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第10巻「神の都の戦い」

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31.夢

 フルートたちは修道院の一室で話し合いを続けていました。

 カーテンを引いた窓の外は、もうとっくに暗くなっています。巡礼者の宿にもなっている修道院では、大勢の人が通路や回廊を歩いていましたが、彼らが話している部屋に近づく者はありません。白の魔法使いが張った結界に、自分でも気がつかない間に追い返されているのです。

 ワン、とポチがほえて言いました。

「人間が宗教を信じて闇に負けないようにするのは、もちろんいいことなんだろうと思うんですけどね――。でも、大神殿の中庭に湧いたっていう光の泉、本当にただそれだけのことを言っているのかなぁ」

 見た目は小さな子犬でも、ポチの賢さは本物です。人間のように考え込む顔をしながら言い続けます。

「それだと、白さんも言うとおり、闇を完全に追い払う力はありませんよね? ただ、闇に負けないための心構えの話だから。ぼく、このミコンには本当にデビルドラゴンを倒すための何かがあるんじゃないかと思っていたんです。もっと強い力を持つ何かが。だから、デビルドラゴンはぼくたちがミコンに行く邪魔をしたんだと思っていたんだけど」

 そうだね、とフルートがうなずきました。やはり考え込む顔をしています。

「デビルドラゴンは初め、ミコンを壊滅させようとした。それがかなわないとわかると、今度は門に罠を張って、ぼくたちが来るのを待ち伏せした。――やっぱり、ここには何かがあるんだ。それがその光の淵だと言うなら、光の淵はきっと、デビルドラゴンを直接倒せる力を持っているんだよ。問題は『すべての想いと存在を捧げて、世界を守る力になれ』って言う声が、どういう意味なのか、ってことなんだけど……」

 

 そこまで言って、フルートはまた黙りました。じっと深くもの思う顔になります。

 なんだか、考えれば考えるほど嫌な雰囲気を感じるのです。光の淵からの声というのは、あまりにも、願い石の声と似ている気がします。町で救った老人が、声を聞いたとたん、迷うことなく塔から飛び下り自殺しようとしたことも気になります。

 けれども、いくら考えても、それ以上のことはわかりませんでした。光の淵の正体も、その力も、ここにいてはまるで見当がつかないのです。

「その光の淵ってのを実際に見てみなくちゃいけないですね――。大司祭長にお願いして、ぼくたちも見せてもらうことはできますか?」

「勇者殿たちであれば、もちろん大丈夫でしょう」

 と白の魔法使いは答えましたが、すぐに青の魔法使いが言い添えました。

「ただ、おそらく明日は無理ですな。ミコンが闇から解放されたことを祝う式典が、大神殿で行われますから」

「げ。ここでも式典なんかやんのかよ。人間ってのは、よくよくそういうのが好きだな!」

 とゼンが声を上げ、メールも顔をしかめました。窮屈なことが大の苦手な二人です。式典や儀式などというものには近寄りたくなかったのです。青の魔法使いが大司祭長相手に言っていたとおりでした。

 

 青の魔法使いが笑い出しました。

「大神殿での式典は厳粛で窮屈ですが、祝い事はそれだけではありませんぞ。闇が撃退されたことを町中が喜んでいるので、ミコンの至るところで祭りが開かれるのです。楽しい催しがいろいろあるでしょう。きっとこっちの方が勇者殿たちには合っているでしょうな」

 祭り! と少年少女たちは目を輝かせました。ゼンやメール、ポポロやルルは人間の祭りをまだ一度も見たことがありません。フルートやポチだって、ミコンの祭りは生まれて初めてです。難しい話や疑問などたちまち忘れて、賑やかにしゃべり出します。

