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第10巻「神の都の戦い」

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35.結界

 少年や武僧たちが戦う広場の真ん中へ、少女たちは飛んできました。広場は闇の怪物でいっぱいです。花鳥がメールの命令で急降下して、怪物たちをくちばしでつつき始めます。

 その隙にルルが舞い下りて、フルートの隣へポポロを下ろしました。そのまままた飛び上がり、上空にいたポチと合流します。風の犬のポチは空から怪物に攻撃を繰り返していました。

「やっぱり、どこかから怪物が送り込まれてるわね。どんどん数が増えてるわ」

 とルルが話しかけると、ポチがうなずきました。

「ワン、地上のどこかに出口があるみたいなんだけど、怪物が多すぎて見つけられないんです」

「そこをふさがなくちゃ、きりがないってわけね。見つけましょう」

 二匹の風の犬は、ひときわ怪物の数が多い場所めがけて急降下していきました。風の刃や牙で怪物たちを蹴散らしていきます。

 フルートは自分の後ろにポポロをかばいながら言いました。

「このままじゃ怪物が広場から出て行ってしまう。そうしたら町中の人たちが襲われるよ。ポポロ、ここを結界で囲んでくれ」

 えっ、とポポロは驚きましたが、すぐにうなずきました。広場では、武僧たちもゼンも青の魔法使いも、息つく間もないほど激しく戦っています。結界は青の魔法使いにも張ることができますが、それをしている暇がなかったのです。

 戦い続けるフルートの後ろで、ポポロは細い両手を差し上げました。高く澄んだ声で呪文を唱えます。

「ロメコジートォノモノミヤーヨワ!」

 淡い緑の星が、きらめきながらあたりに散ります。

 

 すると、不思議なことが起き始めました。

 勝ち抜き戦の試合場を区切っていたロープが、杭ごと地面から抜けて宙に浮いたのです。途中に何十本もの杭を縛り付けたまま、ふわふわと飛んできて、また地上に落ちてきます。

 と、その杭が驚くほどの勢いで地面にまた突き刺さりました。激しい音を立てながらめり込んでいって、闇の怪物や、怪物と戦う人々の周りにロープを張っていきます。今度は円陣のような、丸い区画です。広場の三分の一ほどを囲んでしまいます。

 ロープの端と端がつながって円陣が完成したとたん、そこから緑の光の壁が延びました。ドームのように、円陣をすっぽりと包み込んでしまいます。ポポロがロープを利用して結界を張ったのです。

 淡い緑に輝く壁へ、ポポロはまた手を伸ばしました。今日二度目の魔法を唱えます。

「ヨーセクゾイーケ!」

 継続の呪文でした。ポポロの魔法は強力ですが、ほんの二、三分しか続かないという弱点があります。それを継続の呪文で一日中続くようにしたのです。

「お――、ちょ、ちょっと待て、ポポロ!」

 ゼンが怪物を殴り飛ばしながら焦った声を出しました。

「おまえ、結界を継続させたのか? これ――俺たちは外に出られるのかよ!?」

 ポポロは目を見張りました。みるみるその顔色が変わります。ポポロは闇のものだけを結界に閉じこめる呪文を唱えました。でも、強力すぎる彼女の魔法は、いつだって、関係のない周りの人たちまで巻き込んでしまうのです。

 キキィ! うわっ! と二つの声が突然上がって、地面に怪物と武僧が倒れました。結界の光る壁のすぐそばです。怪物の一匹がロープを超えて外に出ようとしたので、武僧がその後を追い、本物の壁に突き当たったように結界に弾き飛ばされてしまったのです。ゼンが心配したとおり、結界は怪物以外の者まで一緒に閉じこめてしまったのでした。

「ど、どうしよう……」

 ポポロが見張った目から涙をこぼし始めました。彼女の今日の魔法はもう使い切ってしまいました。結界を消す力はなかったのです。

 すると、フルートが言いました。

「結界を張れって言ったのは、ぼくだ。これでいいんだよ、ポポロ。怪物を外に出さないのが何より大事なんだ」

 そこへ空から花鳥が舞い下りてきました。

「ポポロ、こっちにおいで! そこにいたらフルートが戦いにくいよ!」

 とメールが泣いているポポロを花鳥の上に引っ張り上げます。

 

