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第10巻「神の都の戦い」

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27.大司祭長

 ユリスナイの大神殿は非常に大きな建物で、内部がいくつもの区画に別れています。手前の区画には一般の参拝客が自由に出入りできますが、その奥には大神殿に従事する人間や聖職者たちしか立ち入れない、専門の区画が広がっています。

 その一角にある大司祭長の部屋を、白の魔法使いと青の魔法使いが訪れていました。大きな木のテーブルを挟んで向かい側に座っているのは、大司祭長と副司祭長です。

 大司祭長は短い銀髪に恰幅のよい体格の初老の男で、純白の長衣に神の象徴を首から下げ、銀色の細い肩掛けをまとっていました。非常に穏和な顔つきの老人です。副司祭長の方はそれより若く、髪は赤茶色で、もっと痩せていました。長衣はやはり白ですが、まとっている肩掛けはえんじ色でした。肩掛けの色がその司祭の地位を表しているのです。

 

 白の魔法使いが一通りの報告を終えると、銀の肩掛けの大司祭長がおもむろに口を開きました。

「このミコンは二十日間、闇の敵に包囲されてきました。神官も僧侶も聖騎士団も全力で防衛したのですが、戦いはきりがありませんでした。聖なる魔法で怪物を倒しても、すぐにまた新しい怪物が姿を現すからです。皆が必死で戦いましたが、こちらの被害の数はすさまじく、神官と僧侶はほぼ半数が、武僧軍団と聖騎士団は約三分の一の者が、ユリスナイの元へ旅立ちました。それ以外にも非常に多くの負傷者が出ました……。ところが、戦いが始まって二週間たとうという頃、外の郭を埋め尽くす怪物たちの上に、大きな闇の気配が現れたのです。非常に大きく深い闇――これは闇の権化というデビルドラゴンに違いない、と我々は考えました。あれほど巨大な闇は、それ以外思いつかなかったからです。どれほど戦っても、闇の軍勢を倒せなかった理由もわかりました。デビルドラゴンが怪物を送り込み続けていたためだったのです。そこで、我々は内門を閉ざし、残った神官たちで力を合わせて、都を守備の魔法で包みました。闇の敵の侵入はそれで止まりましたが、デビルドラゴンが妨害していたようで、外へ救援を求めることも、別空間を通り抜けて都から脱出することもかないません。孤立した中で、皆、ただユリスナイに救いを求めて祈ることしかできなかったのです――」

 話す大司祭長の声は、顔に劣らず静かででした。ミコンの大司祭長は、大国の王にも匹敵する実力者なのですが、そんな偉ぶった雰囲気も感じさせません。大司祭長の声は、ただ悲しみに彩られていました。

 白の魔法使いが一礼してから言いました。

「今も申し上げたとおり、外の郭にもう闇の怪物はおりません。すべて、金の石の勇者殿が消し去りました。かの石の聖なる光の前では、デビルドラゴンも留まることはできません。闇の敵はミコンを去り、内門が開いて我々を都へ案内してくれました」

 大司祭長はうなずきました。

「それは我々も感じていました……。ミコンの周囲から突然闇の気配が消え、門が歓迎の詩を歌ったのが聞こえてきたのです。神官や僧侶たちはとまどっていました。その原因の調査を命じていたところへ、あなたたちが訪ねてきたのです」

 と白の魔法使いと青の魔法使いを眺め、おもむろに両手を合わせると、二人へ頭を下げました。

「神の加護に感謝します。ユリスナイは確かにあなたがたを我々に遣わされた。さっそく、市民にこのことを知らせ、神に感謝を捧げる式典を執り行いましょう。ネッセ――今礼拝に出ている司祭長へ伝えなさい」

 ネッセというのは、副司祭長の名前でした。えんじ色の肩掛けの男が、手を合わせて大司祭長に一礼してから部屋を出て行きます。礼拝が行われているホールへと向かったのです。

 

 その足音が神殿の通路を遠ざかっていくと、大司祭長はまた言いました。

「それで、金の石の勇者の皆様方はどちらに? 神からミコンを預かる者として感謝申し上げ、式典にご出席いただかなくては」

「ホールの入り口でお待ちくださるようお願いしていたのですが……じっとしていられなかったのでしょう。神殿の外へ出て行かれたようです」

 と白の魔法使いが、ちょっと苦笑しながら答えました。魔法使いの彼女は、神殿の中にもう勇者たちの気配がしないことを感じていたのでした。青の魔法使いが、それを引き継ぐように言います。

