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第10巻「神の都の戦い」

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29.夕焼けの気配

 「じいちゃん、眠ったよ」

 とトートンがピーナと一緒に奥の部屋から居間に戻ってきました。

 ここはまだ、子どもたちと老人の家の中です。自殺から助けられ、思いがけず病気まで癒されて感激した老人ですが、さすがに疲れが出てきたので、皆に諭されて奥へ休みに行ったのでした。

 フルートが言いました。

「もう大丈夫だね。それじゃ、ぼくたちはもう行くから。連れがいるんだ。大神殿に戻らなくちゃ」

「えぇ、そんなぁ! 夕ご飯、うちで食べてってくれよ、勇者のお兄さんたち!」

 とトートンが声を上げました。ピーナも身を乗り出して言います。

「そうよ。夜はうちに泊まっていって。お願い!」

 子どもたちの真剣な目にフルートたちが困っているのを見て、キースが笑って声をかけました。

「こんな狭い家に勇者たち全員が泊まれるわけがないだろう。連れがいるならなおさらだよ。夕食は、ぼくが町の食堂に案内してあげよう。トートンとピーナは、おじいさんにしっかりついていてあげるんだよ。もう心配ないとは思うけれど、念のために気をつけて見てるんだぞ」

 子どもたちはまだ不満そうでしたが、言われるとおりだと納得したのか、明日また来てね、きっと来てね、と念を押しながら戸口まで見送りに出ました。通りを歩いていくフルートたちへ、大きく手を振り続けます。

 

 それに手を振り返して、フルートは前に向き直りました。先に立って歩く青年に話しかけます。

「すごくいい子たちですね」

 キースが振り向いて微笑しました。非常に端麗な顔をした青年ですが、笑顔は意外なくらい人なつこい感じがします。

「早くに両親を亡くした子たちなんだけど、病気のおじいさんを支えてよくがんばっていてね。なんだか放っておけなくて、面倒をみてきたんだ。でも、君たちがおじいさんの病気を治せたのには驚いたな。高齢過ぎると言って、魔法医でさえ、さじを投げていたのに」

「金の石の力なんです。これは癒しと守りの魔石だから」

 とフルートは鎧の胸当てに手を当てて見せました。その奥に、金の石のペンダントが隠されています。

 なるほど、とキースはうなずきました。

「じゃ、そうやってずっと隠しておいた方がいいだろうね。今、この町は闇との戦いで怪我をした者たちでいっぱいだ。そんなすごい魔力の石があるとわかったら、町中の怪我人が治してもらいに殺到してくるだろうからな」

 とたんに、フルートは真剣な顔になって考え込みました。優しいフルートです。本当にそうやって町中の人を治そうか、と考えてしまったのでした。

 すると、ゼンがまたフルートを殴りました。もちろん、力は加減しています。

「ったく。いい加減にしろよ、おまえ! さっきの金の石の様子を見たろう? 間違いなく、金の石は疲れてるぞ。精霊になって姿は見せねえけど、『働かせすぎだ!』って怒ってるに決まってらぁ」

 フルートたちはミコンの門の前の戦いで金の石に闇の敵を一掃させました。敵の中には、あのデビルドラゴンも含まれています。しかも、その前には、南山脈で光の迷路へ連れ込まれたフルートを、ポポロと一緒にこの世界へ引き戻すという大仕事までしています。強力な魔力を持つ金の石ですが、それにも限界があり、それを越えてしまったときには魔石としての力が尽きることに、フルートたちは気がついていたのでした。

「休ませてあげなくちゃいけないんだね……」

 とフルートは胸に手を当てたまま言いました。「本当に君は無茶な注文ばかりする」と言いながら、フルートの願いを聞いてくれた精霊の少年を思い出してしまいます。

 すると、足下からルルが言いました。

「ここなら金の石を眠らせてあげても大丈夫なんじゃないの? ここは光の都よ。私たちがここにいるのはもうばれているけれど、闇の怪物はここまでは入ってこられないもの」

「うん――後でそう言ってみる」

 とフルートは答えました。いつも感じることですが、鎧の胸当ての下で、金の石が生き物のようにぬくもりを放っているような気がします。

 

 その時、ポチが、あれっと言って耳をぴくぴくさせました。

「すごく大勢の声が聞こえますよ。あれは――歓声だ。すごい数の人たちが喜んでます」

 その声は他の者たちの耳にも聞こえていました。潮騒のように遠くから押し寄せてきて、次第に大きくなっていきます。どよめき声のようにも、遠い叫び声のようにも聞こえます。それは彼らの頭上の大神殿から聞こえていました。

「ははぁ。ミコンのまわりから闇の怪物がいなくなったのを、魔法使いたちが教えたな」

 とゼンがにやりとして腕組みします。メールも細い腰に手を当てて大神殿を見上げました。

「これでみんな安心したろ。自分の命をユリスナイに捧げる、なんていう馬鹿な自殺もきっとなくなるよ」

 ポポロは何も言いませんでしたが、やはり嬉しそうに神殿を見上げていました。同じユリスナイを信仰している者として、自ら命を絶つ人々のことに、ひどく心を痛めていたのです。

 天に伸び上がるような神殿の上には、夕焼けの色がうっすら差し始めた空が広がっています。

 

 キースが通りの行く手にある建物を指さしました。

「そら、あそこがぼくたち聖騎士団がよく利用する食堂だよ。町の連中のほとんどが大神殿に行っているから、どこの食堂も開店休業中なんだけどね、あの店の主人は自分の仕事が神の役に立っているっていう信念があるもんだから、どんな時にも絶対に店から離れないのさ。味の方も保証できるよ」

 それを聞いたとたん、フルートたちの腹の虫が、ぐうっと盛大に鳴りました。夕飯にはまだ少し早い時間なのですが、考えてみれば、彼らは南山脈に入ってから、スノードラゴンとの戦闘、光の通路を通っての移動、ミコンの門の前での戦闘と立て続けで、朝食以来ずっと何も食べていなかったのです。

「あそこに入ろう。まずは食え、だぞ」

 と主張するゼンに全員が賛成して、一行は大神殿に戻る前に食事をすることにしました。

 食堂に向かって自然と足が速まってくる一行に、キースがまた話しかけました。

「君たちはどのくらいミコンに滞在する予定なの? ぼくは明日非番だし、トートンやピーナもまた君たちに会いたがっていたから、よかったら明日、町の中を案内してあげるけれど?」

「ホント!? ホントに町を案内してくれるのかい!?」

 ミコンの町を見たがっていたメールが目を輝かせます。キースは片手を胸に当てて、ちょっと気障にお辞儀をして見せました。

「喜んで。君たちのように美しくて優しい人たちに巡り会えたのは、ぼくのこれまでの人生で最大の幸運だからね。明日、ぼくに非番を当ててくださっていたユリスナイ様に感謝しなくちゃ」

 と言って、素早くメールとポポロにウィンクを送ってきます。本当に気障ですが、何故だかそれがひどく様になって見えます。

 メールが笑い出しました。

「やだね、キース。それって、男が女を口説くときの言い方だろ」

 ポポロの方は両手を頬に当てて赤くなっていました。若い男の人からウィンクをされるなど、今まで経験がなかったのです。

 たちまち少年たちが憮然とします。

 足下では、二匹の犬たちが、あれまぁ、とあきれたような顔で彼らを見上げていました――。

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