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第10巻「神の都の戦い」

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21.撃退

 願い石をよこせ、とお定まりのことばを言って襲いかかってくる闇の怪物へ、フルートは剣をふるいました。ごうっと音を立てて炎の弾が飛び出し、群がる怪物を火に包みます。

 けれども、街壁と街壁の間に広がる郭には、地中から驚くほどたくさんの怪物が姿を現していました。人に似たもの、獣に似たもの、鳥に似たもの、虫に似たもの、海の生き物に似たもの、そのどれにも似て見えないもの。さまざまな姿形と大きさの怪物たちが、黒い体でうごめき、押し合いへし合いしながら、いっせいに人々へ殺到し始めます。

「金ノ――金ノ――金ノ石の勇者――!」

「ドコ――ドコ――ドコだ――?」

「ここにイルと聞いた。勇者はどこにイル?」

「そいつカ?」

「コイツか?」

「あそこにいるのがソウカ?」

 フルートの中の願い石を狙ってくる怪物たちは、あまり頭は良くありません。どれが目的の金の石の勇者か見極められなくて、その場にいる人間たちに片端から襲いかかっていきます。もちろん、フルートにも襲いかかります。

「フルート!」

 とゼンと少女たちが叫びました。フルートを助けに行きたいのですが、現れた怪物があまりに多すぎて身動きが取れません。二人の魔法使いの後ろで守られているのがやっとです。

「来るな!」

 とフルートは叫び返しました。炎の剣をふるって怪物を倒します。けれども、いくら切っても燃やしても、怪物はまったく減りません。後から後から湧いてくるように、地面の中から這い出してきます。数は逆に増えるばかりです。

 フルートは突進を試みました。怪物を片っ端から切り払って、金の石の所まで行こうとしましたが、やはりその行く手を闇の怪物がふさぎました。フルートに向かって無数の触手を伸ばしてきます――。

 「ワン、フルート!」

 空から風の犬のポチが飛び下りてきました。一緒にルルもやって来て、フルートに絡みつこうとした触手を切り払います。その隙にポチがフルートを拾い上げて舞い上がります。

「無駄ダ」

 と空で羽ばたくデビルドラゴンが言いました。

「オマエタチハモウ逃ゲラレナイ。ココデ死ヌノダ、金ノ石ノ勇者」

 フルートは青ざめて地上を見ました。郭の中には数え切れないほどの怪物がひしめき合っています。地面に落ちた金の石がどこにあるのか、見つけることができません。

 デビルドラゴンの体から、また影の犬が生み出されてきました。空のフルートに襲いかかってきます。ルルが長い体をひらめかせ、風の刃で切り裂きます。けれども、影の犬も尽きることなく現れてきます。空も地上と同様に、闇の怪物でいっぱいになってしまいます――。

 影の竜の中でまた黒い光が集まり始めました。次第に濃く鋭くなって、闇の稲妻に変わっていきます。

 地上でポポロが叫んでいました。

「逃げて、フルート! 稲妻を食らうわ――!」

 フルートは青ざめたままデビルドラゴンを見ました。竜はいつの間にか赤い眼を開いてフルートを見据えていました。その同じ眼が、地上にかたまる仲間たちも見ています。フルートが逃げれば、代わりに彼らを攻撃するつもりでいるのです。

 フルートは、ぎりっと歯ぎしりをしました。また地上をにらみつけると、ふいに声を張り上げます。

「金の石! 金の石――!!」

 

 すると、地上ではなく、空を飛んでいるフルートのすぐそばに淡い光がわき起こり、黄金の髪と瞳の少年が姿を現しました。

「なに、フルート?」

 金の石の精霊です。フルートは言いました。

「助けてくれ! このままじゃ、みんな怪物や稲妻にやられてしまうよ!」

「ぼくは君の手元にないのに?」

 と精霊が言いました。相変わらず、どんな場面でも冷静さは崩しません。フルートは必死で言い続けました。

「君の本体がどこにあるのか見えないんだ! 君はぼくと離れていたって力を発揮できるじゃないか! 頼むよ!」

 影の竜の中で闇の稲妻はどんどんふくれあがっています。闇の怪物の大群は魔法使いやゼンたちを門の前へ追い詰めています。逃げられずにいる仲間たちを見て、フルートはいっそう焦りました。金の石! とまた叫んでしまいます。

 精霊の少年は腰に両手を当てると、やれやれ、と黄金の髪の頭を振りました。

「本当に君は無茶な注文ばかりする……。しかたない、やってあげるよ」

 淡い光の中に精霊の姿が見えなくなったと思ったとたん、地上で突然強い光がわき起こりました。目もくらむような金の光です。たちまち周囲に広がり、群がる怪物を照らします。光を浴びた怪物は、熱せられた蝋細工のように溶け出しました。たちまち郭中が怪物の悲鳴でいっぱいになります。

 消滅していく怪物たちの中から、金の石が姿を現しました。まばゆい光を四方八方に放ち、ますます明るくなっていきます。空も、地上も、ミコンの街壁も、至るところが金に輝きだし、きらめきに包まれていきます。怪物たちの絶叫がさらに大きくなります。その中には、デビルドラゴンの咆吼も混じっていました。

