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第10巻「神の都の戦い」

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23.大神殿

 ユリスナイの大神殿は白と灰色の大理石で造られていました。

 つづら折りの道の上には広い階段があり、馬を残して上りきったところに、広い石畳の広場と神殿の入り口があります。広場の中央には大きな丸い泉があって、澄んだ水がこんこんと湧き出し、石畳を切って造った水路を通って階段の中央を流れ下り、黒いつづら折りの道に沿って、丘の下まで流れていました。階段の上から眺めると、水路は空の色を映して、青い長いリボンのように見えます。

 神殿の入り口に扉はありませんでした。高いアーチ状になった柱の間がすべて入り口になっていて、建物の奥へ自由に入っていけるようになっています。柱の一つ一つに見事な彫刻があり、さらにアーチになった柱の上には、色ガラスをはめ込んだ美しい窓がいくつもあります。アーチにアーチを積み重ねたような、独特の形で上へ延びる建物は、下から見上げると、本当に圧倒されるようです。大きさといい、壮麗さといい、彼らがよく知っているロムド城にも負けないほど立派な建物でした。

 

「うっひゃぁ」

 とゼンが思わず声を上げました。

「よくこんな山の上にこんなもんを造ったな。この大理石、このあたりじゃ採れねえ石だろう? 色が全然違うもんな。それをここまで運んで、細工して、積み上げて――これを造ったのは人間なんだろう? 力も技術も限られてるはずなのによ。本当に、よくやったな」

 いくら猟師をしていても、ゼンはドワーフです。石や金属の細工物には自然と目が行くし、そのできばえもある程度は見極められます。今、目の前にある神殿は、気が遠くなるほどの手間をかけて造り上げられた、想像を絶する建築物でした。

 ポポロも緑の瞳を大きく見張っていました。輝く白い神殿の壁を見上げながら言います。

「ものすごい想いを感じるわ……。祈りの想い。天に届くように、太陽の神まで届くように、って……建物自体が言い続けているのよ」

 ゼンがうなずき返しました。

「俺はピランじいちゃんみたいに物の声を聞くことなんかできねえけどよ。でも、この建物の声だけはわかるぞ。祈ってやがる。中にいる人間と一緒になって、空に向かって祈ってるんだ――」

 神様なんかいねえ、そんなのは幻想だ、と言っていたはずのゼンが、大真面目な顔をしていました。神がいるかどうかはともかくとして、神殿に込められた祈りの想いは、圧倒されるほど強く感じていたのです。

 白の魔法使いが言いました。

「このユリスナイの大神殿は、三百年近い歳月をかけて造られたものです。これを完成させるために何千万人という人間がたずさわってきました。むろん魔法使いもいましたが、魔法を使えない普通の人々はそれよりはるかに大勢いました。そして、その大半の人々は、神殿が完成するのを目にすることもなく、老いて亡くなっていったのです。この神殿へそれぞれの祈りの想いを刻みながら。神殿は、確かに建物自体が美しいものですが、それより美しく尊いのは、この神殿を造るためにかけた人々の信仰の想いなのです」

 少年少女たちは何も言わずに大神殿を見上げ続けました。尖塔は高すぎて、間近に立つと逆によく見えなくなります。銀色の屋根は、頭上に差しかかった太陽に溶けているようです――。

 

 メールがふと隣のフルートを見て、驚いた声を出しました。

「あれ、フルート。なんで泣いてるのさ?」

 金の鎧兜の少年は、神殿を見上げたまま涙を流していました。頬の上で二筋の流れが光っています。

「わからない――」

 と少年は頭を振りました。

「自分でも、なんで泣けてくるのかわからないんだ。でも――」

 神殿に込められた祈りの想いは、フルートの胸にも伝わっていました。そして、その奥底で、何かを強く震わせていたのです。悲しいような、切ないような、居ても立ってもいられない気持ちがかき立てられます……。

 空に向かってそびえる神殿は、祈りをはるか彼方の高みへと運んでいくようです。人々の涙と苦しみと切なる願いを載せながら、詠唱は神殿の奥から響き続けています。

 すると、フルートの腕に細い腕がするりと絡みついてきました。ポポロです。泣いているフルートを見上げながら、そっと話しかけてきます。

「中に入りましょう。怪物たちがミコンの周りからいなくなったって知れば、みんなきっと喜ぶわ。教えにいきましょう」

 フルートはポポロを見返しました。小柄な少女が宝石のような瞳で、にっこりと笑いかけてきます。

 すると、青の魔法使いも言いました。

「ちょうど詠唱が終わるところだ。入っていっても差し支えないでしょう。行きますぞ」

 

