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第10巻「神の都の戦い」

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33.勝ち抜き試合

 「ほら、あれ! やってるよ!」

 トートンが一同の先頭に立って行く手の広場を指さしました。

 トートンとピーナ、キースとフルートたちはまだミコンの祭りを見て回っています。ひとしきり食べるだけ食べてお腹もふくれてきたので、大きな催し事をやっているという場所へやってきたのでした。

 少し青みがかった石の神殿の前には広場があって、人垣ができています。その向こうで何かやっているのです。時々人の声が聞こえ、人垣からどよめくような声が上がります。

「早く早く!」

 小柄なトートンとピーナは、見物客の間をすり抜けるようにしながら、たちまち前へ出て行きます。犬たちも人々の足下を駆け抜けていきます。さすがにフルートたちはそういうわけにはいかなくて、すみません、失礼します、と声をかけながら、その後を追って人垣の前へ出て行きました。

 そこでは武道試合が行われていました。たくましい体つきの男たちが二人一組で向かい合い、互いにつかみかかり、相手を地面に引き倒して戦っています。区画に切った広場の中で、五組が同時進行です。

「ここは武神カイタの神殿だよ。武僧たちが勝ち抜き戦をやって、武神に奉納しているのさ。見応えがあるからね。ミコンの祭りでも人気のある催しなんだ。申し込めば、一般客も参加することができるんだよ」

 とキースが説明してくれます。

 ところが、フルートたちはその話を半分も聞いていませんでした。戦い合う武僧たちの中に、桁違いに強い男がいたからです。武僧たちは皆大柄でたくましい体をしていますが、その中でもひときわ目を惹く大男です。他の者たちは白い上下の武僧服を着ているのに、この男は上半身裸で、しかも、下半身には青いズボンをはいています――。

「青の魔法使い!!」

 とフルートたちは思わず声を上げてしまいました。白の魔法使いと一緒に大神殿に行っているはずの人物が、カイタ神殿の広場で勝ち抜き戦に参加していたのです。

 とたんに、青の魔法使いが相手の武僧を捕まえました。投げ飛ばして地面にたたきつけると、相手はすぐに手を挙げて、まいった! と降参します。

 青の魔法使いは戦っても息ひとつ乱していませんでした。呆気にとられて眺めている少年少女を振り向くと、にこにこしながらやってきます。

「おお、これは勇者殿たち。カイタ神殿へようこそ。祭りは楽しんでおられますかな?」

「青さん、あんた……式典はどうしたのさ? 今頃大神殿でやってるはずだろ?」

 とメールが尋ねると、青の魔法使いは、はっはっと声を上げて笑いました。

「あんなものは白一人が出れば充分です。私はなんとしてもカイタ神殿に挨拶に来たかったものですからな」

 要するに、式典を白の魔法使い一人に押しつけて、さっさと逃げ出してきてしまったのです。

 

 すると、そこへ年配の武僧が近づいてきました。フルートたちに手を合わせて一礼してから、青の魔法使いに話しかけます。

「そなたの試合を見るのは久しぶりだが、相変わらず見事な戦いぶりだな、フーガン。ここまで連戦連勝、しかもすべて試合開始から一分以内で決めている。神殿を離れて他国へ行ったというのに、腕前はまだ少しも衰えていないようだな」

「せっかくのお誉めのことばですが、武僧長」

 と青の魔法使いが答えました。

「私は現在ロムド城の警備についております。実戦という面では、このミコンに劣らず気の抜けない職場でしてな。なまっている暇などまったくありません」

「そういう言い方も十何年前と少しも変わらんな。相変わらず、自信満々な奴だ。念願の百人抜きはやりとげたのか?」

 とたんに、青の魔法使いは片方の口元を歪めました。皮肉な笑い顔になって言います。

「百人抜きはあきらめました。百人目にどうしても勝てませんでしたので」

 武僧長は肩をすくめると、そのまま離れていきました。試合を続けている他の武僧たちの方へ行きます。

 すると、トートンが急にゼンの服の袖を引きました。

「お兄さんも出なよ。この勝ち抜き試合は、力に自信がある人なら誰だって参加できるんだ。ドワーフのお兄さんなら、絶対優勝だよ」

「馬鹿言え」

 とゼンは即座に答えました。どれほど腕自慢でも、ここにいるのは人間です。とても自分と戦えるような相手ではないと、ゼンには一目でわかっていたのです。

 青の魔法使いも苦笑いしながら言いました。

「私からも、ご遠慮願いますぞ。ただでさえ闇との戦いで数が減ってしまった武僧軍団だ。ゼン殿に出られては、まともに戦える武僧が一人もいなくなってしまう」

 冗談でもなさそうなその口調に、トートンとピーナ、そしてキースが目を丸くします。

 

 そこへメールが口をはさんできました。

「ねえ、青さん、さっきの百人抜きってのは何なのさ?」

「ああ、非公式の勝ち抜き戦のことです。ここで行われている試合は神事なので、魔法や武器はいっさい使わず、自分の肉体だけで戦う決まりなのですが、そちらの方は魔法でも武器でもなんでもありの、無差別勝ち抜き試合なのです。私はそれで百連勝を目ざしたんですが、九十九人までしか勝ち抜くことができませんでした。それ以来、もう百人抜きはあきらめたのですよ」

 へぇ、と彼らは驚きました。強力な魔法使いでもある武僧を負かしたのですから、相手はただならない強さの人物だったと言えます。

「その百人目って誰だったんだ?」

 とゼンが尋ねると、青の魔法使いは急に表情を変えました。にっこりと大きく笑って見せます。

「皆様方はもう百人目に会っています――。今はあの大神殿の中ですな」

 え!? とフルートたちは驚き、あわてて大神殿を振り仰ぎました。

 白い家々と神殿が建ち並ぶ丘の上、頂上にはユリスナイの大神殿がそびえ、喧噪の中にも厳かな音楽が響いてきます。ミコンを救ってくれたユリスナイに感謝を捧げる式典の真っ最中なのです。青の魔法使いに逃げられた白の魔法使いが、一人きりで式に参列しているはずでした――。

 呆気にとられる少年少女たちに、青の魔法使いが言いました。

「私は白には一度も勝てたことがありません。十三年前、ミコンからロムド城に引き抜かれたときから、本当にただの一度だって勝てた試しがないのです」

 そう言う武僧の声は、静かすぎるくらい静かに聞こえました。

 

 

 その時です。

 勝ち抜き試合を眺める人垣の中で、突然大きな悲鳴が上がりました。

 見物客が蜘蛛の子を散らすように外へ動き出し、周りの人々を押し倒して大騒ぎが起こります。

「なんだ……!?」

 そちらを見たフルートたちには、飛びのき、駆け出し、他人とぶつかって押し合いへし合いしながら倒れていく人々の姿しか見えません。勝ち抜き試合をしていた武僧たちも、驚いて戦う手を止めています。

 すると、一行の足下でルルがぶるっと身震いしました。

「いけない!」

 それまで、もの言う犬とばれないようにずっと黙っていたのに、突然少女の声でそう叫ぶと、風の犬に変身して舞い上がります。いきなり広場の上空に風の怪物が姿を現したので、人々がまた悲鳴を上げて大混乱に陥ります。

「ルル!?」

 仰天する仲間たちの中で、ポポロだけが真っ青になっていました。最初に悲鳴が聞こえたあたりを指さして叫びます。

「来る! 出てくるわ、フルート――!」

 何が? とフルートが聞き返そうとしたとたん、空からルルの声が響きました。

「逃げなさい、みんな! 早く! ――闇の怪物よ!!」

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