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第10巻「神の都の戦い」

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16.光の通り道

 山道に立ったり座り込んだりしている少年少女たちに、白の魔法使いが話しかけてきました。

「よもや魔王が関わってくるとは思ってもおりませんでした。皆様方にお怪我がなくてなによりです――」

 けれども、そう言う女神官自身は、痩せた顔に大きな傷を負っていました。火傷をしたような痛々しい痕です。結い上げた金髪も半ばほどけて、顔の上にほつれかかっています。青の魔法使いは太い杖を持った右手で左腕をかばうように抱いていました。左腕はまったく動きません。闇の魔法で地面にたたきつけられ時に、こちらも怪我をしたのです。ポポロだけは星空の衣に守られたのか無傷でした。

 犬に戻っていたルルが、あきれたように言いました。

「あなたたちの方が大変じゃないの! フルート、早く治してあげなさいよ!」

 フルートは大急ぎで首からペンダントを外しているところでした。金の石を二人の魔法使いに押し当てると、その顔や腕からたちまち傷が消えていきます。

 青の魔法使いが感心しました。

「ほほう……! われわれも癒しの魔法は使いますが、これほど早く完璧に治すことはできませんぞ。さすがは聖なる癒しの石だ」

「勇者殿のお手をわずらわせて申し訳ございません」

 と白の魔法使いはフルートへ頭を下げます。少年相手に、とてもうやうやしい態度なので、フルートは苦笑しました。

「ぼくは何もしてませんよ。治してくれてるのは金の石です……。それより、魔王のことが気になります。あいつはぼくたちを見つけました。きっと今も、どこかからぼくたちを監視してますよ」

 新しく生まれてきた魔王の正体はまだわかりません。人なのか怪物なのか獣なのか、それさえもわからないのです。けれども、魔王は例外なく強力な闇の目を持ちます。一度その目に見つかってしまえば、いくら守りの石を持っていても、隠れることはできなくなってしまうのでした。

 ポポロも心配顔で言いました。

「闇の気配が消えてないの……。また魔王が攻撃してくるかもしれないわ。早くここを離れないと」

 そう言われて、フルートは考え込みました。どうやって魔王の監視の目をくらまそうか、と悩みます。ぐずぐずしていたら、また魔王から闇の怪物の大群を送り込まれるかもしれないのに、逃げる方法が思いつきません。雪崩ですっかり埋まった山道を困惑して眺めてしまいます。

 

 すると、白の魔法使いが言いました。

「いたしかたありません。別空間を抜けてミコンへ直接まいりましょう」

 別空間を抜けて? と勇者の少年少女たちは驚きました。青の魔法使いが声を上げます。

「それは危険ですぞ! 勇者殿たちは魔法使いではない。我々のように別空間をくぐり抜けるのは無理でしょう!」

「では、他に方法はあるか?」

 と白の魔法使いが聞き返し、返事に詰まった青の魔法使いにたたみかけるように言いました。

「大丈夫だ。私が勇者殿たちの道しるべになる。青は勇者殿たちの周りに小さな結界を張るように。そうすれば、別空間も勇者殿たちに手出しはできなくなる」

「ワン、手出しって……別空間って結界みたいなものだって前に言ってましたよね? それがぼくたちに何かしてくるんですか?」

 と目を丸くしたポチに、青の魔法使いが答えました。

「我々魔法使いは別空間を通って離れた場所へ移動することがあります。かなりの魔力が必要な上に、別空間の中は迷路のように入り組み、しかも変化しているので、相応の力を持つ魔法使いでなければ入り込むことはできんのです。入っても迷わされてしまいます。一度道を見失えば、死ぬまで別空間の迷路をさまよい続けることになるので、勇者殿たちにはあまりにも危険なのですが……」

