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第10巻「神の都の戦い」

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14.山道

 南山脈の斜面を、フルートたちは馬で登り続けました。

 二人の魔法使いが作った道が、彼らの前でどんどん先へ延びていきます。両脇には高さが二メートルあまりもある雪の壁がそそり立っているのに、道には雪がまったく積もっていません。白っぽく乾いた山道です。そこを通っていると寒さもほとんど感じません。一面雪におおわれた真冬の景色を見ながら、一行は夏山を行くような快適さで進んでいました。

 すると、メールが急に声を上げました。

「花だぁ!」

 雪が消えた道ばたにいつの間にか緑の茂みが現れ、白や黄色の花が咲いていたのです。山道に沿って、延々と垣根を作っています。

「山道に春を呼び込んだので、植物も目を覚ましましたな」

 と青の魔法使いが言ったので、メールは心配そうにちょっと首をかしげました。

「あたいたちが通り過ぎたら、また雪が積もっちゃうよね。せっかく咲いたのに、この子たち、凍え死んじゃうなぁ……」

 彼らの前に道は延びていきます。けれども、彼らが通り過ぎると、山道にかけられた魔法は解けて、たちまちまた深い雪の下になってしまうのです。

 そよ風に揺れ続ける花を、メールは少しの間見つめていましたが、やがて片手を手綱から放すと、高く差し上げて呼びかけました。

「おいで、花たち――! ここはまた寒くなるよ。あたいについておいで!」

 とたんに茂みが揺れ、花が茎を離れて空に飛び立ちました。まるで蝶か小さな鳥の群れのようにメールの手元へ集まってきて、周囲が飛ぶ花でいっぱいになります。

「お、なんか久しぶりだな、この光景」

 とゼンが言うと、メールは笑いました。

「冬だから、どこにも花なんか咲いてなかったもんね。春になるまで花には全然会えないと思ってたから、すごく嬉しいよ」

 幸せそうに顔を輝かせている花使いの姫を見て、ゼンも笑顔になります。

 花は一行が進むにつれて、どんどん数が増えてきました。しまいには行く手を見通すのに邪魔なくらいになってきたので、メールはまた言いました。

「花たち、鹿におなり。後ろからついてくるんだよ」

 とたんに花が寄り集まり、山道の上で鹿の姿に変わりました。白と黄色の花でできた、花鹿です。大きな角を生やした牡鹿も、優しい姿の牝鹿も、小さな子鹿たちもいます。

「まあ、かわいい!」

 とポポロとルルが歓声を上げます。

 

 そんな仲間たちを笑顔で振り返っていたフルートが、前に向き直りました。すぐ前を行く青の魔法使いに話しかけます。

「今日はどのあたりまで進めそうですか? ミコンまではどのくらいかかるんでしょうか?」

「さすがに夜通し歩くのは危険ですからな。今夜は途中の山小屋に泊まるつもりでおります。この調子ならば、明後日にはミコンに到着できるでしょう」

 それを聞いてフルートは心配そうな顔になりました。予想より時間がかかると感じたのです。

「大丈夫でしょうか? 魔王がミコンを襲っているのかもしれないのに」

 すると、今度は白の魔法使いが答えました。

「焦ってもしかたのないことです。それに、ミコンはユリスナイの都です。きっと聖なる力で守られています」

 きっぱりした口調です。

 フルートはそれ以上は何も言いませんでしたが、気がかりそうな表情は消えませんでした。

 行く手では、雪の積もる山脈の頂上が、日の光を返して光っていました。人を拒むような鋭い輝きです――。

 

 

 その時、ポチが、あれっ、と籠から身を乗り出しました。道の横の深い谷をのぞき込んで言います。

「ワン。なんだろう、あれ?」

 谷の中は雪でいっぱいでしたが、大きな雪の丘のようなものが見えていました。V字型の谷底で、その場所だけが不自然に盛り上がっています。なんだか白い草が生えているように見える丘です――。

 すると、ふいにその丘が動きました。雪の色の草が揺れ、その向こう側からするすると長いものが伸び上がってきます。

 それは生き物の首でした。長さが五メートル近くもあり、先端には蛇に似た巨大な頭があります。首は白い毛におおわれています。

「スノードラゴンだ!!」

 とポチとフルートは同時に叫びました。他の者たちも、ぎょっとして馬の手綱を引きます。雪と氷の怪物だったのです。

 ドラゴンが一行に頭を向け、長い首を伸ばして、かっと口を開きました。とたんに、猛烈な吹雪が一同に吹きつけます。まともに浴びれば、たちまち凍りついてしまう、極寒の風です。

「いかん!」

 と青の魔法使いが飛び出しました。こぶだらけの杖を振り上げます。とたんに、吹雪は一同の目の前で見えない壁にさえぎられました。四方へ吹き飛び、山道に白い氷の柱を作ります。

