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第10巻「神の都の戦い」

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第8章 祭り

30.修道院

 その夜、フルートたちと二人の魔法使いは、ミコンの町中にある修道院に泊まりました。

 ミコンは巡礼者たちの聖地なので、そこを訪れる人たちの目的は遊山(ゆさん)ではなく参拝や修業です。町に宿屋は一軒もなく、代わりに、町のあちこちにある修道院が旅人の宿になっているのでした。

 修道院は規律が厳しいので、宿泊部屋は男と女でまったく別の建物ですが、食事は同じ部屋でできたので、魔法使いたちはここでも個室を借り切ってくれました。少年少女と犬たちは町の食堂で夕食をすませてきたので、今、テーブルに向かって食事を始めようとしているのは、白と青の二人の魔法使いだけです。その前に並ぶ料理を見て、ゼンがあきれた声を上げていました。

「これっぽっちで夕飯なのかよ? めちゃくちゃ少ねえな!」

 魔法使いたちの前にあるのは、小さな黒いパンとスープ、一切れのチーズ、数枚のクレソンの葉、カップ一杯のワイン――というメニューでした。パンは子どもの手のひらのように小さなものですし、スープには玉ネギが少し浮いているだけです。

 すると、白の魔法使いが落ち着き払って答えました。

「修道院の食事はどこもこんなものです。贅沢を慎み、質素倹約に励みながら神に仕えることも、修道院の大事な修業のひとつなのです。見た目は少なくても、体に必要なものはすべて揃っています。これを食べていれば健康にも良いのです」

「でも、絶対に腹が減るぞ! こんなんじゃ、力が全然出ねえだろうが!」

 とゼンがわめき続けると、青の魔法使いがうなずきました。

「まったく同感ですな。我々は武神カイタに仕える武僧だし、こんな食事ではとても武道に励めません。我々の神殿や修練場の食事はもっと量が多いし、肉も魚もふんだんに出てきます。ただ、武神カイタに関係する施設はどこも女人禁制でしてな。白やお嬢様方を泊めることができんのです」

「私は別にかまわない。これで充分間に合っているからな」

 と白の魔法使いが言いました。平然と食事をしています。今夜はまだ風呂にも入っていないので、いつもの白い長衣に髪をきっちりと結い上げた、厳しいくらい毅然とした姿です。

「俺はかまう!」

 とゼンはまだどなっていました。

「俺は明日の朝飯もあの食堂に食いに行くぞ! あそこは本当に安くて量が多くて、しかもうまかったからな――!」

 

 そこへ、修道女が入ってきました。白い長衣を着て、修道女を表す白いベールをかぶっています。テーブルにカップと黒茶の入ったポットを置くと、全員に手を合わせて一礼してから、また部屋を出て行きます。

 その足音が遠ざかっていくと、おもむろにポチが口を開きました。

「ワン、もう大丈夫ですよ。話を聞かれるような場所に人はいなくなりました」

「念のため、周囲に結界を張っておこう」

 と白の魔法使いが言って、空中から取り出した杖を振りました。急にあたりがしんと静かになります。魔法の壁が部屋の周りに張り巡らされたのです。

 

 

「で――?」

 とフルートは魔法使いたちに身を乗り出しました。

「ぼくたちに聞かせたい話というのは何ですか? 大司祭長から何か聞いてこられたんですか?」

 白の魔法使いは食べかけの食事をわきに押しやりました。青の魔法使いは、酒のカップに口をつけてもいません。食べるよりも飲むよりも大事な話をしようとしているのだと、フルートたちは気がつきました。

「非常に不思議なものが大神殿の中庭にあるのです。それをどう考えて良いのかわかりません」

 と白の魔法使いが言いました。彼女が話している相手は少年少女や犬たちです。今は武器も防具も外して普段着でいるので、本当に平凡な子どもたちにしか見えないのですが、女神官は丁寧な口調を変えませんでした。

「不思議なもの?」

 いっせいに聞き返した勇者たちに、魔法使いたちは中庭で見てきたものを話して聞かせました――。

 

「なんだよ、それ!?」

 とゼンがどなりました。修道院の食事に文句を言っていたときよりも大きな声です。

 メールも憤慨して言いました。

「デビルドラゴンを倒すには、みんながユリスナイに命を捧げなくちゃいけない、ってのかい? そんな馬鹿な!」

「ワン、だから、あの子たちのおじいさんも自殺なんかしようとしたんだ。光の淵からの声を聞いたんですね」

 とポチも言います。

 フルートは口をふさいで真っ青になっていました。自分の内に眠る願い石のことを思い出してしまったのです。押さえた口の下から、うめくように言います。

「それが……デビルドラゴンを倒すための別の道……なんですか? 願い石を使わずに奴を倒そうとしたら、ぼくの代わりに、たくさんの人たちの命が必要になるって……」

「んなわけあるか!!」

 とゼンがものすごい勢いでどなり返しました。力任せにテーブルをたたいて、ガシャン! と大きな音を立てます。部屋に結界を張っておいて正解でした。

「そんなもん、別の道でもなんでもねえじゃねえか!! だいたい、なんだよ、その命令! ユリスナイってのは生け贄(いけにえ)を求める神なのかよ!」

「違います!」

「違うわ!」

 と同時に言い返したのは、白の魔法使いとルルでした。天空の国の雌犬が、魔法使いより先に言い続けます。

「ユリスナイは光の神よ! とても寛大で優しい神様なの! そんな恐ろしいこと絶対に言わないわ! 何かの間違いよ!」

 女神官もうなずきました。

「おっしゃるとおりです。ミコンではどの神に対しても生け贄を捧げることを固く禁じています。神々が求めるのは人の祈りだけです。命など決して要求したりしないのです」

 じゃ、何故――と言いかけてフルートは黙り込みました。じっと考える顔になります。

 

