神の都と呼ばれるミコンは、白い石壁に囲まれながら、山の頂上にそびえていました。高い山の上からさらに高く尖塔がそそり立つ町は、空に少しでも近づこうとしているように見えます。
白の魔法使いが厳か(おごそか)な声でフルートたちに話していました。
「ミコンは光の女神ユリスナイに捧げられた町です。女神の象徴は太陽なので、ミコンは太陽に少しでも近い場所にいられるようにと、南山脈でも一番高い山の上に作られました。町の中で一番高くそびえているあの塔は、ユリスナイの大神殿です。あの中に入って祈れば、その祈りは太陽のユリスナイまでまっすぐ届くと言われています」
「へぇ。つまりユリスナイは太陽の神様なんだ」
とメールが感心したように言いました。彼女たち海の民は、何かを神に見立てるということをしません。海は海だし、太陽は太陽なので、それを神にして祈るという話が珍しかったのです。
すると、ポポロがちょっと首をひねりました。
「やっぱり不思議……。前にも話したけれど、あたしたちがいる天空の国では、ユリスナイが太陽だなんて言わないのよ……。その代わり、ユリスナイの聖なる力はすべてに宿る、ってよく言われるの。その力を引き出して魔法を使いなさい、って。ユリスナイはあたしたちの光の魔法の源なのよ」
「ふぅん?」
とフルートも首をかしげました。ユリスナイが太陽だというのは、フルートも小さい頃から教会で何度も聞かされてきた話です。同じ神様が人間の世界と天空の国とで微妙に違っていることに、何故だろう、と考えてしまいます。
すると、白の魔法使いが続けました。
「ミコンでは天空の国の存在もよく知られています。この世界を守る、天使のようにすばらしい魔法使いたちが住んでいる国、と言われているのです」
「まあ、それは当たっているわね――」
とルルが答えました。
「天空の国の人たちは全員が魔法使いだし、その中でも特に魔力が強い人たちが貴族になって、時々地上に下りるのよ。天空王様がいつも地上を見守っていて、助けを求めている人たちの所へ貴族を遣わされるから。ポポロもそんな貴族の一人だし、私たち風の犬は貴族を地上に運ぶのが役目なのよ」
「ワン、ぼくのお父さんもそういう風の犬だったそうです」
とポチが尻尾を振りながら口をはさみました。ポチの首の周りにある風の首輪は、天空の国の貴族を地上に運び、主人を守って死んだという父の形見です。
すると、ポポロが、でも……と言いました。
「天使たちのような、って言われても、なんだかピンと来ないわ……。あたしたちは天使なんて知らないの。地上に来てからよ。天使ってものを聞いたのは」
「俺たちドワーフも天使なんか知らねえなぁ」
とゼンが口をはさみました。
「まあ、俺はじいちゃんや父ちゃんから聞いてたから、人間が天使を信じてるのは知ってたけどよ、洞窟のドワーフの連中は全然知らねえぞ。天使は死んだヤツの魂を天国に運ぶ、って言うんだろう? 俺たちドワーフの間では、死んだヤツは地下に行くって言われてるんだ。黄泉の門をくぐった後、男の魂は鍛冶の神の仕事場に連れていかれて、神の鍛冶打ちの手伝いをする。女の魂は大地の女神に連れていかれて、女神の仕事の手伝いをする――ってな。どっちにしたって死んでも仕事させられるんだけど、ドワーフはみんな仕事好きだからな。それが最高に幸せってことになってるぜ」
「なんだか、ゼンはあんまり信じてないような口ぶりねぇ」
とルルが茶化すように言うと、ゼンは憮然としました。
「当たり前だ。俺は猟師だぞ。死んで鍛冶場に連れていかれたって、全然嬉しくなんかねえよ」
いかにもゼンらしい言いように、仲間たちは思わず笑ってしまいました。
「ひょっとすると、天使というのは天空の国の貴族のことなのかもしれないね」
とフルートが考えながら言いました。
「ぼくは以前、風の犬のルルに乗って来たポポロが天使に見えたことがあるんだ。本当に翼まで見えた気がしたよ……。あんなふうに、天空の国の貴族が天使に見えた人は、たくさんいたのかもしれないよね。だからじゃないのかな。天空の国に天使の話がないのは。だって、天使ってのは自分たちのことなんだから」
