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第10巻「神の都の戦い」

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36.招魔盤(しょうまばん)

 風の犬のルルとポチは、怪物の群れの中で暴れ回り、怪物を跳ね飛ばしていました。探し続けているのは、怪物が現れてくる場所です。いくら怪物を倒しても、消滅させても、闇の怪物はどんどん増え続けます。どこかに必ず怪物たちの出口があるはずでした。

 ルルがうなりを上げて怪物の中を飛びすぎました。とたんに十匹近い怪物が真っ二つになって倒れます。ルルの風の刃で切り裂かれたのです。

 ポチは一度空に舞い上がり、一番怪物が集まっている場所へ飛び込んでいきました。風の牙で片っ端から怪物をかみ裂きます。

 すると、怪物たちの足下に、何か不思議なものがちらりと見えました。六角形の金属板です。すぐにまた怪物の陰になってしまいます。

 ワン! とポチはほえました。

「ルル、あれだ! きっとあそこですよ――!」

 と金属板の見えたあたりを教えます。ルルが即座に飛んできて、怪物の群れをなぎ払いました。黒い血しぶきが上がり、怪物がばらばらに飛び散っていった痕に、金属板がまた現れました。一辺が五十センチ程度の六角形をしていて、表面に奇妙な放射状の模様がきざまれています。

「招魔盤(しょうまばん)だわ!」

 とルルが叫びました。

「招魔盤?」

 ポチには初めて聞くことばです。

「怪物を招き寄せるための、闇魔法の道具よ! どうしてこんなものが聖地に……!?」

「ワン、じゃ、怪物はあそこから現れるんですね?」

 犬たちが話している間に、また本当に招魔盤から怪物が現れました。六角形の金属板の上で模様が回転しながら歪み、影を吐き出すように、闇の怪物を生み出します。

「ヒヒヒィ、金の石の勇者はドコだぁ――?」

 怪物が甲高い声を上げながら人々に襲いかかっていきます。

 それに飛びかかりながら、ポチとルルは叫びました。

「ワン、フルート、見つけましたよ!」

「怪物が現れるのはあそこよ――!」

 フルートとゼンが、振り向きました。青の魔法使いも走り出します。二匹の犬たちが示す場所へ全速力で駆けていきます。

 

 先にそこへ到着したのは青の魔法使いでした。杖で怪物をなぎ払うと、また金属板が現れます。たちまち魔法使いは顔色を変えました。

「なんと! 誰が招魔盤などミコンに持ち込んだのだ――!」

 声を怒りに震わせながら、こぶだらけの杖を振り上げ、金属板を打ち据えようとします。

 すると、結界の外から白の魔法使いが叫びました。

「気をつけろ、青! 出るぞ!」

 フルートとゼンは思わず立ち止まりました。招魔盤と呼ばれる金属板から、突然真っ黒い影がわき起こってきたのです。立ちすくむ人々の目の前で煙のように立ち上り、あるものの形を作っていきます。角の生えた大蛇のような頭、長い首、広がっていく四枚の翼――

「デビルドラゴン!!」

 とフルートとゼンは叫びました。招魔盤から現れようとしているのは、確かに、悪の権化の影の竜です。

 青の魔法使いが杖を握り直しました。全身の気合いを込めて、招魔盤をたたき壊そうとします。

 とたんに、影の竜が頭をひらめかせました。影の牙が魔法使いの武僧に襲いかかります。

「青!!」

 白の魔法使いの叫び声に、大きな悲鳴が重なりました。青の魔法使いの声です。その長衣の右袖から鮮血が噴き出していました。袖の中に腕がありません。太い杖を握りしめたまま、影の竜の口の中へ消えていきます……。

 フルートたちは愕然としました。招魔盤を破壊しようとした青の魔法使いは、デビルドラゴンに右腕を食われたのです。

「青! 青――!!」

 白の魔法使いは真っ青になって杖を結界に向けました。光の壁の上で、何度も白い光が炸裂します。けれども、ポポロが作った結界は女神官の魔力を上回っていました。どれほど魔法を繰り返しても、どうしても中に入っていくことができません。

 青の魔法使いが崩れるようにその場に膝をつきました。肩を押さえる手の下から、大量の血が噴き出し続けています。

「青! しっかりしろ、青――!!」

 白の魔法使いが杖を振り続けながら叫びます。悲鳴のような声です。

 すると、青の魔法使いの手の下で、ぼんやりと青い光がわき起こりました。たちまち肩からの出血が止まります。青の魔法使いが自分に魔法をかけたのです。顔を上げ、結界の向こうの白の魔法使いを見て言います。

「落ち着きなさい、白。取り乱すなど、あなたらしくもない――大丈夫ですよ」

 けれども、青の魔法使いの顔は土気色で、額からは脂汗が流れ続けています。白の魔法使いに向かって笑おうとしたようでしたが、それはすぐに苦痛の表情になってしまいました。魔法で出血は止められても、傷の痛みは止められないでいるのです。抑えた手の下に、たくましい右腕はもうありません。

「大丈夫なわけねえだろ、馬鹿野郎……」

 ゼンが顔を歪めてつぶやきました。青の魔法使いと同じように、力での戦いを得意とするゼンです。腕を失った魔法使いの本当の気持ちは、痛いくらいにわかってしまいます。

 

 魔法使いの腕を呑み込んだ影の竜が、頭を上げてほえました。

 オオォォ……オオォオォ……!

