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第10巻「神の都の戦い」

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11.馬小屋

 その後、自分たちの部屋に戻ったフルートとゼンは、明日の出発に備えて荷物の点検を始めました。必要な物が揃っているかどうかを確かめ、それぞれの防具や武器に異常がないか調べます。

 そうしながら、フルートは友人に話しかけました。

「ねえ、ゼン、魔法使いたちと喧嘩はするなよ。ぼくたちはこれからミコンまで行くんだ。白さんや青さんと仲よくしていかなかったら、どうしようもないんだぞ」

 すると、ゼンは肩をちょっとすくめ返しました。

「別に喧嘩する気なんかねえよ。あいつらは聖職者だから、自分たちの神様を信じていて当然だもんな。ほんとに、誰がなんの神様を大切にしてたって、俺は別にかまわねえんだよ。ただ、それを信じてないヤツを馬鹿にするのが気にくわねえだけだ。信じようが信じまいが、そんなのはこっちの自由だろうが」

 フルートは、思わずちょっと笑ってしまいました。ここに魔法使いたちがいてゼンの話を聞いたら、どう思うんだろう、と考えます。なんという不信心者だと眉をひそめるのでしょうか。それとも、そういう考え方もある、と納得するのでしょうか……。魔法使いたちは話し合いの後も女部屋の方に残っていて、ここにはいませんでした。

 

 そこへ、部屋の扉をノックして、メールがひょっこり顔をのぞかせました。

「入ってもいい?」

「おう、なんだ」

 とゼンが返事をします。

 メールはするりと部屋の中に入り込んでくると、扉を後ろ手で閉めました。

「うん、明日からまたみんなで出発するからさ、その前にちょっと話したいな、と思って」

「あん? 話なら今までだってずっとしてたじゃ――」

 あきれたように言いかけたゼンを、フルートがどん、と肘で小突きました。何すんだよ!? と驚くゼンに言います。

「相変わらず鈍いな。メールは、君と二人きりで話したいって言ってるんだよ」

 ゼンはたちまち真っ赤になりました。メールも赤くなりますが、フルートが部屋の出口へ歩き出すと、ちょっと舌を出して見せました。

「ごめんね、フルート。追い出しちゃって」

「どういたしまして。ぼくは馬の様子を見てくるから。当分戻ってこないから、ゆっくりしていっていいよ」

 フルートのことばに、二人がまた照れて真っ赤になります。

 フルートが部屋を出ると、閉じた扉の中からゼンとメールの話し声が聞こえ始めました。いつものように賑やかなやりとりと共に、楽しそうな笑い声が響いてきます。フルートはほほえむと、そのまま通路を歩いて、宿の外の馬小屋へ向かいました――。

 

 吹雪のやんだ空が夕焼けに染まっていました。

 雲の切れ目から夕日がのぞき、赤い光を空全体に投げかけているのです。雲が驚くほどまぶしく輝いています。

 馬小屋の中に入ると、夕日はその中にも斜めに差し込んでいて、意外なくらい明るく感じられました。馬たちは夕食の真っ最中で、小屋の中は干し草の強烈な匂いでいっぱいでした。宿の人の姿はありません。もう馬たちの世話を終えて、宿に戻っていったのです。

 フルートが自分たちの馬へ近づいていくと、馬たちの方でも気がついて頭を上げました。コリンが主人を見つけて、ヒヒン、といななき、他の馬たちも嬉しそうに鼻を鳴らします。そんな馬たちをフルートは優しくなでてやりました。

「よしよし、コリン……黒星もゴマザメもクレラも、みんな元気でいたね。雪がやんだから、明日にはまた出発だよ。いよいよ南山脈に近づいて道も険しくなると思うから、みんながんばってね」

 フルートは、まるで人に話しかけるように馬たちに声をかけていました。フルートのお父さんは牧場で働いているし、フルートも小さい頃から馬や牛たちの世話をしてきました。フルートにとっては、馬は友だちも同然だったのです。

 コリンと黒星がフルートに頭をすり寄せてきました。昔から一緒に旅をしてきたこの二頭は、特にフルートに慣れています。大きな頭を何度もこすりつけてくる様子は、まるで、「ちゃんとわかっていますよ。任せてください」と言っているようでした。

 

