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第10巻「神の都の戦い」

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第9章 魔の出口

34.怪物

 早く逃げなさい、闇の怪物よ! とルルが上空から叫びました。ルルは今、巨大な風の犬に変身しています。空に突如渦巻く幻のような怪物が現れて人のことばをしゃべったので、広場に詰めかけていた人々がまた大混乱になります。至るところで人々がぶつかり合い、押し合いになって倒れます。

 その混乱の中心に、人のいない場所が広がっていました。皆がそこから逃げ出しているのです。踏み固められた地面の上に黒い影のようなものがわき上がり、ぎょろりと濁った目を見開き、鋭い爪と牙を光らせながら立ち上がります。それは本当に闇の怪物でした。何匹も姿を現してきます。

 すると、怪物が周囲を見回して笑いました。

「キ、キ……こりゃぁ、ご馳走がいっぱいダ。食い応えがアルな」

 その声は人々の耳にも届き、また大きな悲鳴があがりました。皆、行く手の人を押しのけ、押し倒し、必死で逃げようとします。

 フルートたちは、ロープで区切られていた試合場の中へあわてて避難しました。キースは腕にトートンとピーナを抱えています。

 

「やべえぞ、こりゃ」

 とゼンが言いました。格闘試合に集まっていた見物客は、雪崩を打つように広場の出口へ殺到しています。その先は祭りを楽しむ人でごった返す坂道です。逃げ出した人々がそこへ流れ込めば、さらに大きな混乱が起きて、人々が将棋倒しになりそうでした。怪我人や死者が出かねません。試合をしていた武僧たちは、何が起きているのかまだよくわかっていません。広場の中の怪物が人垣でよく見えないこともあって、空にいるルルの方に驚いてしまっています。

 フルートは武器を探してあたりを見回し、剣を持った警備僧を見つけて駆け出しました。フルートたちは祭りに来ていたので、武器も防具もまったく身につけていなかったのです。

「すみません、お借りします!」

 と警備僧から剣をひったくり、一緒に走ってきた子犬に叫びます。

「ポチ!」

「ワン!」

 子犬は一瞬で風の犬になり、フルートを背に乗せて、ごうっと空へ舞い上がりました。それを目にした武僧たちが、また驚愕します。

 フルートは逃げる人々の行く手へ飛んでいくと、声を張り上げました。

「皆さん、落ち着いて! 走らずに避難して! 大丈夫。怪物はぼくたちが倒します!」

 人々は仰天して立ち止まりました。そう言っている少年こそ、怪物に乗って空にいるのです。

 すると、トートンとピーナの二人が突然叫び出しました。

「金の石の勇者だよ! そのお兄さんは金の石の勇者なんだ! 闇の怪物なんか、やっつけちゃうよ――!!」

 えっ、と人々はまた驚いて空の少年を見上げました。剣を手にした少年は、まるで少女のように優しい顔立ちをしていて、とても勇者とは思えません。

 すると、青の魔法使いも広場中に響き渡る声で言いました。

「その通り! 我らは金の石の勇者の一行! 闇の敵からミコンを守るためにやってきた! 後は我々に任されい!」

 それが格闘試合で対戦相手を片端から投げ飛ばしていた武僧だということに、人々は気がつきました。思わず本当に声を呑み、魔法使いを見つめてしまいます。

 魔法使いが空中からこぶだらけの杖を取り出しました。上半身裸だった体が、一瞬でいつもの青い長衣をまといます。

 

 その隣からゼンが駆け出しました。

「怪物が来るぞ! 気をつけろ!」

 と、どなりながら、自分は逆に怪物へ走っていきます。行く手で人々が逃げ去り、広場の真ん中の怪物たちがよく見えるようになっています。

 怪物が、近づいてくるゼンを見て笑いました。

「うひょう、ゴチソウだ、ゴチソウがこっちへやってくる! あいつはオレ様がいただきだ!」

 ところが、腕を広げてゼンに襲いかかろうとすると、いきなりその体が大きく吹き飛びました。後ろにいた仲間の怪物にぶつかり、一緒になって地面にたたきつけられます。ゼンに殴り飛ばされたのです。

「誰がご馳走だと!? 寝ぼけんな! てめえらの方こそ、細かく切り刻んで闇のシチューにしてやらぁ!」

 言いながら、また襲ってきた別の怪物を殴りつけます。真っ黒な怪物が何メートルも吹き飛ばされ、神殿の柱にたたきつけられて、つぶれます。すさまじい怪力です。

 すると、青の魔法使いが武僧長に言いました。

「火をかけてください! このままではまた怪物が復活してきますぞ!」

 と、こぶだらけの杖を、ゼンが殴り倒した怪物に向けます。とたんに、怪物が炎に包まれて燃え出します。

 武僧長は我に返って武僧たちに命じました。

「松明(たいまつ)と油だ! 急げ!」

 たちまち武僧たちが神殿へ駆け出します。

 

