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第10巻「神の都の戦い」

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32.祭り

 翌日はとても良い天気になりました。抜けるような青空が広がり、日の光がミコンの白い家々を照らし、神殿の尖塔の屋根を銀色に輝かせます。

 町中は朝早くから賑やかでした。浮き立つような雰囲気です。神殿からは神を讃える歌や音楽も聞こえていましたが、それより圧倒的に多いのは、人々の楽しそうな話し声や笑い声、通りや広場で祭りの準備をする物音です。やがて、ミコンの黒い通りに沿って、たくさんの白い布製の屋根が並びました。その下で出店や催し事が始まり、店番が通りの人々へ賑やかに呼びかけ始めます。

「さあさあ、ユリスナイの敬虔な信者の皆さん方、熱々の薬酒はいかが? 一口飲めばユリスナイの御心のように、身も心も暖かくなること請け合いだよ!」

「くじ! くじだよ! 神々の下さる幸運を、くじで試してみちゃいかがです?」

「揚げ菓子! ミコン名物、ユリスナイの揚げ菓子はいかがですか? ユリスナイ様の象徴をかたどった、ありがたいお菓子ですよ!」

 さすが聖地ミコンです。出店の客引きもいかにもという感じですが、それでも祭りの雰囲気は他の町とまったく変わりませんでした。大勢の巡礼客や町の住人が通りを歩き、客引きの声に耳を傾けながら、思い思いの店に立ち止まっています。

 人々の顔は、本当に楽しそうでした。前日までミコンを包囲する闇の敵におびえ、大神殿でひたすら祈るしかなかったのです。ミコンが解放された嬉しさに、誰もが晴れ晴れとした顔で笑っていました。

 

「ねえ、勇者のお兄さん、お姉さん! あれを見て! 絞りたてのベネのジュースよ! 買わなくちゃ!」

 小さな少女が行く手の店を指さして歓声を上げました。先に立って駆け出します。その手には、揚げ菓子や棒付きの飴、燻製肉を入れた小さな揚げパンなどをいっぱいに抱えています。

「こら、ピーナ! もうそれ以上持てないじゃないか。一緒に行くからちょっと待てよ」

 トートンがそう言いながら妹の後を追いかけていきます。

 フルートたちの一行は、キースや二人の子どもたちと一緒に祭りに来ていました。子どもたちも嬉しそうですが、勇者の少年少女たちも負けないくらい祭りを楽しんでいました。通りに沿ってずらりと軒を並べる出店をのぞき、気に入ったものがあれば次々と買っていきます。

「うん、やっぱりうまいもんがいっぱいある! しかも、どこも安いぞ。応えられねえな」

 ゼンが口をもぐもぐさせながら満足そうに言いました。その手には太い串に刺した大きな焼き肉と揚げ菓子と菓子パン、それに野菜と揚げた魚をはさんだ細長いパンまで持っています。

 メールがあきれた顔をしました。

「ホントにゼンったらさぁ。そんなに食べたらお腹壊すよ」

「ばぁか。オレがそんなヤワな胃袋してるかよ。それより、おまえが持ってるその氷菓子もうまそうだな。ちょっと味見させろよ」

「やだよ。ゼンに食べさせたらなくなっちゃうじゃないのさ。自分で買いなよ」

「けちけちすんなって」

「あっ、半分も食べるんじゃないよ!! もう、返しなよ、ゼン!!」

「てて。本気で怒るな、馬鹿――」

 ゼンとメールは相変わらずとても賑やかですが、周囲の人々も負けないくらい賑やかなので、二人だけが目立つことはありません。

 

 フルートとポポロは犬たちと一緒にキースから町の説明を聞いていました。

 端正な顔立ちをした青年は、今日は聖騎士団の制服を脱いで私服姿でした。彼らが立つ通りのすぐ上にそびえる神殿を指さしながら言います。

「これが商売の神レートの神殿だよ。階段をいかにも商人風の人がたくさん上って行くのがわかるかい? ここで参拝してレート神の護符をいただいて店に祀れば、その店は繁盛すると信じられているんだよ」