 けれども、白の魔法使いが言うとおり、それ以外の方法が見つからないのも事実でした。

 すると、少しの間黙り込んでいたポポロが、また口を開きました。

「たぶん、あたしも一緒に道案内できると思うわ……。別空間っていう言い方は初めて聞いたけど、それって、あたしたち天空の魔法使いが言う『光の通り道』のことだと思うの。そこをくぐり抜けて、いろいろな場所に出られるのよ。……昔、あたしが天空の国からこの地上に来ちゃったのも、その道を通ったからなの。光の通り道なら、行き先さえ示してもらえたら、あたしにも通れるわ。白さんと一緒に、あたしも道案内できるから――」

 そんな話をするポポロを、仲間たちはちょっと驚いて見ていました。いつも自信なさそうに後ろで黙っているようなポポロが、意外なほど強い表情をしていたのです。口調にも、きっぱりとした響きがあります。天空の国の魔法使いとしての自負と自信に充ちているのです。

 緑の瞳を宝石のようにきらめかせている少女へ、フルートはうなずきました。

「よし、それじゃ、その光の通り道を抜けてミコンへ。急ごう」

 

 そこで、一同は急いで準備をしました。魔法使いたちに言われるままに馬から下り、手綱を握って一カ所に集まります。その周囲に杖で円い線を描きながら、青の魔法使いが言いました。

「この円陣は別空間の中にもついてきます。これの外に出んでください。出てしまったら、皆様方は直接別空間にさらされて、迷路の中に誘い込まれるかもしれませんから」

 それを聞いて、人と馬はいっそう寄り添い、円陣の中心に集まりました。ワンワン、とポチが馬たちに言い聞かせます。

 青の魔法使いが円陣に文字や記号のようなものをさらに書き込んでいきました。やがて立ち上がって、白の魔法使いにうなずきかけます。

「よろしいですぞ」

「では――まいります」

 と白の魔法使いがトネリコの杖を振り上げました。杖の先で、とん、と円陣の中心を突きます。

 とたんに、円陣が青白い光を放ち、周囲の景色がかすみ始めました――。

 

 

 フルートは驚いて目を見張りました。

 目の前から雪におおわれた南山脈と山道の景色が跡形もなく消えていました。あたりはほの明るい光にあふれた場所です。さまざまな淡い色のカーテンが垂れ下がるように、光の幕がそこここに広がっていて、先を見通すことができません。ここが光の通り道に違いありませんでした。

 けれども、フルートはとまどってあたりを見回し続けました。

 誰もいないのです。ゼンもメールもポポロも、ポチもルルも、二人の魔法使いも――馬たちさえ姿が見当たりません。フルートは確かにコリンの手綱を握っていたはずなのに、右手の中は空っぽになっていました。

 フルートは用心しながら声を出してみました。

「ゼン……。ポポロ、ポチ……白さん」

 聞きつけてくれそうな人たちの名を呼びますが、返事はありませんでした。淡い色合いの光の幕が、まるで北の大地で見たオーロラのように、揺れて形を変えていくばかりです。

 フルートは、きゅっと唇をかみました。青の魔法使いが描いた円陣から外に出た覚えはありません。ですが、今、自分は仲間たちとはぐれて、光の通路の中で迷子になっているのだと悟ったのです。

 フルートは顔を上げると、今度は大声になって呼びかけました。

「ゼン! ポポロ! ――ポポロ!!」

 やはり返事はありません。目の前で、声に呼応するように、光の幕がまた形を変えます。通り道は光のカーテンの隙間です。それがみるみるうちに変わっていって、行き止まりが道に、道が行き止まりになってしまいます。一瞬前がどんな形の通り道だったのか、思い出すことさえできません。

 

 すると、フルートの背後で誰かが言いました。

「そなたはここから出たいのか? では、願うがよい」

 ひやりとした響きの女性の声です。フルートの全身が総毛立ちました。振り向くと、そこに一人の背の高い人物が立っていました。血のように赤い髪を高く結って垂らし、火花を散らすような赤金色のドレスを身にまとっています。

「願い石の精霊!?」

 とフルートは驚いて叫びました――。

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