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第10巻「神の都の戦い」

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15.スノードラゴン

 目の前の山肌から崩れ落ちる雪は、雪煙を上げながらあっという間に斜面を駆け下り、山道に立つ人と馬たちへ襲いかかっていきました。

「ゼン! メール! ポポロ――!!」

 風の犬のポチの背中からフルートは叫びました。

「ポポロ!」

 とルルも悲鳴を上げます。助けに駆けつけようとするのですが、もうもうとわき起こる雪煙が激しすぎて、風の犬たちには近づけません。地吹雪が巻き起こっているのと同じ状態なのです。

 すると、その中から巨大な白い竜が飛び立ってきました。スノードラゴンです。猛烈な吹雪の息をルルに吹きつけてきます。ルルが風の体を吹き散らされて、キャン、と悲鳴を上げながら元の犬の姿に戻りました。たちまち空から墜落していきます。

「ルル!」

 とポチは叫んで急降下しました。ドラゴンが今度はポチめがけて吹雪を吐きます。ポチはつむじを巻いてそれをかわし、ドラゴンのすぐ目の前を飛びすぎてルルに追いつきました。落ちてくるルルを、フルートが両手を広げて受け止めます。

「ルル! ルル、大丈夫かい――!?」

 真っ青になって呼びかけるフルートに、ルルは目を開けて答えました。

「ええ、大丈夫……ありがとう」

 とたんに、ポチが言いました。

「ワン、しっかりつかまって!」

 言うなり、ぐん、と速度を上げて大きく身をひねります。フルートはあわててポチの背中にしがみつきました。そのすぐかたわらを、また激しい雪と風が吹き抜けていきます。スノードラゴンが彼らを追って息を吐きかけてきたのです。

 吹雪は何度も彼らを襲いました。それをポチがめちゃくちゃに飛びながらかわし続けます。動きが激しすぎて、フルートは炎の剣を構えることができません。ルルを抱いたままポチにしがみついているのがやっとです。

 

 すると、突然地上から一本の矢が飛んできました。ポチを追いかけて吹雪を吐くドラゴンの顎の下に、まともに突き刺さります。ドラゴンが首をねじって悲鳴を上げます。

 雪煙がおさまってきた山道に、五人の人物と六頭の馬の姿が見えてきました。山道は斜面を滑り落ちてきた雪崩にすっかり埋まっていましたが、人と馬の周りにだけは雪がまったくありません。その中心で青い衣の大男が杖を高くかざしていました。

 エルフの弓を構えたゼンが、また矢を放ちながらどなりました。

「今だ! やれ、フルート!」

 狙いを決して外さない魔法の矢が、ドラゴンの左目に突き刺さります――。

 フルートはルルを放しました。ルルがまた風の犬に変身するのを見ながら、炎の剣を握り直し、ポチと一緒にスノードラゴンへ突進します。ドラゴンがひとつ残った目でそれをにらみ、吹雪の息を吐こうとします。

 すると、その目にまた矢が突き刺さりました。ゼンが放ったのです。両目をつぶされて、ドラゴンがすさまじい叫びを上げました。咆吼に山が震え、積もった雪に亀裂が走ります。先に崩れた周りから、再び雪崩が起きて斜面を駆け下っていきます。

 ポチがスノードラゴンのかたわらを飛びすぎました。フルートの剣の切っ先がドラゴンの横腹に突き刺さり、大きく切り裂いていきます。吹き出してきたのは、血ではなく、剣の熱で生じた蒸気です。

 そこへ、風の犬のルルが襲いかかりました。風の刃でドラゴンの翼を切り裂きます。白い毛におおわれた翼がついに破れ、ドラゴンの巨体がぐらりと傾きました。空に浮いていることができなくなって、落ち始めます。

 ドラゴンが墜落していく先は、雪崩が通りすぎた山道でした。雪煙が風にちぎれる中、杖を掲げた魔法使いと、その周りに集まる人と馬の姿がまた見えてきます。その上へ、ドラゴンの巨体がまともに落ちていきます。仲間たちが下敷きになりそうな気がして、フルートたちは息を呑みました――。

 

 すると、青の魔法使いの隣で、白の魔法使いが自分の杖を掲げました。二本の杖が、まっすぐ竜に向けられます。

 とたんに、見えない大きな手が動いたように、ドラゴンの巨体が彼らの上から払いのけられました。大きく宙を横に飛んで、そのまま谷間へ落ちていきます。谷底では、先のドラゴンを蒸発させた炎がまだ雪の上で燃え続けていました。火の真ん中に落ちて、スノードラゴンがまたほえます。炎の中で雪の体が溶け、もうもうと蒸気を上げます。