 フルートはうなずきました。

「レート神の護符なら、ぼくも知ってます。ロムドではたいていの店に祀ってあるから。レート神の教会はユリスナイの教会と一緒に、どんな町にもあるんです」

「ここがその総本山ってわけだね。で、あっちに見えているのが海の神ルクァの神殿だ。どう見ても船乗りって人たちが参拝しているだろう? 上の方に見えているあれは、知恵と学問の神キータライトの神殿。あそこにお参りすれば頭が良くなると言われているよ」

「ワン、学校にもキータライトの象徴が飾ってありましたよね」

 とポチがフルートに抱かれた格好でささやきました。さすがにこの人混みの中で人のことばを話すわけにはいかないので、フルートだけに聞こえるように、そっと言っているのでした。

 

 すると、ポポロが感心したように言いました。

「本当にいろいろな神様がいるのね……。それぞれの暮らしに神様が結びついてるのがよくわかるわ。なんだか面白い」

 フルートはほほえみました。ちょっと思い出す顔になって言います。

「シルみたいな農村は特に神様と結びつきが深いよ。季節が十二神と一緒に移り変わっていくんだ。三月、春の女神スピアが大地の神ヒールドムと一緒に若葉と花を起こす頃、大人たちは牧場に牧草の種まきをするし、畑を耕して作付けをする。五月になって花が満開になると、どこの町でも花祭りが開かれるよ。春の女神の御輿(みこし)が花を敷き詰めた通りを練り歩くし、みんな常緑樹の葉で飾ったポールのまわりで踊るんだ。夏は暑さが厳しいし雨もあまり降らないから、畑が干上がっちゃう。夏の神ソルに、あんまり暑くしないでくれって祈りの歌を唱えながら、足踏み水車で水路から水を汲み上げるんだ。でも、ソルは夏小麦の畑に実りももたらしてくれるから、みんなソルに感謝するよ……。夏の終わりから秋にかけては実りと収穫の季節だから大忙しになるけど、それがすんだらやっぱり神々に感謝する。秋の収穫祭は、祭りの中でも一番賑やかだよ。秋の神キットと、豊饒と牧畜の神ケルキー、そして、大地の神ヒールドムに、今年もたくさん作物をありがとうございました、って感謝するんだ。ここみたいにものすごい数じゃないけど、やっぱり通りにたくさん店が並んでね。ぼくたちは、その祭りに行くのがとても楽しみだったんだ……」

 フルートは遠い目をしていました。故郷のシルの町は、ここからは南山脈を隔てた北の彼方にあります。今は二月、冬の神ボンカルが風と雪と氷で荒野を閉ざしていることでしょう。

 そんな厳しい寒さの中でも、お父さんは毎日牧場で牛たちの世話をします。凍えて家に戻ってくるお父さんのために、お母さんは暖炉で火を焚き、暖かい飲み物や食べ物を準備します。荒野に面した小さな家に、息子のフルートはもういません。二人きりで暖炉に向かいながら、フルートやポチのことを案じているお父さんとお母さんの姿が見えるような気がします……。

 すると、ふいにポチがぺろりとフルートの頬をなめました。我に返ったフルートにささやきます。

「ワン、お父さんもお母さんもきっと元気ですよ。だって、ユリスナイがちゃんと守ってくれてるんですから」

 人の感情を匂いでかぎ分ける子犬は、フルートが故郷の両親を思い出して心配になっていることに気がついたのです。フルートはまたほほえむと、黙ってうなずき返しました……。

 

 

 その時、行く手の店先で急に騒ぎが起きました。ピーナとトートンがベネのジュースを買いに行った店です。こともあろうに、その二人を指さして、立派な身なりの男が大声を出していました。