 その様子に人々はまた空中へ目を向けました。怪物の背で剣をかざす金髪の少年を見上げます。期待と不安と疑いが激しく入り混じった視線です。

 フルートはまた声を張り上げました。

「皆さん、落ち着いて避難してください! 隣同士で助け合って、弱い人を守りながら――! ユリスナイを信じながら、この場を離れてください!」

 ポチがフルートを乗せたまま、ごうっと怪物のいる方へ飛んでいきました。白いポチの体が風になびき、フルートの後ろで大きな翼がひるがえったように見えます。人々が畏敬の目でそれを見送ります。

 ゼンの隣にフルートが飛び下りると、ゼンがあきれ顔で言いました。

「ったく。やっぱりおまえの正体って天使なんじゃねえのか? なんだよ、今の台詞。様になりすぎだろうが」

「ここはミコンだもの。ああ言うのが一番効果あると思ったのさ」

 答えながらフルートは飛び出しました。襲いかかってきた怪物に切りつけます。

「キ、キィ――死ヌものカ。ここのどこカニ金の石の勇者がイル。オレはそれを食うんダ――」

 心臓に届く深手を負っても、怪物は生きていました。黒い爪の生えた手を伸ばしてつかみかかってきます。

 フルートは顔をしかめると、剣を構え直して、今度は怪物を横なぎにしました。鋭い刃が首を切り払い、怪物の頭が遠くへ飛んでいきます。

 とたんに首から血が噴き出し、フルートの上に雨のように降りかかってきました。たちまち衣類に赤黒いしみが散ります。

 顔にまで血しぶきを浴びながら、フルートはまた剣を構えました。新しく現れた怪物を見据えて、つぶやくようにこう言います。

「天使なんかのわけないじゃないか……。ぼくは、こんなに血まみれなんだから」

 その声は、敵にも仲間にも、誰の耳にも届きませんでした――。

 

 

 キースは、フルートやゼン、青の魔法使いの戦いぶりを呆気にとられて眺めていました。剣や拳がうなり、杖が振りかざされるたびに、闇の怪物が倒れ、燃え上がっていきます。

 そこへようやく武僧たちが神殿から戻ってきました。フルートとゼンが怪物を倒すと、駆け寄って油をかけて火をつけます。武器や素手で怪物と直接戦い始めた武僧もいます。

「では、私も直接参戦しますかな」

 と青の魔法使いが言って、杖をさっと横に振りました。とたんに、見えない大きな手に払いのけられたように、かたまっていた怪物たちが吹き飛ばされます。

「すごいね……確かに金の石の勇者の一行だ」

 とキースはつぶやくと、目を輝かせて見ているピーナとトートンに言いました。

「さあ、ぼくたちも避難するぞ」

「えぇっ!?」

「オレたち、勇者様が戦うところを見ていたいよ!」

 子どもたちが不満の声を上げます。

「馬鹿を言うな。あいつらは闇の怪物だぞ。しかもどんどん数が増えている。ここにいたら危険なんだよ。――さあ、君たちも」

 とキースが振り向いたのは、二人の少女たちでした。メールとポポロに向かって手を差し伸べます。

「君たちの仲間が戦ってくれているんだ。今のうちに早く」

 とたんに、少女たちは面食らった表情になりました。メールがとまどいながら言います。

「えぇと……もしかして、あたいたちにも逃げろ、って言ってくれてんのかな……?」

「当然じゃないか。君たちは女の子だ。危険だよ、早く離れないと」

 メールとポポロは顔を見合わせました。どう説明しようか、とお互いに目で言い合います。

 

 すると、怪物を相手に激しく戦っていた少年たちが、ふいに大声を上げました。

「ポポロ! ポポロ!!」

「おい、メール!!」

 二人の少女たちは鋭く振り向きました。

「はい、フルート!」

「なにさ、ゼン――!?」

「怪物がどこかから送り込まれてるんだ! いくら倒してもきりがない!」

「俺たちだけじゃ手が足りねえ! こっち来て手伝え!」

「なんだって? 無茶だ!」

 とキースは驚きましたが、少女たちは即座に空へ叫びました。

「ルル――!」

「おいで、花鳥!」

 とたんに空から風の犬が舞い下り、ざーっと雨が降るような音を立てて花の群れが飛んできました。ここは常春の町ミコンです。町中で花が咲いていたのです。花が寄り集まって、大きな鳥の姿に変わります。

 ポポロは風の犬のルルに、メールは花鳥に飛び乗り、空に舞い上がりました。戦いの続く広場の真ん中へ、まっしぐらに飛んでいきます。

「おい……冗談だろう……」

 キースは、ぽかんとそれを見送ってしまいました。

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