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第10巻「神の都の戦い」

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第6章 神の都

22.丘の町

 ミコンを囲む街壁の門がいっぱいに開きました。金に輝く両開きの扉です。その向こうに町の風景が広がります。

 真っ先に目に飛び込んできたのは白い建物の群れでした。屋根の平らな低い家々が、大きな丘の上をぎっしりと埋め尽くしています。家々の間をぬって、黒いつづら折りの道が上へ延びています。丘はミコンを支える岩盤の続きなのですが、建物がすっかり丘をおおっているので、道以外の場所にその黒い色を見ることはできません。

 丘のあちこちには尖塔のある大きな建物がそびえていました。神々を祀(まつ)った神殿です。たくさんの石の柱とガラスを組み合わせた、荘厳な造りをしていて、周りが低い家ばかりなので、どの建物もよく見えます。尖塔が青空に向かって高く高く伸び上がっています。

 そして、丘の頂上にはひときわ大きくて立派な神殿がありました。全体が無数の尖塔の集まりのような、背の高い建物です。塔の屋根が日の光を返して銀に輝き、ミコンの町全体を照らしているように見えます。あれがユリスナイの大神殿です、と白の魔法使いが教えてくれました。

 

 フルートたちが馬を引きながら門の内側に入ると、とたんに、ふわりと暖かい空気に包まれました。まるで春のような陽気です。

「あったけえ! 門の外側と全然違うな!」

 とゼンは驚きました。振り向けば、門の外側の郭には、雪の吹きだまりができた真冬の景色があります。

「ホントにミコンは春の町なんだね。……となったら、もうこんなもん着てらんないよ!」

 とメールは毛皮のコートをばっと脱いで、自分の馬の背中に放り上げてしまいました。下に着ていたのは、花のように色とりどりの袖無しのシャツに、うろこ模様の半ズボンです。身軽になった姿で、うぅん、と大きく伸びをします。

「ああ、せいせいした! 重たくて動きにくいんだもん、ずっと閉口してたんだよね」

「馬鹿野郎、真冬の雪の中でそんな格好していたら、あっという間に凍死するだろうが。それに、そろそろ上着かマントくらい着ろよ」

「なんでさ? あたいはこれで全然寒くないんだよ」

 メールが不思議そうに聞き返すと、ゼンは何故か顔を赤らめて言いました。

「こっちが目のやり場に困るからだ」

 メールの服は体にぴったりしたデザインをしています。着ている少女の体の線が、服を通してもろに見えていたのです。痩せてはいますが、それでもあちこちがふっくらとふくらみを帯びて女らしくなってきた体です。

 あれ、とメールも思わず顔を赤らめ、自分の肩を抱いて、ゼンへ顔をしかめました。

「どこ見てんのさ、すけべ!」

 ゼンは真っ赤になりました。

「おっ――おまえなぁ! もっと自覚しろって言ってんだよ! おまえは女なんだぞ!」

「それがどうしたってのさ! あたいは渦王の鬼姫だよ。変なちょっかい出してくるヤツなんか、ぶっ飛ばしてやる!」

 馬鹿野郎! とゼンがまたどなります。

 フルートが苦笑しながら口をはさみました。

「ぼくもゼンの言うとおりだと思うな……。ここは聖地だから、そんなに変な人たちはいないかもしれないけれど、それでも――たしなみって言うのかな、ある程度の格好はしていたほうがいいと思うな。メールもポポロも、そんなに美人なんだもの。自分の身は自分で守っておかなくちゃね」

 言いながら、自分の緑のマントを外してメールに手渡します。

「とりあえず、これを着ておいでよ。これも重たいって言うなら、後で自分好みのもっと軽いマントを見つけて買えばいい」

 そこまで言われてはメールも逆らえなくて、しぶしぶマントを受けとりました。

「ほぉんと、女になんか生まれてくるもんじゃないね。面倒だったらありゃしない」

 とぶつぶつ言い続けるので、ゼンは渋い顔をしました。

「馬鹿。おまえが女じゃなかったら、俺が困らぁ」

 残念ながら、そのつぶやきはメールの耳には届きませんでした――。

 

 賑やかな少年少女の隣で、二人の魔法使いが町を見回していました。

「人の姿が見当たりませんな」

 と青の魔法使いが言うと、白の魔法使いが答えました。

「だが、詠唱の声は聞こえる。皆、大神殿にいるのだろう」

「この時間帯に? 大礼拝の時間にはまだ間がありますぞ」

「ミコンはデビルドラゴンや闇の怪物に包囲されていた。敵が去ることを皆で願っているのかもしれない」

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 とメールがそこへ口をはさみました。海の姫は気まぐれです。たった今までマントが重いの女は面倒のと文句を言っていたことも忘れて、魔法使いたちに尋ねます。

「大礼拝って何さ? 詠唱って? ポポロが使う魔法の呪文みたいなもん?」

 海の民は神に祈りを捧げることをしないので、メールはそういうことをまったく知らないのです。白の魔法使いが説明をしてくれました。

「このミコンでは一日の間に何度も礼拝が行われております。神殿に集まって司祭の話を聞き、神に祈りを捧げるのですが、時間帯によって礼拝が行われる神殿が違います。このミコンにはユリスナイと十二神すべての神殿が揃っていて、それぞれが違った時間帯に礼拝を執り行うからです。その中でも最も重要とされているのが、朝、昼、夕の一日三回行われる、ユリスナイの大神殿の礼拝で、これを特別に大礼拝と呼びます。集まる信者の数が一番多くて、最も敬虔な祈りが捧げられるからです。詠唱というのは、その時に神に捧げられる、祈りの歌のことなのです」

 へぇ、と感心したのは、他でもないポポロとルルでした。ルルが言います。

「私たちの天空の国でも、そんなにたくさんお祈りはしないわよねぇ、ポポロ? 神殿の司祭様たちなら、一日に何度も祈ると思うけど」

「そうね。なんだかミコンの人たちの方が、ずっと熱心にユリスナイを信じているような気がするわ」

 とポポロも言って、目の前の高みにそびえるユリスナイの大神殿を見上げました。神殿の尖塔から、まぶしい銀の光は降りそそいでいます――。

 

 神殿で歌われる詠唱が、フルートたちの耳にも聞こえるようになっていました。それは歌と言うよりも、旋律に乗せた長い詩のようでした。高い丘の上から低い場所へ、まるで水が流れ落ちてくるように響いてきます。丘の麓に立っていては、ことばの一つ一つを聞き分けることはできません。けれども、その中に含まれる想いのようなものは、はっきりと彼らに伝わってきました。

「ワン、みんな必死で祈ってますね」

 人の感情を匂いでかぎ取ることができる子犬が、鼻をひくひくさせながら言いました。

「助けてください、救ってください、って祈り続けてます。すごく悲しそうだ。それにみんな、とても怖がってますよ」

「町がデビルドラゴンたちに襲われたからだね。たくさんの人が亡くなったし――」

 また自分を責める顔になりかけたフルートの背中を、どん、とゼンがどやしつけました。

「だったら、とっとと神殿に行こうぜ! で、集まってる連中に教えてやろう。ミコンの周りから闇の怪物はいなくなったから、もう大丈夫だ、ってな!」

 ゼンは自己嫌悪になど陥りません。単純なくらい前向きに、真実を言い切ります。

 そこで、一行は馬にまたがると、黒いつづら折りの道を、丘の頂上の大神殿目ざして上り始めました――。

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