 オオォー……オオォォォーー……

 うなる声が吹きすぎる風のように遠ざかっていきます。

 

 

 光が吸い込まれるように消えていったとき、郭にはもう闇の怪物は一匹も残っていませんでした。影の犬もいません。デビルドラゴンは姿を消し、頭上には青い空だけが広がっていました。

 地面の上に金の石のペンダントがぽつんと残っていました。強い光はおさまって、また穏やかな金色に輝いています。フルートはそこに舞い下りていって、ペンダントを拾い上げました。

「ありがとう、金の石」

 けれども、無理な注文をされてすねたのか、石の精霊は何も返事をしませんでした。またたき返すことさえしません。

 そこへ仲間たちが駆けつけてきました。

「よう、やったな!」

「相変わらず頼りになるね、金の石は!」

 とゼンとメールが話しかけてきます。フルートはちょっと笑って、ペンダントの鎖を首にかけました。金の石を鎧の内側へ大切にしまいます。

 

 すると、犬の姿に戻ったポチが言いました。

「ワン、それにしても驚きましたね。デビルドラゴンがあんなに直接攻撃してくるなんて、思いもしませんでしたよ」

「そうね。今までは自分では何もできなくて、攻撃は人にやらせてばかりいたのに……」

 とポポロも考え込む顔をします。ルルがそれに答えました。

「デビルドラゴンだって自分で攻撃することはあるのよ。依り代にした相手から、ものすごい憎悪と闇の力を受けとることができた時。私が魔王になってしまった時みたいにね……」

「ワン、ルルったら」

 ポチは鼻面をルルの横腹に押し当てました。つらく悲しい匂いをさせている雌犬を、そっとなめてやります。

「ぼくはそれよりデビルドラゴンが姿を現したことの方に驚いたな」

 とフルートが言いました。

「魔王が生まれてきたとき、デビルドラゴンはその魔王に取り憑いている。だから、魔王が負けるまではずっとその中にいて、姿は現さないものだと思っていたんだけどな」

「ホント、今回は誰が魔王にされてるんだろうね?」

 とメールが言いましたが、その疑問に答えられる者は誰もいませんでした。

 一同はなんとなく沈黙になりました。デビルドラゴンは追い払われ、闇の怪物たちも消えていきました。けれども、完全に闇を追い払ったわけではありません。この世界のどこかには、デビルドラゴンを内に宿した魔王がいて、やっぱり今も彼らと世界を狙い続けているのです――。

 

 そこへ二人の魔法使いが近づいてきました。少年少女たちに一礼してから、白の魔法使いが言います。

「かの影の竜は、かなり前からこの場所で待ち伏せをしていたようです。地中にずっと闇の怪物を潜ませていた痕がありました。我々がミコンを訪れると知って、準備をしていたのでしょう」

「そのためにここで戦いが起きて――たくさんの方が亡くなったんですね」

 とフルートはつらそうな顔になりました。自分たちのせいでミコンが襲撃されたのだと痛感してしまったのです。ポポロが心配そうにそれを見上げます。

 すると、急にゼンがフルートの頭を殴りました。

「ったく。責任感じてんじゃねえよ、この馬鹿! ミコンにデビルドラゴンを連れてきたのは俺たちじゃねえぞ。怪物だって俺たちが呼んだわけじゃねえ。こっちはヤツらに命を狙われてる被害者なんだ。俺たちが悪かったなんてことは、絶対にねえんだよ!」

「ゼン殿の言うとおりですな」

 と青の魔法使いもうなずきました。手にはまたこぶだらけのクルミの杖を握っています。

「我々がミコン入りしては、あの竜には都合が悪かった。おそらく、自分を倒されるかもしれないと考えたのでしょう。それで、こんなに大がかりな待ち伏せをしたのです。ここに奴を倒す手がかりがあると、あの竜が自分で認めているのですぞ」

 フルートは黙ってゼンと青の魔法使いを見ました。なんだか泣き出しそうな顔をしています。頭ではわかっていても、心がどうしても割り切れなくて、やっぱりミコンに責任を感じてしまっているのです。

「もう、フルートったら。ホントに優しすぎるんだからなぁ!」

 とメールがあきれたように言います。

 

 

 その時です。

 彼らのすぐ近くから、突然声が聞こえてきました。

「光の聖地、神の都、巡礼者たちの喜びと慰めの城、ミコンへようこそ。皆様方の上に、ユリスナイの恵みと輝きが限りなくありますように――」

 美しい女性の声ですが、人の姿は見当たりません。驚いてあたりを見回す少年少女たちに、白の魔法使いが笑って指さしました。

「あれがしゃべったのですよ、皆様方。ミコンの門が巡礼者を出迎える、歓迎の詩(うた)です」

 今まで固く閉じていた内門の金の扉が、一同の目の前でゆっくりと開いていくところでした。少しずつ広がっていく扉の隙間から、町の景色が見え始めます。

「門の外に敵がいなくなったので、施錠の呪文がすべて解けたのですな。これで中に入れる」

 と青の魔法使いも笑顔になります。

 立ちつくし、茫然とする少年少女の前で、金の門は大きく扉を開いていきました――。

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