「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第10巻「神の都の戦い」

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20.待ち伏せ

 「デビルドラゴン!?」

 とフルートたちは思わず叫びました。闇の権化の影の竜。フルートたちの宿敵です。四枚の翼で羽ばたきを繰り返しながら、彼らの頭上に浮いています。

 すると、地の底から這い上がってくるような声が聞こえてきました。

「カカッタナ、勇者タチ。ドレホド姿ガ見エナクナッテモ、必ズココニ来ルト思ッタノダ。オマエタチヲみこんニ入ラセルモノカ。全員ココデ死ヌガイイ――」

 それと同時に、空からいきなり大きな稲妻が降ってきました。門の前に集まる者たちを直撃します。

 ところが、稲妻は全員に触れる前に弾けて消えました。白と青の魔法使いが杖を高く差し上げています。白の魔法使いが竜にさらに杖を突きつけて言います。

「ユリスナイの御名によって命じる。退散せよ、闇の竜!」

 青の魔法使いもこぶだらけの杖を上げて、一緒に竜をにらみつけます。

 すると、闇の竜が笑いました。

「愚カナリ、人間。ソレッポッチノチカラデ、我ヲ追イ払エルと思ッテイルノカ」

 とたんに、今度は魔法使いたちの前で光が弾けました。杖が発した魔法を返されたのです。跳ね返ってきた自分たちの魔法に打ちのめされて魔法使いたちが倒れ、フルートやゼンやメールも地面に弾き飛ばされます。馬たちが激しい風にあおられたように大きく後ずさります。

 そこへまた竜の笑い声が響きました。

「他愛モナイ。オマエタチヲ倒スノガ、コンナニ簡単ナコトダッタトハナ」

 空にまた黒い光が現れました。デビルドラゴンの影の体の中です。黒い稲妻になって、地上の者たちを一気に打ち砕こうとします――。

 

 すると、澄んだ少女の声が響きました。

「セエカ!」

 ポポロがいつの間にか倒れた仲間たちの前に立っていました。華奢な腕をいっぱいに伸ばしてデビルドラゴンに向けています。その指先から緑の星が散ります。

 とたんに、黒い稲妻が空で破裂しました。猛烈な風が巻き起こり、影の竜をねじるように揺らめかせ、地上に吹きつけてきます。焦げた土が掘り返されたように吹き上げられ、家畜の死体が飛ばされていきます。

 きゃっ、とポポロは顔色を変えました。魔法でデビルドラゴンの闇の稲妻を返したのですが、その反動で、あたり一帯をなぎ払ってしまったのです。あわてて仲間たちを振り返ると、フルートを中心にして、淡い金の光が彼らを包んでいました。真っ青になっているポポロを見て、フルートがほほえみます。

「大丈夫だよ。金の石が守ってくれたから」

 

「ヤハリ、オマエガ邪魔ヲスルカ、ぽぽろ」

 とデビルドラゴンが羽ばたきながら言いました。よじれた影の体はまた元に戻ってしまっています。空の大半をおおってしまうほど巨大な姿です。

「ダガ、オマエハ今日ノ魔法ヲ二度トモ使イ切ッテシマッタハズダ。コレデモウ、我ヲ防グコトハデキナイ。今度コソ死ヌガイイ――」

 再び空に闇の力が集まっていく気配がしました。ポポロが青ざめます。白と青の魔法使いは杖を握ったまま動けません。空にふくれあがっていく闇魔法は強大で、とても彼らの魔力では防ぎきれなかったのです。

 すると、フルートが地面から跳ね起きました。ゼンの腕を治すために握っていた金のペンダントを空に向けて叫びます。

「金の――!」

 金の石! とフルートは呼ぼうとしました。そうすれば、ペンダントの中央で石はまばゆく輝き、空に浮かぶ闇の怪物を照らすはずでした。その光でも、悪の権化であるデビルドラゴンを消滅させることはできません。この世に闇の想いがある限り、デビルドラゴンも存在し続けるからです。でも、この場所から竜を追い払うことはできます――。

 

 ところが、突然黒い小石のようなものが飛んできて、フルートの手元にぶつかりました。ペンダントがフルートの手を離れて、地面に落ちます。

 すると、黒い石つぶてが中で身をひるがえして戻ってきました。ペンダントに急降下して、すくい上げます。

 それは石ではなく一羽の鳥でした。全身真っ黒な羽根でおおわれた小さな鳩です。くちばしの間にペンダントの鎖をくわえて、まっすぐデビルドラゴンの方へ飛んでいきます。

「金の石!」

 とフルートは声を上げました。ペンダントを奪った鳩は頭上高く舞い上がっています。もう手が届きません。

 ワン、とポチがほえて馬上の籠から飛び出しました。一瞬で風の犬に変身して、鳩に向かっていきます。

 すると、それを追い越して一本の矢が飛んでいきました。狙い違うことなく、黒い鳩の胸を貫きます。チーッと悲鳴を上げて鳩が空から落ちるのを見て、ゼンが声を上げました。

「へっ! 見たか、真っ黒野郎!」

 その手の中では百発百中のエルフの弓が震えていました。

 