 馬小屋に差し込む夕日がいっそう明るくなっていました。空の雲がどんどん晴れているのでしょう。夕方なのに、逆に外が明るくなってきているのがわかります。土の床に敷き詰められた藁(わら)の上で、日の光がオレンジ色に輝いています。明日はきっと良い天気でしょう。

 馬たちがまた夕食を始めました。大きな歯が飼い葉をかむ音を聞きながら、フルートは馬たちをつないでいる柵の横木にもたれかかりました。小さな窓からのぞく夕空を見上げます。赤金色に輝く雲が、驚くほどの速さで空を流れていきます――。

 ふっと、フルートは部屋にいる二人を思い出しました。いつも口喧嘩ばかりしているゼンとメールですが、二人きりになったときにはそれほどでもないことを、フルートは知っていました。彼らがすぐ喧嘩を始める理由の半分は照れ隠しです。自分たちだけになったときには、互いにもっと素直になれるのに違いありませんでした。

 仲むつまじく話すゼンたちの様子を想像して、フルートは思わず、いいなぁ、と考えました。正直、とてもうらやましかったのです。宿の中にいる、もう一人の少女を思い出してしまいます。ポポロと二人だけで話がしたいな。散歩に誘い出そうかな――。

 けれども、フルートは、すぐにどちらも無理だと気がつきました。ポポロの部屋にはルルやポチ、魔法使いたちが一緒にいます。話をしようとしても必ず他の人がいるし、散歩に誘えば犬たちを連れていかなくては不自然になります。白の魔法使いも、フルートとポポロが二人きりになることにはいい顔をしません。

 あーあ、とフルートは心の中で声を上げました。ずっと一緒に旅をしているのに、二人だけになる時間というのは案外ないものです。明日また宿を出発すれば、いっそうその時間はなくなることでしょう。柵にもたれかかったまま、フルートは溜息をつきました……。

 

 すると、突然少女の声が話しかけてきました。

「フルート……」

 フルートはびっくり仰天して飛び上がりました。振り向くと、馬小屋の入り口に、本当に赤いスカート姿のポポロが立っていました。夢じゃないかと、思わず自分の目を疑ってしまいます。

 ポポロはフルートがあまり驚いたので一緒に驚いてしまっていました。その緑の瞳が、みるみるうちに涙でうるんでいきます。

「ご、ごめんなさい、フルート……考え事の邪魔しちゃって……」

 今にも泣き出しそうになりながら、その場から立ち去ろうとしたので、フルートは大あわてで引き止めました。

「ち、違うよ! だ、大丈夫だよ! 邪魔なんかじゃないったら――!」

 ポポロは不安そうな泣きべそ顔でいました。確かめるようにフルートを見上げてきます。フルートは何度もそれにうなずいて見せました。

「ゼ、ゼンたちに部屋を追い出されてさ――行くところがなくてここにいたんだよ。ポ、ポポロはどうしたの?」

 必死になるあまり、舌がもつれます。その様子に、ポポロがちょっぴりほっとした顔になりました。

「あたしも同じ……。白さんと青さんに、大事な話をしたいから席を外してほしい、って言われて……。ポチとルルは外に散歩に行っちゃったわ。あたしは、やっぱり行くところがなかったから、フルートがいるところを探してここに……」

 そこまで言って、ポポロは今度は赤くなりました。押しかけてごめんなさい、と蚊の鳴くような声で言います。

 フルートも真っ赤になりました。こちらは、ポポロがわざわざ自分を探して来てくれたことに感激したのです。嬉しすぎてことばが出てきません。自分の前でうつむく小さな少女を、ただ見つめてしまいます。

 差し込む夕日がポポロのお下げ髪の上で踊っていました。赤い髪をいっそう赤く、明るく輝かせています。ああ、綺麗だ、とフルートは思いました。美しい少女を見つめていられる自分を、本当に幸せに感じてしまいます――。

 

 ポポロが顔を上げて、フルートを不思議そうに見返しました。見つめられているわけがわからなかったのです。

 フルートは言いました。

「神様はさ、やっぱり、本当にいるのかもしれないね。そんな気がするよ」

 ポポロに来てほしいという願いを、誰かが本当に聞き届けてくれたようです。

 ポポロはますます不思議そうな表情をしましたが、フルートがにっこりとほほえみかけたので、また真っ赤になりました。

 そんな少年と少女を、夕日はまばゆい光の中に包み込んでいました――。

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