「私はユリスナイの声がごく一部の者にしか聞こえてこない、ということが気になっております」

 と青の魔法使いが言いました。

「大司祭長も直接声を聞いてはいない。どうもそのあたりが怪しく思えるのですがな」

「声を一番最初に聞いたのは副司祭長だって言ってたよね? それってどんな人なの?」

 とメールが尋ねます。

「非常に敬虔で真面目な人物です。もちろん、そうでなければ大神殿の副司祭長などなれるはずはないのですが、司祭長の中でも特に熱心で真面目と評判な人物なのです。嘘を言っているとは思えないし、他の者をだまそうとしているとも考えにくいのです」

 と白の魔法使いが言います。

「そういう真面目なヤツこそ、信じ込んじまうと疑いもしなくなるから、かえってやっかいだぞ」

 とゼンが肩をすくめます。

 それ以上は誰も何も言えなくなって、考え込んでしまいます。

 

 すると、それまで黙っていたポポロが口を開きました。

「もしかしたら、意味が違うのかもしれないわ……」

 全員がポポロに注目しました。

 修道院に来てコートを脱ぐと、ポポロの服は白い巡礼服に変わっていました。星空の衣がその場所に一番ふさわしいものに変わったのです。白い長衣を着て手を組み合わせ、静かに椅子に座るポポロの姿は、なんだか修道女か小さな女神官のように見えていました。

「光の淵から聞こえる声は、すべての想いと存在を捧げて、世界を守る力になりなさい、って言っているんでしょう? もっと精神的な意味かもしれないと思うの。心を正しい方に向けて、闇に惑わされないように。そうやって、デビルドラゴンに誘惑されないようにして、世界を闇から守りなさい……みんなにもそう伝えなさい、って……そういう意味じゃないかしら? それなら、ユリスナイが言っても不思議はないと思うのよ……」

 ふーむ、と一同は思わずうなりました。ゼンが腕組みして言います。

「ポポロの言うことに逆らう気はねえんだけどよ。それって、地上の世界じゃ実現不可能だぞ。前にも話したよな。人間がみんな正義の心を持つ正しいヤツになるなんてことは、この世界が滅んだってありえねえ。どんなに聖職者たちががんばったって、絶対に無理だぞ」

「だよねぇ。特に人間たちは本当に自分勝手でずるいしさ。――ごめんね、白さんたちに喧嘩売ってるつもりはないんだけどさぁ」

 さすがにちょっと顔色を変えている二人の魔法使いに向かって、メールが悪びれることもなく謝ります。

 青の魔法使いがとうとう笑い出しました。苦笑いです。

「まったく。皆様方にはかないませんな。いろいろと、僧侶としての自分を問い直されている気がしますぞ」

 すると、白の魔法使いが静かな表情に戻って話し出しました。

「我々とて、自分たちのしていることで世界に真の平和をもたらせるとは思ってはいないのです。それができると考えるなら、ロムド城を敵から守る仕事などしておりません……。人は闇と光の両方を心の中に持っているし、すぐに闇へと傾いてしまいます。闇は肉体を多く支配しているので、どうしてもそちらへ惹かれるのです。それを光の方向へ引き戻すためのものが信仰なのだろうと我々は考えています。自分自身の力だけで闇を撃退できるのは、ごく一部の強い者たちだけです。普通の人々は、そこまでは心強くない。その人たちを闇から引き戻すためにあるのが、光の神ユリスナイであり、宗教なのだろうと思うのです。闇に弱い存在であるからこそ、人には、見上げるべき光が必要なのですよ」

 

 女神官の話は、またいつものように難しく観念的になっていました。――が、不思議なくらい、今度の話は少年少女たちにも納得できました。

「闇に負けねえために宗教がある、か」

 とゼンが言って、珍しく考えるような顔になりました。

「俺はホントに神様なんか全然信じてねえけどよ……でも、確かにそういう大事な何かは、心ン中にあるような気がするな。で、そいつがいつも言うんだ。おまえのやってることは本当に正しいのか? 自分自身に恥ずかしいようなことじゃねえのか? ってな」

 言って、ゼンは隣に座るフルートを見ました。闇の声に負けてもう少しで親友を裏切りそうになり、やっとのことでそこから立ち返った日のことを思い出したのです。

 フルートの方でも、同じ時のことを考えているようでした。ゼンに向かって、穏やかにほほえみ返します。

 メールが声を上げました。

「ホントに不思議だよねぇ! あたい、ユリスナイなんかこれまで全然知らなかったのにさ。なぁんか、ずっと昔から知っていたような気がするよ。それも、当たり前のことみたいにさ!」

 すると、ポポロが言いました。

「それをね、あたしたち天空の民は、『ユリスナイの力はすべてに宿る』って言うのよ。あたしたちは気がついてなくても、いつも、ずっとそこにあるんだ、って――」

 ふぅん、とまた感心してしまった少年少女たちでした。

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