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第10巻「神の都の戦い」

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19.金の門

 「さあ、そろそろミコンに行こう」

 とフルートが山の頂上の町を見上げながら言いました。ミコンは神の都の名にふさわしく、高く輝かしくそびえています。

「ワン、南山脈を闇の怪物や魔王が襲っていたけど、ここまでは来なかったみたいですね。良かったけど、どうやって町に入ったらいいんだろう?」

 とポチが言います。聖地はは高い黒い岩壁の上にあります。よじ登ることもできないような絶壁です。

「こちら側は急ですが、反対側はもっとなだらかで、そちらに都への道があります。まいりましょう」

 と言って白の魔法使いが馬にまたがりました。他の者たちも馬に乗り、後について進み出します。

 

 雪の積もった斜面を上りながら、メールがポポロに尋ねました。

「魔王はどう? もう攻撃してこないかい?」

「うん。光の通り道をくぐってここに出たから、あたしたちを見失ったみたいね。さっきから闇の気配は感じてないわ……」

 ゼンの方は二人の魔法使い相手に話をしていました。

「ミコンの町の連中は、こんな高い山の上で、どうやって生活してるんだよ? こんな場所じゃ獲物を捕るのも畑を作るのも難しいだろうが」

 ゼン自身も北の峰と呼ばれる山に住んでいます。頂上では万年雪が消えないような高山だけに、山の上の気候の厳しさはよく知っているのです。

 青の魔法使いがそれに答えました。

「ミコンは聖なる魔法に守られた都です。ここはまだ魔法の外ですが、都は二重の街壁に囲まれていて、その内側はいつも春のような気候なのです。そこに牧場や畑がありましてな、牛や羊や豚が飼われているし、麦や野菜やブドウも作られております。それに、巡礼者は絶えることがないので、麓からの物資も毎日のように届きます。これだけの山の上ですが、ミコンの住人はまったく不自由なく暮らしておるのですよ」

 へぇ、と少年少女たちは感心しました。確かに、この聖地は都としてもかなりの規模と力を持っているようでした。

 

 一行はさらに進み続けました。黒い絶壁の下を回って向こう側へ出ると、話の通り、そちらはもっとなだらかな斜面になっていて、岩の上に通路が開かれていました。つづら折りの道が頂上の都まで続いていて、道の端には金色の鎖が張り渡してあります。歩いてきた巡礼者が、そこにつかまって登っていけるようになっているのです。黒い岩壁に延びる金の鎖が、吹き上げてくる風にきらめきながら揺れています。

「これ、本物の金じゃねえかよ! よく盗まれねえな!」

 とゼンが鎖を見て驚いたので、白の魔法使いが笑って答えました。

「ここは神の都です。そのような邪(よこしま)な気持ちの者はおりませんし、いても、すぐにユリスナイに罰せられます」

 はぁ、すごいなぁ、と少年少女たちはまた感心しました。聖なる都には驚かされることばかりです。

 

 

 ところが、岩場の道を上りきって都の門にたどりついたとたん、一行は、あっと声を上げました。

 白い長い石壁の正面に大きな金の門があります。門は大きく開け放たれていましたが、その向こう側に異様な光景が広がっていたのです。真っ黒に焼け焦げた畑や牧場です。

「何事だ、これは!?」

「襲撃された痕ですぞ!」

 と二人の魔法使いが仰天します。

 門の内側にも道は延びていて、数百メートル先に第二の門があり、その両側にまた白い石壁があります。この街壁と街壁に囲まれた間を郭(くるわ)と呼ぶのですが、そこに広がる牧場や畑が焼き討ちにあったように黒くなっていました。牛や豚の死体が、至るところにごろごろしています。焼け死んだのではなく、何かに食い殺されたような様子です。

 くんくん、とポチが鼻面を上げました。

「ワン、中から血の臭いがしますよ。すごくたくさんの血が流れたんだ」

「魔法の匂いもするわ。聖なる魔法の匂い。闇の匂いも残ってるわよ」

 とルルも言います。

 ポポロは真っ青になって、両手で口をおおっていました。目の前に広がるのは、間違いなく聖なる魔法使いたちが闇と戦った痕です。それなのに、ここに来るまで、ポポロはその気配にまったく気がつかなかったのです。

 ゼンがあたりをにらみつけながら言いました。

「外から全然見えてなかったじゃねえか。どうしてだよ?」

 焼けこげた景色の中に人の姿は見当たりません……。

 

 フルートは用心しながら馬を門の内側へ進めました。とたんに、焦げ臭さと血生臭さが鼻をつきます。本当に、郭の中に一歩入ったとたん匂ってきたのです。フルートは眉をひそめました。