 ポチは急降下しました。死んで落ちていく鳩からペンダントを奪い返そうとします。

 すると、その体にいきなり黒いものが絡みつきました。ポチの肩口に、いきなり牙を突き立ててきます。キャン! とポチは思わず悲鳴を上げて驚きました。風の犬になっている自分に攻撃をしかけてきたのは何者だろう、と見直します

 それは黒い風の犬でした。巨大な蛇のような体の先に、犬の頭と前足がありますが、頭に目や鼻は見えません。体は実体のない影でできています。それなのに、その攻撃はポチの体をまともに傷つけるのです。

「影の犬だわ!」

 とルルが叫びました。自分も風の犬に変身して空に舞い上がると、ポチに向かって飛んでいき、絡みついている影の犬を切り捨てます。

「ワン、ありがとう、ルル――」

 礼を言うポチにルルは鋭く言いました。

「油断しないで! 影の犬は前にも会ったことがあるでしょう? デビルドラゴンの体から直接生み出されてくるのよ。まだまだ来るわよ!」

 そのことばの通り、闇の竜の中から次々と黒い犬が飛び出していました。全身真っ黒で実体を持たない影の犬です。うなりを上げながら飛んできて、空のポチやルルに襲いかかってきます。地上の人々にも急降下していきます。

「こんちくしょう!」

 ゼンはエルフの矢を続けざまに放ちましたが、矢は犬の影の体をすり抜けてしまいます。黒い風の犬に飛びかかられて、メールが悲鳴を上げました。相手は影です。押し返すことができません――。

 

 すると、白の魔法使いが杖を突きつけました。今まさにメールに食いつこうとしていた影の犬が、ばっと霧散します。さらにポポロに襲いかかろうとしていた犬も弾き飛ばします。

 青の魔法使いも影の犬を次々となぎ払っていました。杖を振るたびに、見えない大きな手が動いたように、影の犬が空から払いのけられます。

 ところが、一頭の影の犬が後ろから迫って、こぶだらけの杖に食いつきました。青の魔法使いから杖を奪おうとします。それを取り返そうとして青の魔法使いの攻撃が止まると、空の黒い犬たちがいっせいに舞い下りてきました。ひげ面の大男へ襲いかかっていきます。

 すると、いきなり青の魔法使いが自分の杖を手放しました。影の犬が奪い去るのを無視して、両手を拳に握り、胸の前で交差させます。格闘家が敵と戦うときの構えですが、群がってくる影の犬相手には、あまりに非力に見えます――。

「青さん!?」

 ポポロやメールが思わず声を上げると、青の魔法使いが動き出しました。大きな手で目の前の影の犬を捕まえ、気合いもろとも地面にたたきつけてしまいます。

「はあっ!」

 とたんに、ばぁん、と犬が破裂しました。たちまち影が薄れて消えていきます。

 青の魔法使いはすぐさま跳ね起き、次の犬を殴り飛ばしました。触れることができないはずの影の犬が吹き飛び、地面に落ちます。大男が飛びかかってまた殴りつけると、その拳の下で犬が破裂して消えます……。

 ひゅう、とゼンは思わず口笛を鳴らしました。

「魔法の力業かよ。初めて見たぜ」

 すると、青の魔法使いがにやりとしました。

「なにしろ私は武僧ですからな。実はこういう戦い方の方が得意なのです」

 影の犬を次々に殴り飛ばす肩や腕に、岩のような筋肉が盛り上がっているのが、青い衣の上からもはっきり見えていました。

 

 そんな戦いの中、フルートは走っていました。行く手の地面の上で黒い鳩が死んで転がっています。くちばしに金の石のペンダントをくわえたままです。フルートはそれに飛びついて拾い上げようとしました。彼らの頭上で、デビルドラゴンはまだ羽ばたき続けています。

 すると、その目の前で、ぼこりと音を立てて地面が盛り上がりました。土を跳ね飛ばして、何かが姿を現してきます。

 同時に、不気味な声が聞こえてきました。

「キ、シ、シィ……見つけタァァ……」

 フルートはぎょっと飛びのきました。地面から真っ黒な生き物が姿を現してきます。カニかエビに似て見えますが、もっと気味の悪い姿をしています。闇の怪物です。

 フルートは、とっさに背中から炎の剣を抜いて身構えました。その間にも、黒いカニは地面から次々と姿を現し、あっという間にあたりは数十匹の怪物でいっぱいになります。キシ、シ、シィ、ときしむような笑い声が響きます。

「見つけタ、見つけタ、金の石の勇者……願イ石をよこセェェ……」

 闇の怪物たちはいっせいにそう言いました――。

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