すると、ポチが同じように考えながら続けました。
「ワン、それだとゼンたちの方も納得できますよ。ゼンたちドワーフは地下の洞窟に住んでいますからね。空に面してないから、天空の国から貴族が飛んでくることがなくて、天使の話がないんだ、きっと」
「なんか差をつけられてる気がするぞ、地上の連中と」
とゼンがいっそう憮然とします。ドワーフの世界に天使の話がないのはまったく気になりませんが、天空の国の貴族がドワーフを助けに来ないというのは、なんだか、えこひいきされているような気がしたのです。
「しょうがないじゃない。あなたたちは地下の民なんだもの」
とルルが言えば、ポポロもすまなそうな顔になりました。
「あたしたち天空の貴族は、空と地上のことしか助けに行けないのよ……。地下や海は、天空王様の管轄じゃないから」
「そういえば、天空王自身もおっしゃっていたよね。自分はいろいろな制約の下に縛られているんだ、って。だから、約束された場所以外には下りていけないし、海も地下も自分の管轄じゃないから関わることができない、何が起きているか見ることさえできないんだ、って」
とフルートが言いました。光そのもののような白銀の髪とひげの王を思い出します。
すると、メールが言いました。
「でも、天空の民はあたいたち海の民の友だちだよ。あたいたちが困ったときに呼べば、いつだって天空王や天空の民は助けてくれるんだ」
実際、謎の海の戦いの時には、そうやって天空王たちが海を救いに来てくれたのです。海の姫は、まだ憮然としているゼンの背中をばん、と勢いよくたたきました。
「呼びさえすれば、ポポロたちはゼンたちのことだって助けてくれるってば! あの天空王だよ? ドワーフだけ別格だ、なんて言うわけないじゃないか!」
うんうん、とポポロとルルが大きくうなずきます。
そんな少年少女たちの話を、白と青の二人の魔法使いは半ばあきれながら聞いていました。
「実に奇妙というか――今まで聞いたこともなかったような話ですな」
と言う青の魔法使いに、白の魔法使いがうなずきます。
「まったく、大胆で革新的な天使論だ。神殿の司祭たちが聞いたら目を回すだろうな。天使を侮辱している! とすごい剣幕で怒り出すかもしれない」
「あんたたち聖職者って、天使をどんな風に考えてるわけ?」
とメールが聞き返すと、青の魔法使いが答えました。
「我々にとって天使は天使ですな。ユリスナイの意志を受けて天から遣わされてくる、聖なる守護者です。ユリスナイの下に十二神がいるように、四人の大天使の下に二十四人の中天使がいて、さらにその下に大勢の普通の天使たちがいます。通常は普通の天使が来るんですが、尊い人物や重要な場面には中天使や大天使が現れるのです」
とたんにゼンが声を上げました。
「中天使に大天使? なんだそりゃ! 天使の世界まで貴族みたいな階級制なのかよ。だいたい、偉いヤツには偉い天使が来て、普通のヤツには普通の天使だなんて、露骨な差別じゃねえか。神様とか天使ってのは誰にでも公平なはずだろうが」
いや、それはそういう意味では――と魔法使いたちは説明しようとしましたが、ドワーフのゼンは耳を貸しません。
「天使にまで格付けするなんてよ! ったく、二言目にはあいつより上だの下だのって喧嘩ばかりしてる人間らしいぜ!」
吐き捨てるように言われて、二人の魔法使いは思わず返事に詰まりました。天使の階級はそういうものではないのだ、と言おうとしたのですが、心のどこかで、ぎくりとさせられるものがあったのです。
天使は天空の国の貴族かもしれない、海の民も地下の民も呼べばいつだって助けてもらえるんだよ、と少年少女たちは無邪気なほどに言い切ります。本当に「それ」を知っている者たちが持つ強さです。天使の階級はどうで、その役目はこうで、と見たこともないはずの天使について大激論を戦わせる、神殿の司祭や僧侶たちを思い出してしまいます。
日の光は勇者の少年少女たちにも降りそそいでいます。金の鎧兜や青い胸当てが明るく輝きます。二人の魔法使いたちは、そのまばゆさに、ふと目を細めました――。