 

 神殿は入り口自体がいくつもの尖塔の集まりになっていて、それぞれが奥へ続く通路になっていました。中にはいると、通路は天井がとても高く、薄暗い静けさに包まれていました。詠唱の最後の一小節が響いて、天井に吸い込まれるように消えていきます。

 薄暗い空間に光を投げかけているのは、色ガラスをはめ込んだ窓でした。斜めになった壁や天井にいくつも並んでいて、通路に美しい光の模様を映します。それを眺め、窓を見上げながら、メールが言いました。

「あの窓、絵になってるんだね……? なんか、女の人がいるみたいだけど」

「ワン、ステンドグラスですよ」

 とポチが答えました。

「フルートたちが住んでるロムド国の人たちは、みんな学校に行くから文字も読める人が多いけど、世界中には字がわからなくて本も読めない人がたくさんいますからね。そういう人たちにユリスナイの物語を教えるために、ガラスで作った絵を神殿の窓にはめ込んであるんです。こんなに見事なステンドグラスはミコンでしか見られないけれど、もっと小さなものなら、ロムド城の教会にもあったんですよ」

「ユリスナイの物語って、どんな話?」

 とルルが興味を引かれて尋ねました。天井に並ぶガラス絵を熱心に見上げています。

 すると、白の魔法使いが足を止めて、通路の一番手前のステンドグラスを指さしました。

「ここは創始の光の通路と呼ばれる場所で、ユリスナイが世界を作った時の物語を語っています。最初の絵は、ユリスナイが太陽からこの地上に下りてきて、世界に光をもたらした場面です。人々が女神を歓迎してひざまずいているのが見えますか――? その後ろに並んでいるのが、ユリスナイの十二神です。男の神が十人、女の神が二人います。人々は神々の下でなんの心配事も悩み事もない、平和な暮らしをしていました。ユリスナイが人々に知恵と豊かな暮らしももたらしてくださったからです。ところが、やがて人々は互いに憎み、争うようになりました。相手が自分より豊かだと妬み、他人が自分を陥れようとしていると疑い、手に手に武器を取って戦うようになったのです。人の誤った行いは神の怒りを招き、天から巨大な雷が降ってきました。あれがその絵です――。大地は裂け、海は陸を洗い流し、多くの命が死に絶えました。太陽は長く隠れ、地上は闇に包まれたのです。けれども、ユリスナイは慈愛の神です。人が悔い改めたとき、ユリスナイは天の軍勢を率いて闇を追い払い、地上にはまた光が戻りました。その後、ユリスナイと十二神は再び天に戻っていきましたが、神々の教えと知恵は地上に残り続け、今なおこうして我々に大切なことを教え続けているのです――」

 

 白の魔法使いの本来の職業は神官です。高い場所にあるステンドグラスを次々に示しながら聞かせてくれる話も、いわゆる説教と呼ばれる、いかにも神官らしい内容になっていました。小さい頃から教会に通ってきたフルートにはおなじみの物語です。

 シルの町の教会の牧師は、この物語の後、決まってこう締めくくったものでした。

「ですから、皆さんもユリスナイの教えを胸に、正しく生きていくことが大切です。人を妬まず、人を恨まず、ユリスナイが私たち人間を許してくださったように、私たちも他人を許さなくてはなりません。そうして、人々が誰もがユリスナイの教えを守れるようになった時、この世界は光に包まれ、誰もが平和で幸せに暮らせるようになるのです」

 ところが、そんな話を思い出していたフルートに、ふっとゼンの声が重なりました。以前、何かの話の際にゼンが言っていたことを、急に思い出したのです。

「世界中のヤツらを改心させて、光の世界をこの世に実現してデビルドラゴンを追い払う――なぁんて方法は不可能だってことだよな。そんなのは幻想だ」

 フルートは、どきりとして、思わず本当にゼンを振り向いてしまいました。ゼンはメールたちと一緒にステンドグラスを見上げていました。ユリスナイの物語に感動したようには見えませんが、それでも興味深そうにガラスの絵を眺め続けています。

 その時、フルートの隣でポポロがつぶやきました。

「やっぱり不思議……。ユリスナイの物語が違ってるわ……」

「どんなふうに?」

 とフルートが尋ねると、ポポロは黙って首を振りました。その姿は、とても説明しきれないの、と言っているように見えました。

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