「街壁がさえぎってたんだ……。中の気配を閉じこめてて、外に出さなかったんだよ」

「ここ、いやに寒いよ」

 とメールがフルートに馬を並べて言いました。やはり緊張した顔であたりを見回しています。

「ミコンは常春の町って話だろ。なのに、街壁の外と同じ、真冬の風が吹いてるじゃないのさ」

 黒こげになった郭のそこここには、白い雪だまりができていました。雪も降ったのです。

 白の魔法使いが言いました。

「守りの魔法がほころびております。完全に失われているわけではないので、中の気配を外に出していなかったのですが、寒さを防ぐ魔法は消滅しています。闇を打ち消す魔法も……」

 白の魔法使いはことばを切って行く手の第二の街壁を見ました。そこにも金の門はあって、そちらはぴったりと閉じられています。

「あちらの守りの魔法は無事のようですな」

 と青の魔法使いが言いました。魔法使いたちの目は、そこにかけられた魔法がどんな状態なのか見て知ることができます。

 白の魔法使いがまた口を開きました。厳しい声で言います。

「ミコンは本当にデビルドラゴンや魔王の襲撃をうけたのだ。多くの神官たちがここで戦って死んだのは、見ればわかる……。撃退した後、第二の門を閉じて、中に立てこもったのだ」

 それを聞いて、フルートはぎゅっと手綱を握りしめました。郭の景色を見渡します。黒く焦げた畑、牧場、燃えて倒れた木々……死んで骨になった獣たち、どこからともなく漂ってくる、むっとするような血の臭い……

 その奥にそびえる金の門を見ながら、フルートは言いました。

「行きましょう。町の様子を確かめなくちゃ」

 痛みをこらえるような声でした。

 

 第二の門は両開きの扉になっていました。見上げるような高さです。その両側には高い石壁が伸びていて、その上からたくさんの尖塔の屋根が見えています。町の中の様子はわかりません。

 門には鍵もかんぬきも見当たりませんでしたが、白の魔法使いは眉をひそめて言いました。

「かなり複雑な魔法をかけたな……。施錠の魔法が何重にも組み合わされている」

「これをほどいて扉を開けるのは骨が折れますな。時間がかかりそうだ」

 と青の魔法使いも渋い顔で顎ひげをなでます。

「ワン。ぼくたちが風の犬になって、みんなを中まで運びましょうか?」

 とポチが尋ねると、ポポロが首を振りました。

「無理よ……。みんなの目には見えないでしょうけど、魔法の壁がずっと都全体をおおっているの。どこにも入り口はないわ。この門の呪文を解いて入るしかないのよ」

 とたんに、ゼンが黒星から飛び下りました。

「ったく、そんなまどろっこしいこと、やってられるかよ!」

 と門に駆け寄り、扉に両手を当てて力任せに押し開けようとします。

 

 その時、金に輝く門の中で何かがうごめいたのを、ポポロは見ました。一枚板の扉です。隙間も穴も開いてはいないのに、その奥で何かが急に動き出すのを感じます。それは暗く冷たい闇の気配です――。

 ポポロは悲鳴のように叫びました。

「離れて、ゼン!」

 とたんに、金の門の中から黒い影が這い出してきました。細い長虫のようにするすると伸びて、門を押し開けようとしていたゼンの手から腕へと絡みついていきます。

「ゼン!」

 フルートは驚きました。闇の怪物――実態のない影の虫です。

「この、放せ!」

 ゼンは影を払い落とそうとしましたが、虫はからみついたまま離れません。同じような影の虫が次々と扉から這い出し、うねうねと延びてきます。

 白と青の魔法使いが前に飛び出してきました。手に杖を握っています。

「影虫です!」

「勇者殿、お下がりを! 撃破します!」

 とたんに、ゼンの腕から影が吹き飛んで粉々になりました。門から延びていた虫たちも木っ端みじんになって消えていきます。

「ゼン!」

 フルートとメールとポポロは馬から飛び下りて駆け寄りました。影虫に絡みつかれたゼンの手と腕が、紫色に腫れ上がっていたのです。痛みに腕が動かせなくて、ゼンが顔を歪めています。フルートはペンダントを外して金の石を押し当てました。ゼンの腕がたちまち元通りになります――。

 

「門の中に闇の虫がいて、誰かが外から開けようとすると目を覚ますようになっていたのよ」

 とポポロが言いました。その顔は青ざめています。闇の虫は聖なる魔法をかけた門に潜んでいました。魔法使いのポポロには、門が聖なる光で輝いているのがわかります。その中に闇が潜んでいたことが信じられなかったのです。

「光の裏側に影虫が潜ませてありました。このような攻撃は初めてです」

「いったい何者がこんなことを」

 と二人の魔法使いたちも驚いた顔をしていました。それほど、通常では考えられない罠だったのです。

 

 すると、彼らの頭上で、ばさりと大きな音がしました。何かが彼らの上で羽ばたきをしています。

 フルートは、ぞくりとしました。振り向くように空を見ます。他の仲間たちがそれに続きます。

 彼らの頭上の青空が、いつの間にか黒い影でおおわれていました。まるで夕暮れのように暗くなった空から、冷たい風が、どっと吹きつけてきます。影がいっそう濃くなったように見えます。

 その影は、四枚の翼を持った巨大な竜の形をしていました――。

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