「勇者の一行と言っても、なにぶんまだ十五やそこらの少年や少女たちです。大変元気がよろしい方々ですので、感謝の式典に招かれても、それを喜ぶかどうかわかりませんな。それに、勇者の仲間は人間ではない方たちばかりなので、我々とは違った神を信じています。無理に式典に出席を請うようなことは、なさらない方が賢明かと存じます」

 非常に丁寧な口調ですが、青の魔法使いは大司祭長相手に意外なほどはっきりとものを言っていました。白の魔法使いがまたちょっと苦笑します。この大柄な同僚が、昔、司祭長たちに少しも敬意を払おうとしない異端児だったことを、よく知っていたのです。

 すると、大司祭長は怒ることもなく、穏やかに笑って青の魔法使いを見ました。

「そういう式典を嫌っていたのはあなた自身でしたね、カイタ神殿の武僧フーガン……。覚えていますよ。あなたはいつも、式典のたびに警備をすっぽかしては、武僧長や司祭長たちに叱られていましたね。相変わらず式典や儀式は嫌いですか」

「そんなものを開かずとも、神へ感謝を捧げることはできると考えているだけです」

 と青の魔法使いは答え、むっつりと黙り込んでしまいました。大司祭長にミコンの警備僧だった時代のことを覚えられていて、それ以上話が続けられなくなってしまったのです。かつての教師に昔のいたずらを叱られた生徒のようなものでした。

 

 白の魔法使いが改めて口を開きました。

「大司祭長。世界広しといえど、かの闇の竜を倒すことができるのは、金の石の勇者とその仲間たちだけです。勇者殿は、そのための方法を求めて、このミコンに来られました。我々の主であるロムド国王陛下も、世界の平和を願って、全面的に勇者殿たちを支援しておられます。ところが、我々がミコンに到着するより早く、デビルドラゴンとその手下たちがこのミコンを襲撃しておりました。このミコンに闇の竜を倒す手がかりがあるために、かの竜が先手を打って妨害してきたのではないか、と我々は考えております。――何か心当たりはございませんでしょうか?」

「デビルドラゴンを倒す方法がミコンにあるのではないか、とあなたは言うわけですね、マリガ?」

 と大司祭長は白の魔法使いに言い、そのまま考え込むような顔になりました。白いものの混じってきた銀の眉の下から、胸の上の神の象徴を見つめます。

 すると、そこへ副司祭長が戻ってきました。礼拝を執り行っている司祭長にミコンが解放されたことを伝えてまいりました、と報告します。

 遠い場所から歓声が聞こえていました。大勢の人々の喜びの声です。神殿の離れた場所でわき起こっているのに、神殿中を震わせています……。

 大司祭長は顔を上げました。さらに考える顔をしながら、白と青の二人の魔法使いへ向かってこう言います。

「確かに金の石の勇者はデビルドラゴンをミコンから追い払ってくれました。ですが、私はかの竜が再びこの都を襲うだろうと考えています。それだけのものが、このミコンにはあるからです。ネッセ、この二人を中庭へ案内しましょう」

「そ、それは――!」

 と副司祭長は驚き、あわてて声を低めて大司祭長にささやきました。

「それはよろしゅうございません……。あれはごく限られた……の秘密で……」

 魔法使いたちは、その気になれば、ささやき声も聞き取ることができます。意味深な副司祭長のことばに、白と青の魔法使いは顔を見合わせました。何があるのだろう、と目と目で言い合います。

 すると、大司祭長が立ち上がりました。

「彼らはこのミコンをデビルドラゴンから解放するために、ユリスナイが遣わしてくださった戦士たちです。あれを知る権利があります。――私たちと一緒に来なさい、マリガ、フーガン。あなたたちに見せたいものがあるのです」

 大司祭長が扉を開け、足早に部屋を出ました。老人とは思えないしっかりした足取りです。その後を副司祭長があわててついていきます。

 後を追って通路に出ながら、また二人の魔法使いは顔を見合わせました。大司祭長たちの様子は真剣そのものです。かなり重要な何かが中庭に隠されているのだと察します。それを確かめるために、二人は足早に大司祭長たちについていきました。

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