂します。けれども、ポポロが作った結界は女神官の魔力を上回っていました。どれほど魔法を繰り返しても、どうしても中に入っていくことができません。
青の魔法使いが崩れるようにその場に膝をつきました。肩を押さえる手の下から、大量の血が噴き出し続けています。
「青! しっかりしろ、青――!!」
白の魔法使いが杖を振り続けながら叫びます。悲鳴のような声です。
すると、青の魔法使いの手の下で、ぼんやりと青い光がわき起こりました。たちまち肩からの出血が止まります。青の魔法使いが自分に魔法をかけたのです。顔を上げ、結界の向こうの白の魔法使いを見て言います。
「落ち着きなさい、白。取り乱すなど、あなたらしくもない――大丈夫ですよ」
けれども、青の魔法使いの顔は土気色で、額からは脂汗が流れ続けています。白の魔法使いに向かって笑おうとしたようでしたが、それはすぐに苦痛の表情になってしまいました。魔法で出血は止められても、傷の痛みは止められないでいるのです。抑えた手の下に、たくましい右腕はもうありません。
「大丈夫なわけねえだろ、馬鹿野郎……」
ゼンが顔を歪めてつぶやきました。青の魔法使いと同じように、力での戦いを得意とするゼンです。腕を失った魔法使いの本当の気持ちは、痛いくらいにわかってしまいます。
魔法使いの腕を呑み込んだ影の竜が、頭を上げてほえました。
オオォォ……オオォオォ……!
すさまじい声は何万という雷鳴が一度に鳴り響いたようです。
とたんに、結界の中の怪物たちも声を上げました。デビルドラゴンの咆吼に応えるように歓声を上げたのです。闇の合唱が響き渡ります。
すると、突然、結界の壁に白いひびが走りました。あたりが地震のように揺れ始めます。
花鳥の背中からポポロが叫びました。
「あたしの結界が壊れる! 闇の怪物が飛び出すわ――!!」
結界の外の人々が大きな悲鳴を上げていっせいに逃げ出します。
招魔盤からデビルドラゴンはどんどん姿を現していきます。緑の結界の中いっぱいに広がりながら、長い影の首を曲げ、足下にうずくまる青の魔法使いへ口を開けます。今度は体ごとひと呑みにしようというのです。
「青――!!」
と白の魔法使いがまた悲鳴を上げました。ひびが入っているのに、それでも彼女には結界を超えることが出来ません。
とたんにフルートが動きました。青ざめきった顔で首の鎖をつかみ、ペンダントを外します。
「おい!」
とゼンは思わず声を上げました。ペンダントの真ん中の魔石は、ただの石ころのような灰色です。金の石は眠っているのです。
けれども、フルートはペンダントを竜に向けると、はっきりとした声でいいました。
「金の石! 頼む――!」
何も起きません。
影の竜は羽ばたきながら、青の魔法使いに狙いをつけています。闇の怪物がキィキィと笑うような声を上げて、結界が崩れ落ちる瞬間を待ちかまえています。結界のひびがさらに広がっていきます――。
すると、ペンダントの真ん中で、金の光がちかりとまたたきました。
「本当に、君たちはもう」
ため息をつくような金の石の精霊の声が、ゼンの耳にも聞こえた気がしました。魔石がどんどん光を強めていきます。やがて光は大きくふくれあがり、突然破裂するようにあたりを照らし出しました。まばゆい金の光が結界中に広がります。
たちまちすさまじい騒ぎが起きました。闇の怪物たちが鳴きわめきながら消え始めたのです。光の中で溶けて崩れていきます。
空の上でもデビルドラゴンが大きく歪み始めていました。影の体が渦巻き、ちぎれて、みるみる薄くなっていきます。
と、緑に光る結界の壁が崩れ出しました。ガラスの割れるような音を立てながら、粉々になって消えていきます。結界を作っていたロープの杭が地面から抜けて弾け飛びます。
その騒ぎと轟音の中心で、六角形の招魔盤が突然真っ二つに割れました。デビルドラゴンの咆吼がまた響きます。
やがて、金の石がすぅっと光を収め、すべての騒ぎが収まったとき、影の竜や闇の怪物は姿を消していました。結界のなくなった神殿の広場で、人々だけが茫然と立ちつくしています。
突然、青の魔法使いが、おう、と声を上げました。人々が振り向くと、武僧は血に染まった自分の右袖を眺めていました。袖の先には大きな右手があって、こぶだらけの杖をまた握っています――。
青の魔法使いが感激したように言いました。
「金の石が私の右手と杖を取り戻してくれたのですな。まことに、かたじけない」
そこへ白の魔法使いが近づいてきました。まだ青ざめた顔のまま、何も言わずに青の魔法使いの右袖をまくり上げます。太い筋肉が盛り上がったたくましい腕があります。どこにも傷ひとつ残っていません。
白? とけげんそうに青の魔法使いが言いました。白の魔法使いは武僧の右腕をつかむと、黙って目を閉じたのです。紅い唇が小刻みに震えます。一瞬、人々は彼女が泣き出すのではないかと思いました。
が、次の瞬間、女神官はまた目を開けると、武僧をにらみつけてどなりました。
「うかつだぞ、青! ロムド城の四大魔法使いが何という失態だ! 金の石が治してくれなければ、国王陛下にどう申し開きをするつもりだった!」
相手を打つような鋭い声です。
「まあ、腕がなくなれば城の守りからは外されたでしょうな。私は武僧だから」
と青の魔法使いが苦笑いで答えます。
「だからうかつだというのだ! おまえが抜けて、どうやってロムドを守り続けることができる! 反省しろ!」
白の魔法使いはどなるだけどなると、くるりと背を向けて歩き出しました。
「どこへ、白?」
と武僧が尋ねると女神官はまた尖った声で答えました。
「大神殿だ。大司祭長に報告しなくてはならない」
さっさと広場の出口へ歩き出す白の魔法使いを、青の魔法使いはあわてて追いかけていきました。人々が呆気にとられて見送ります。
「ちぇ、白の魔法使いもきついぜ。あんな言い方しなくてもよ」
と思わずぼやいたゼンに、メールが肘鉄を食らわせました。
「そうじゃないんだよ。馬鹿だね、ゼンったら」
「金の石……」
人々から少し離れた場所で、フルートがそっと呼びかけていました。その手の中にはペンダントがあります。
草と花の透かし彫りに囲まれた魔石は、もう眠りから目覚めていました。灰色だった石が金色に戻っています。
ただ、その輝きが薄れていました。夕暮れの中に呑み込まれていく太陽のような、淡く頼りない光です。
もともと力を使いすぎていた金の石は、再びミコンから闇の竜と怪物を追い払って、いっそう弱ってしまったのでした――。