 すさまじい声は何万という雷鳴が一度に鳴り響いたようです。

 とたんに、結界の中の怪物たちも声を上げました。デビルドラゴンの咆吼に応えるように歓声を上げたのです。闇の合唱が響き渡ります。

 すると、突然、結界の壁に白いひびが走りました。あたりが地震のように揺れ始めます。

 花鳥の背中からポポロが叫びました。

「あたしの結界が壊れる! 闇の怪物が飛び出すわ――!!」

 結界の外の人々が大きな悲鳴を上げていっせいに逃げ出します。

 招魔盤からデビルドラゴンはどんどん姿を現していきます。緑の結界の中いっぱいに広がりながら、長い影の首を曲げ、足下にうずくまる青の魔法使いへ口を開けます。今度は体ごとひと呑みにしようというのです。

「青――!!」

 と白の魔法使いがまた悲鳴を上げました。ひびが入っているのに、それでも彼女には結界を超えることが出来ません。

 

 とたんにフルートが動きました。青ざめきった顔で首の鎖をつかみ、ペンダントを外します。

「おい!」

 とゼンは思わず声を上げました。ペンダントの真ん中の魔石は、ただの石ころのような灰色です。金の石は眠っているのです。

 けれども、フルートはペンダントを竜に向けると、はっきりとした声でいいました。

「金の石! 頼む――!」

 何も起きません。

 影の竜は羽ばたきながら、青の魔法使いに狙いをつけています。闇の怪物がキィキィと笑うような声を上げて、結界が崩れ落ちる瞬間を待ちかまえています。結界のひびがさらに広がっていきます――。

 

 すると、ペンダントの真ん中で、金の光がちかりとまたたきました。

「本当に、君たちはもう」

 ため息をつくような金の石の精霊の声が、ゼンの耳にも聞こえた気がしました。魔石がどんどん光を強めていきます。やがて光は大きくふくれあがり、突然破裂するようにあたりを照らし出しました。まばゆい金の光が結界中に広がります。

 たちまちすさまじい騒ぎが起きました。闇の怪物たちが鳴きわめきながら消え始めたのです。光の中で溶けて崩れていきます。

 空の上でもデビルドラゴンが大きく歪み始めていました。影の体が渦巻き、ちぎれて、みるみる薄くなっていきます。

 と、緑に光る結界の壁が崩れ出しました。ガラスの割れるような音を立てながら、粉々になって消えていきます。結界を作っていたロープの杭が地面から抜けて弾け飛びます。

 その騒ぎと轟音の中心で、六角形の招魔盤が突然真っ二つに割れました。デビルドラゴンの咆吼がまた響きます。

 やがて、金の石がすぅっと光を収め、すべての騒ぎが収まったとき、影の竜や闇の怪物は姿を消していました。結界のなくなった神殿の広場で、人々だけが茫然と立ちつくしています。

 

 

 突然、青の魔法使いが、おう、と声を上げました。人々が振り向くと、武僧は血に染まった自分の右袖を眺めていました。袖の先には大きな右手があって、こぶだらけの杖をまた握っています――。

 青の魔法使いが感激したように言いました。

「金の石が私の右手と杖を取り戻してくれたのですな。まことに、かたじけない」

 そこへ白の魔法使いが近づいてきました。まだ青ざめた顔のまま、何も言わずに青の魔法使いの右袖をまくり上げます。太い筋肉が盛り上がったたくましい腕があります。どこにも傷ひとつ残っていません。

 白? とけげんそうに青の魔法使いが言いました。白の魔法使いは武僧の右腕をつかむと、黙って目を閉じたのです。紅い唇が小刻みに震えます。一瞬、人々は彼女が泣き出すのではないかと思いました。

 が、次の瞬間、女神官はまた目を開けると、武僧をにらみつけてどなりました。

「うかつだぞ、青! ロムド城の四大魔法使いが何という失態だ! 金の石が治してくれなければ、国王陛下にどう申し開きをするつもりだった!」

 相手を打つような鋭い声です。

「まあ、腕がなくなれば城の守りからは外されたでしょうな。私は武僧だから」

 と青の魔法使いが苦笑いで答えます。

「だからうかつだというのだ! おまえが抜けて、どうやってロムドを守り続けることができる! 反省しろ!」

 白の魔法使いはどなるだけどなると、くるりと背を向けて歩き出しました。

「どこへ、白?」

 と武僧が尋ねると女神官はまた尖った声で答えました。

「大神殿だ。大司祭長に報告しなくてはならない」

 さっさと広場の出口へ歩き出す白の魔法使いを、青の魔法使いはあわてて追いかけていきました。人々が呆気にとられて見送ります。

「ちぇ、白の魔法使いもきついぜ。あんな言い方しなくてもよ」

 と思わずぼやいたゼンに、メールが肘鉄を食らわせました。

「そうじゃないんだよ。馬鹿だね、ゼンったら」

 

 

「金の石……」

 人々から少し離れた場所で、フルートがそっと呼びかけていました。その手の中にはペンダントがあります。

 草と花の透かし彫りに囲まれた魔石は、もう眠りから目覚めていました。灰色だった石が金色に戻っています。

 ただ、その輝きが薄れていました。夕暮れの中に呑み込まれていく太陽のような、淡く頼りない光です。

 もともと力を使いすぎていた金の石は、再びミコンから闇の竜と怪物を追い払って、いっそう弱ってしまったのでした――。

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