「ねえさぁ、ちょうどいいじゃないか! 明日、キースが子どもたちと一緒に町を案内してくれるって言ってたんだ! 祭りに連れていってもらおうよ!」

「俺たちドワーフの祭りだと、ご馳走が広場に山ほど並ぶんだ。ミコンでもきっと同じだぞ! 修道院の食事を食うより、ずっといい!」

「白さん、青さん、ぼくたちも祭りへ行ってきていいですよね?」

 とフルートが皆を代表して魔法使いたちに尋ねました。

 白の魔法使いは生真面目な表情をしました。

「闇の敵からミコンを解放したのは勇者殿たちです。大司祭長からも、ぜひ式典に出席していただきたい、と頼まれていたのですが――」

 とたんに少年少女たちががっくり肩を落としたので、白の魔法使いは思わず吹き出してしまいました。

「まあよろしいでしょう。式典には私と青が出席することにいたします。勇者殿たちは町の祭りの方をご覧ください」

 フルートたちがたちまち歓声を上げます。

 すると、青の魔法使いが言いました。

「いやいや、私も式典の方はちょっと遠慮させていただきましょう。明日はカイタ神殿へ行って、武僧長や導師たちに挨拶してこなければなりませんからな」

 ゼンたちに劣らず式典嫌いな青の魔法使いです。面倒なことは全部同僚に押しつけようという意図が見え見えでした。

「こら、おまえはそういうわけにいくものか」

 と女神官は武僧を冷ややかににらみました――。

 

 

 その夜、フルートは夢で金の石の精霊に会いました。

 精霊はいつものように小さな少年の姿をしていました。鮮やかな黄金の髪と瞳もいつもの通りです。なのに、何故だかフルートの目には、精霊がいつもより元気がないように見えました。

「大丈夫かい……? やっぱり疲れているの?」

 とフルートが尋ねると、精霊は腰に片手を当てて、ちょっと首をかしげてみせました。

「あれだけいろいろやらされたんだ。さすがのぼくだって弱るに決まっているだろう」

 ごめん……とフルートはうつむきました。別空間の光の迷路からフルートをこの世に戻したり、ミコンの門の前から闇の敵を一掃したり。本当にフルートは金の石に無理をさせてしまったのです。

 そんなフルートを見て、精霊はちょっと黙り、やがて、こんなことを言い出しました。

「ぼくたち魔石は、真理や強い想いから生まれてくるものだから、内に強い力を持っている。だが、その力を使い切ると、ぼくたちは寿命が尽きて砕けてしまう。願い石のように、一度力を使って役目を果たせるものならば、それでもいい。でも、ぼくは守りの石だ。一度きりで消えてしまっては役に立たないんだ」

 うん……とフルートはうなずきました。子どものように小さな姿の精霊を見つめながら言います。

「休んでいいよ、金の石。ここは聖地だからね。聖なる光に守られていて、闇の怪物もデビルドラゴンも入り込むことはできないんだ。君がまた元気になるまで、ミコンにいるからさ。少し眠れよ」

 

 精霊はまた首をかしげました。幼い姿には全然似つかわしくない、大人のような目と表情でフルートを見上げます。

「あてにならないな。ぼくがいないと、君はすぐに危なくなる」

「危ないことなんかないさ! ここは聖地だよ!」

 とフルートは熱心に言い続けました。精霊の姿はいやに淡く頼りなく見えています。なんだか、蝋燭(ろうそく)の炎が燃え尽きるように、薄れて消えていってしまいそうな気がします。

「ゼンだっているし、ポポロも――白や青の魔法使いたちだって一緒にいるんだから! 絶対に大丈夫なんだよ!」

 すると、精霊が急に顔つきを変えました。妙によそよそしい、ひやりとするような表情に変わります。

「そうか。彼らがいるから、ぼくがいなくても大丈夫か」

 なんだかすねたように聞こえる声でそう言うと、精霊はくるりと背を向けました。一瞬髪が黄金の炎のように揺れます。

 精霊? とフルートがとまどうと、振り向くこともなく少年は言いました。

「君の言うとおり、しばらく眠るよ。元気になるまで目を覚まさないから、君はちゃんと危険のない場所にいるんだぞ」

 思わず伸ばしたフルートの手の先で、精霊が淡い金の光に包まれて消えていきます。

 そして、夢は薄れ――

 

 フルートはベッドの中で目を覚ましました。

 そこは修道院の男部屋でした。灯りを落として薄暗くなった中で、大勢の泊まり客がベッドを並べて眠っています。フルートの両隣のベッドでは、ゼンと青の魔法使いがそれぞれに大いびきをかいています。ポチはフルートのベッドの足下です。

 人々や子犬の寝息を聞きながら、フルートはベッドから起き上がり、そっと服の胸元からペンダントを引き出しました。

 金の透かし彫りに囲まれた魔石は、ただの石ころのような、冷たい灰色に変わっていました――。

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