 皆は怪物相手に戦い続けました。火をつけられた怪物が至るところで燃え上がっています。結界の中は戦いと火と煙でいっぱいです。

 増え続ける怪物が、口々にこんなことを言っていました。

「キ、キィ。金の石の勇者はドコだ? ドイツが願い石を持ってイル?」

「食わセろ、食わセろ」

「願い石をヨコセ!」

 フルートは唇をかみ、顔を歪めました。いっそう激しく剣をふるいます。

 すると、その背中にふいに誰かがぶつかってきました。そのままフルートと背中合わせに立って言います。

「金の石を使わねえんだな、フルート。さては、あいつ、寝てるな?」

 ゼンでした。この状況ならとっくに金の石を使うはずのフルートが、それをしようとしないので、金の石が眠りについているのだろうと判断したのです。

 フルートはうなずきました。

「金の石は力を使いすぎたんだ……。消えそうになってた。だから、しばらく休めって言ったんだよ」

 言いながら、目の前の怪物の首を力任せにはね飛ばします。

「渋っただろう、あいつ。全然素直じゃねえからな――」

 とゼンがちょっと笑いました。いつも弱みを見せようとしない、ポーカーフェイスの精霊を思い出したのです。

 フルートもちょっと笑って、すぐにまた厳しい目を前に向けました。

「どこかに怪物が現れる場所がある。そこを見つけよう」

「おう」

 二人の少年は背中合わせのまま、また激しく戦い始めました。

 

 すると、突然結界の外で大きな悲鳴が上がりました。

 戦う者たちが、はっとそちらを見ると、闇の怪物が結界の外にいて、人々に襲いかかろうとしていました。一度避難しかけた人たちですが、結界が張られたのを見て、戦いを見守るために戻ってきていたのです。そこへ、地中から突然怪物たちが現れたので、人々はまた大混乱に陥っていました。

 その中にはトートンとピーナの小さな姿もありました。立ちすくんでしまって動けない二人へ、真っ黒なカエルのような怪物がのそりと近づいてきます。

「グェグェ、コレハ柔らかくてうまそうな餌ダ。生気をたっぷりいただいテ――」

 と闇の触手をするすると伸ばし始めますが、すぐに、まるで痛みを感じたようにそれを止め、また引っ込めてしまいました。

「グェ、ココハ光が強すぎるナ。直接いただくとシヨウ」

 本当のカエルのように、子どもたちめがけて跳躍してきます。

 すると、その前に黒髪の青年が飛び出してきました。剣で怪物を頭から真っ二つにします。

「キース!」

 と子どもたちは歓声を上げました。聖騎士団の青年は私服姿でしたが、腰に剣だけは下げていたのです。

 子どもたちを後ろにかばいながら、キースは言いました。

「逃げろ、早く! 怪物は地面から結界を抜けてきているんだ。もっと出てくる。早くここを離れるんだ!」

 そんな様子を結界越しに見て、花鳥の上からメールが叫びました。

「あんたも早く逃げなよ、キース! 闇の怪物は切ってもすぐに復活してくるよ!」

 すると、黒髪の青年が急に笑いました。端麗な笑顔が広がります。

「それがそうでもなくてね――ぼくが倒すと、闇の怪物は生き返ってこないのさ」

 黒いカエルのような怪物は、真っ二つになったまま転がっていました。いくら時間が過ぎても、本当に復活してくる気配がありません。

「聖なる剣かい!?」

「いいや。ぼくの特殊能力だよ――」

 青年はまたにこりと笑い、襲いかかってきた怪物へ切りつけました。剣が舞うようにひらめき、怪物が血と悲鳴を上げて倒れます。切り倒された怪物は、確かにもう立ち上がってくることがありません。

 

 けれども、怪物は地面の中から結界の外へ次々と姿を現していました。ポポロの結界は地中までは閉じていなかったのです。悲鳴を上げて逃げまどう人々を、怪物たちが追いかけていきます。

 フルートたちは思わず真っ青になりました。彼らは結界の外に出て行けません。キースも、子どもたちを守りながら戦うのが精一杯で、他を助けに行く余裕がありません。怪物が人々に追いつき、引き倒し、食らいつこうとします――。

 

 すると、そんな怪物たちが、突然音を立てながら次々と破裂しました。真っ黒な体が霧のように崩れて消えていきます。キースと戦っていた怪物も、大きな音を立てて破裂してしまいました。

 驚いている人々の真ん中に、いきなり一人の女性が姿を現しました。金髪をきっちりと結い上げ、白い長衣を身にまとい、首から神の象徴を下げています。

 女性は、地中からまた出てきた怪物を見据えると、杖を掲げて声高く唱えました。

「光の神の名の下に命じる。闇の生き物たちよ、消滅せよ!」

 とたんに、ぱぁん、と音を立てて、また闇の怪物が吹き飛びました。

 結界の中で戦っていた青の魔法使いが、それを振り向いて、にやりと笑いました。

「遅いですぞ、白」

「式典は聖なる結界の中だ。外の様子がわからなかった。おまえこそ、もっと早く私を呼ばないか」

 白の魔法使いと呼ばれる女神官は、そう言って青の魔法使いをにらみつけました――。

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