「ワン、さすがロムド城の四大魔法使いだなぁ」

 とポチが感心すると、ルルも飛んできて言いました。

「そうね。天空の国の貴族たちと同じくらいの魔力があるわ。人間でこれだけの力が発揮できるってのは、すごいことよね」

 フルートも、ほっとしながら地上の仲間たちを見ました。メールとポポロが手を振り、ゼンがエルフの弓を掲げて見せています。みんな笑顔です。

 

 

 けれども、戦闘はまだ終わっていませんでした。

 谷底で火に包まれたドラゴンが、溶けかけた体で炎を抜け出し、破れた翼を必死で羽ばたかせて谷を這い上ってきたのです。大蛇のような長い首がぬっと谷から現れ、目の前に立つ人と馬に向かって至近距離から吹雪を吐きかけてきます。

「む!」

 二人の魔法使いがまた杖を掲げました。なんでも凍らせてしまう息を見えない壁ではじき返します。

 すると、小さな黒い稲妻がひらめくように、空中に黒い光が走りました。音にならない音が振動になって響き、二人の魔法使いが弾き飛ばされて倒れます。魔法の障壁をいきなり何かに破られたのです。

 全員がぎょっとする中、ポポロが叫びました。

「闇の気配よ! 誰かが闇の魔法を使ってるわ!!」

「魔王だ……!」

 フルートは真っ青になりました。

 彼らの姿は金の石の力で闇の目から隠されています。魔王やデビルドラゴンであってもそれを看破することはできないのですが、闇の総大将たちは、手下の怪物の動きから彼らの居場所をつかむことができます。山道でスノードラゴンと激しく戦ううちに、魔王に見つかってしまったのに違いありませんでした。再び黒い光がひらめき、今度はポポロが吹き飛ばされて倒れます。

 二人の魔法使いが必死で立ち上がってきました。また杖を構えようとしますが、ドラゴンの攻撃の方が先でした。障壁をなくした一行へ激しい吹雪を吐きかけます。

「みんな――!!」

 フルートは悲鳴を上げました。風の犬は吹雪に近づけません。助けに行くことができないのです。

 

 その時、人と馬の後ろでひとかたまりになっていた花鹿たちが、突然駆け出しました。牡鹿も牝鹿も子鹿たちも、スノードラゴンの前に飛び出していきます。その体がみるみる崩れて、元の花の群れに戻っていきます。

「花たち!?」

 メールは驚きました。彼女は何も命じていなかったのです。

 鹿たちがすっかり花に戻りました。宙に舞い上がり、人と馬の前で大きく広がります。そこへ、スノードラゴンの吹雪が激突しました。花の壁が氷と雪の風をさえぎります。

 二人の魔法使いがまた杖を掲げました。ドラゴンに向かって念を放ちます。

 とたんに、スノードラゴンの体が大きく吹き飛びました。ばらばらに砕け、雪と氷の塊になって谷底へ落ちていきます――。

 

 フルートは犬たちと一緒に山道へ下りました。仲間たちへ駆け寄ります。

 山道は雪崩ですっかり埋まりましたが、彼らの周りにだけは雪がありません。そこへ空から氷の蝶が降ってきます。いえ、それは蝶ではありません。ドラゴンの息で凍りついてしまった花たちが、力を失って次々と落ちてくるのです。花は地面に落ちると、ガラスのような音を立てて砕けていきました。たちまち、周囲は花のかけらでいっぱいになります。

「花たち……」

 メールは茫然とその中に座り込みました。花の鹿たちはどこにもいません。空を舞う花ももうありません。日の光を浴びて、砕けた花が白と黄色のガラスのかけらのように光っているだけです。

「あたい……あたい、守れ、なんて言わなかったじゃないか……それなのに、どうして……」

 涙ぐみながらつぶやく花使いの姫の膝に、最後の一輪が空から降ってきました。黄色い小さな蝶のような花です。カリリッとささやくような音を立てて壊れていきます。

 とたんに、メールが、そんな、とつぶやきました。ゼンが尋ねます。

「なんだよ?」

「花が……どうせ山道で雪の下になって凍え死ぬわけだったんだから、って。あたいたちを守れて満足だ、って……」

 言いながら、メールは大粒の涙をこぼしました。自分たちの身代わりになって死んだ花たちのために泣き出します。

 ゼンはメールにかがみ込むと、その細い肩を抱き寄せました――。

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