「何故こんな子どもたちを先にするのだ!? 私がずっとこうして待っているのが見てわからないのか!?」

 服装やことばづかいが男の身分を表していました。どこかの国の貴族に違いありません。人に命じることに慣れた人間に特有の、非常に横柄な口調で言い続けます。

「私はユリスナイの神殿に多額の寄付をしたのだぞ! 神殿前の石碑にも私の名前が刻まれることになっている! その私がじきじきに買いに来てやったというのに、立ったまま待たせておいて、こんな卑しい子どもたちを先にすると言うのか!? 無礼であろうが!」

「あんにゃろう!」

 ゼンが騒ぎを聞きつけて血相を変えました。メールもたちまち怒り出します。

「何様のつもりさ、あの貴族! いい年した大人のくせに、ピーナたちみたいなちっちゃい子を本気でどなったりするなんて。ゼン、懲らしめちゃいなよ!」

「おう――!」

 すると、その様子を眺めながら、キースがのんびりと言いました。

「大丈夫、ここはミコンだ。心配ないから見ておいでよ」

 

 ジュースを売っていた太った女将(おかみ)が、貴族に向かって言っていました。

「そうおっしゃいますけどね、貴族の旦那様、この子たちの方がそちらより先に並んでいたんでございますよ。ユリスナイ様の前では、人は誰でもみんな平等、歳も身分も関係ございません。この子たちだってちゃんと順番が来るのを待っていたんです。旦那様ももう少しお待ち下さいな」

 丁寧ですが、あからさまにたしなめられて、貴族の男は怒りで顔を真っ赤にしました。さらに声を荒げながら言います。

「わ――私を誰だと思っているのだ!? 代々エスタ王に長く仕え、広大な領地を王の城の近くに構える名門の当主に向かってそのような――」

「あなたがどなたでも、関係ございませんよ」

 と女将がきっぱりとさえぎりました。

「ユリスナイ様の下では、本当に誰もが同じです。名門の貴族だろうが、町の職人だろうが、親に死に別れた下町の子どもだろうが、ユリスナイ様は決して分け隔てをなさらないのです。それがユリスナイの教えです。旦那様、あなたの言動を天のユリスナイ様はお喜びでしょうかね? どれほど多額な喜捨をなさったとしても、ユリスナイの教えに背くようなことをなさっては、せっかくの善行も無駄になるというものでございましょう」

 気がつくと、彼らのまわりには大勢の人々が集まっていました。白っぽい服を着たミコンの住人や出店の店番たちです。女将の両脇に立ち並び、貴族をじっと見つめます。

 すると、ひときわ小柄な老婆が人々の中から言いました。

「ユリスナイの教えを守りなさい、旦那様。お金よりも何よりも、ユリスナイ様の本当に喜ぶことをなさいませ」

 貴族の男はいっそう顔を赤くしました。立っているのもやっとの老いぼれのくせに私に言い聞かせようというのか! と老婆をどなりつけようとしますが、その周囲に何十人という人々が並んで、じっと自分を見つめているのに気がつくと、今度はさっと青ざめました。人々は皆、店の女将や老婆と同じことを目で男に語っていました。無言の威圧感で男に迫ります。

 貴族の男は、くるりと人々に背を向けました。後ろでおろおろしていた従者へ、来い! と乱暴にどなると、肩を怒らせて立ち去っていきます――。

 

 女将が店に戻って、いくつものカップを載せた盆をトートンとピーナに渡しました。

「さあ、お待たせ。こぼさないように持っていくんだよ」

「ありがとう!」

 二人の子どもたちが笑顔で答えます。女将と一緒に子どもたちを守った人々も、いっせいに笑顔になります。小さくユリスナイの印を切った人もいます。

 大勢に見守られながら戻ってくる子どもたちの姿に、ゼンは思わず声を上げました。

「すっげえな、おい」

「なにしろ、ここはミコンだからね」

 とキースはさっきと同じことを言って笑いました。

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