 ドラゴンの次の攻撃に備えて杖を構えながら、青の魔法使いが言いました。

「南山脈にスノードラゴンがいるなどという話は聞いたことがありませんな」

 白の魔法使いがそれに並びます。

「敵が呼び寄せた怪物だな。スノードラゴンは雪を呼べる。この大雪もおそらく奴の仕業だろう」

 そこへまたドラゴンが吹雪を吐いてきました。青の魔法使いがまたそれを防ぎます。

 すると、白の魔法使いが、さっと自分の杖を向けました。ドラゴンの背中で突然大きな爆発が起きて、体をおおう白い毛が溶けます。ドラゴンは悲鳴を上げると長い首をねじりました。また吹雪を吐きかけてきます。青の魔法使いが魔法の障壁で守り続けているので、攻撃は一行にまったく届きません――。

 

 ところが、その時、彼らの頭上で突然鋭い音が響きました。キィィィ……と金属をきしませるような鳴き声です。驚いて見上げた一行の目に、山の斜面の上から飛んでくるもう一頭のスノードラゴンが映りました。

「危ない!」

 とメールが悲鳴のように叫びました。上から来るドラゴンが口を開けるのが見えたのです。彼らめがけて吹雪の息を吐きます。白の魔法使いがとっさに向き直りましたが、杖を構えるのが一瞬遅れます。

 すると、吹雪の息に大きな火の玉が激突しました。ドン、と音がして吹雪が一瞬で白い蒸気に変わります。馬に乗ったフルートが、剣を振り下ろした格好でドラゴンを見据えていました。火の魔剣から、炎の弾を撃ち出したのです。

「はさまれたな」

 と言いながら、ゼンが背中の弓を下ろしました。自分の背丈ほどもある大きな弓ですが、太い腕で、あっという間に引き絞ると、谷のドラゴンめがけて矢を放ちます。怪物は今まさに翼を広げて飛び立つところでしたが、体に矢を受けて悲鳴を上げました。キシャァァ……と耳障りな声を上げながら谷に落ちます。スノードラゴンは闇の怪物ではないので、矢の攻撃が効くのです。

 音を立ててポチが風の犬に変身しました。

「ワン、乗ってください、フルート! 撃退しましょう」

 フルートはうなずき、即座にポチの背中に飛び乗りました。そこへ吹雪を吐こうとした頭上のドラゴンへ、ゼンがまた矢を放ちます。ドラゴンがひるんだ隙に、ポチが空に舞い上がります。ルルも風の犬になって飛び立ちます。

 

「青、守りを固めろ」

 と白の魔法使いが言って、自分の杖を握り直しました。すんなりと長いトネリコの杖です。先端をまっすぐ谷のドラゴンに向けて、念を込めます。

 とたんに、ドラゴンの周りで爆発が起きて、大きな炎が巻き起こりました。ドラゴンは羽ばたいて空に舞い上がると、雪の上に燃え上がる炎へ吹雪を吐きかけました。たちまち火が消えていきます。そこへ女神官がまた杖を突きつけました。再び爆発が起きて、ドラゴンが谷へと落ちていきます。

 ドラゴンが苦し紛れに吹雪を吐きました。谷から猛烈な勢いで吹き上がってきます。今度は青の魔法使いがこぶだらけのクルミの杖を振り上げました。見えない障壁が山道の人や馬を守ります。

 谷にまた巨大な炎がわき起こりました。ドラゴンの体を包み込んで蒸発させていきます――。

 

 空に飛び立ったフルートたちは、頭上で羽ばたくスノードラゴンへ向かっていました。吹きつけてくる息を巧みにかわして背中へ回ります。フルートが炎の剣を振ると、大きな火の玉が白い翼の上で炸裂しました。

 キィィィ……!

 怒ったドラゴンは首を伸ばして口を開けました。ポチめがけて吹雪を太い柱のように吹きつけます。ポチはとっさにかわしましたが、風の尾の先を吹雪に巻き込まれて、キャン、と悲鳴を上げました。吹雪に風の体を吹き散らされたのです。ポチ! とフルートが焦ります。

 すると、そのすぐ後ろをルルが飛びすぎていきました。風の体をひらめかせたとたん、またドラゴンの悲鳴が上がりました。ルルの風の刃(やいば)に翼を切り裂かれ、大きくバランスを崩していきます。

「あぶねぇっ!」

 と山道からゼンが声を上げました。

 空から落ちてきたドラゴンが、彼らのすぐ上の斜面に激突したのです。翼を羽ばたかせ、もがきながら、また空に飛び立とうとします。その衝撃で積もった雪が大きく崩れました。いっせいに斜面を滑り落ちてきます。

「雪崩だ!!」

 と叫んだメールの声に、雪が押し寄せてくる轟音が重なりました――。

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