「どうも、あまりよろしくない気配ですな」
他に誰もいなくなった部屋の中で、青の魔法使いが白の魔法使いに話しかけていました。陽気で、ちょっと茶目っ気のある青の魔法使いですが、この時にはひどく難しい顔をしていました。
「やはり、ミコンとは連絡が取れないか」
と白の魔法使いが言いました。お堅い女神官も、いつも以上に真剣な顔をしています。
「そうです。二週間前にこちらがミコンを訪問することを伝えたのが最後で、その後は、まったく応答がありません」
ふむ、と白の魔法使いはつぶやきました。椅子に座ったまま、細い指を顎に当てて考え込みます。
「ミコンはこの世界で最大の宗教都市だ。大勢の魔法使いや聖職者たちに守られているし、聖騎士団や武僧たちもいる。ミコンに何事かあったとは考えにくい」
けれども、そう言いながら、白の魔法使いの表情は晴れませんでした。
青の魔法使いが話し続けます。
「ミコンの周辺の状況は最近は安定しておりました。エスタの国内情勢が落ち着いたのが一番の原因です。王位継承権争いが収まったので、エスタの有力者たちがミコンに余計な色目を使わなくなりましたからな」
白い長衣の女神官はうなずきました。
「エスタに平和をもたらした金の石の勇者たちの功績だ。エスタとロムドの紛争も落ち着いたから、ミコンへの巡礼の道も安全になった。今、ミコンにどこかの国が攻め込むことなど、まずありえないのだが……」
聖なる魔法使いである彼らは、強力な魔法の力でミコンの聖職者たちと連絡を取り合うことができました。その方法も一つ二つではありません。ところが、二人の魔法使いがどの手段を試しても、ミコンから返事が来なくなっていたのです。まるで見えない何かが、ミコンと彼らの間をさえぎってしまったようでした。
「こんな時、ユギル殿がいてくだされば心強いのですがな」
と青の魔法使いは言いました。ロムドの一番占者ならば、占盤を通じて、ミコンで何が起きているのか読み取ることができたかもしれません。
白の魔法使いは溜息をつきました。
「無い物ねだりをしてもしかたがない。それに、この時期にミコンがこうなったことが気になる。勇者殿たちを狙った闇の仕業かもしれない」
「以前、闇の手のものがこちらを探っておりましたしな。あの後、我々の周囲からは闇の気配が消えました。まったく感じられなくなって、逆に不気味なほどです」
「行く先を知られて、先回りされたか――」
女神官の痩せた顔が厳しいほどの表情を刻みます。青の魔法使いは話し続けました。
「ミコンがおいそれと闇に負けるとは思えません。おそらく、守りを固めているのでしょう。外部からのあらゆる攻撃や魔法を遮断しているので、我々と連絡を取ることもできなくなっているのではないでしょうか」
「おそらくな」
と言って、白の魔法使いは立ち上がりました。暖炉の前に立ち、燃える炎を見つめながら言います。
「どれほどの闇が来たのか。その正体がなんであるのか――。ここにいては、それを知ることはできない。かといって、うかつにミコンを透視するのも危険だ。闇のものの中には、透視の目を逆にたどって、こちらの居場所を知ることができるものがいるからな」
「我々の姿は、金の石の聖なる力で闇から隠されております。これを利用して、ミコンに密かに近づいていくのがよいでしょうな」
「そうだ。そして、一刻も早くミコン入りしなくてはならない。大司祭長と協議する必要があるだろう」
沈黙が訪れました。二人の魔法使いが、それぞれの物思いにふけります。
すると、青の魔法使いが思い出したように言いました。
「勇者殿たちにはどういたします? このことを知らせますか?」 白の魔法使いは首を振りました。
「勇者殿はあの性格だ。ミコンに責任を感じて先を焦り、危険な状況に陥るかもしれない。ミコンの状況がはっきりするまでは、勇者殿たちには何も言わずにおいたほうがいい」
「それは確かにそうですな」
と青の魔法使いは答えました。ちょっと苦笑しているのは、フルートの底なしの優しさを思い出しているからに違いありませんでした。
暖炉で薪がはじけながら燃えていました。日が暮れて、部屋にも薄暗さが忍び込んできます。窓越しに見える空は、夕焼けが薄れて夜の色に変わりつつあります。
青の魔法使いがまた口を開きました。
「焦って無理は禁物ですぞ」
「まったくだ。勇者殿の行動には目を配っておかなくては」
と白の魔法使いが答えます。
すると、青の魔法使いは相手を見つめ直しました。
「私が言っているのはあなたのことです、マリガ。あなたはいつだって、魔法軍団の長として責任を感じるあまり無理をするから」
白の魔法使いは目を丸くしました。厳しいくらい生真面目な顔が、急に違った雰囲気を帯びます。
急いでそれをまた冷静な表情で隠しながら、白の魔法使いは言いました。
「職務中は名前で呼ぶなと言ったはずだぞ、青」
「私はフーガンですよ、マリガ。我々だけの時には別にかまわんでしょう」
青の魔法使いが口の片端を歪めて笑ってみせました。ちょっと誘いかけるような笑い方です。
女神官はそれを無視しました。
「おまえの忠告は心に留めておこう、青」
青、という呼び名の部分を強調して言うと、空中からミコンまでの地図を取り出して眺め始めます。
武僧の魔法使いは太い腕を組むと、やれやれ、と言うように苦笑いで頭を振りました――。