フルートとゼンとメールは、青の魔法使いと一緒に中庭から宿に戻りました。女部屋へ行くと、白の魔法使いがポポロやルルやポチと、暖炉の前で何やら熱心に話をしています。
「何を話しておられますな?」
と青の魔法使いが話しかけました。武僧の大男は今はもう青い長衣を着ています。
白の魔法使いが答えました。
「光の女神ユリスナイについてだ。なかなか興味深い」
女神官は、今日はまた長い金髪をきっちりと結い上げていました。そうすると、端然とした痩せた顔が目立って、あまり女らしく見えません。
「ユリスナイのこと?」
と言いながら、フルートはポポロの隣の席に座りました。ゼンとメールは椅子が足りなかったので、犬たちと一緒に暖炉の前の絨毯に座り込みます。うん、とポポロがうなずきました。
「あたしたち天空の民が知っているユリスナイと、白さんたちが信仰するユリスナイが、微妙に違ってるのよ……」
勇者の少年少女たちは、いつの間にか魔法使いたちを白さん、青さん、と色の名前で呼ぶようになっていました。ルルも言います。
「さっきから白さんとユリスナイのことを話し合っているんだけどね、けっこういろんな点で違っているのよ。同じ女神のはずなのに。不思議よ」
「はて、どこがどのように?」
と青の魔法使いが尋ねました。こちらは部屋の真ん中に立ったままです。
暖炉の中では薪がぱちぱちと音を立てて燃えていました。部屋の中は穏やかで暖かです。
白の魔法使いが話し出しました。
「ユリスナイが光の女神だということは、天空の国でも同じだ。ところが、ポポロ様の話によると、天空の民が信じている神は、ユリスナイだけだと言うのだ。他に神はいないと言われる」
「なんと。天空の国に、十二神の存在は知られていないのですか? ユリスナイがたった一人の神ですか」
と青の魔法使いが驚きます。
うん? と不思議そうな顔になったのは、ゼンとメールでした。
「なんだ、その十二神ってのは?」
「人間の世界じゃ、そんなにたくさんの神様が信じられてんのかい?」
「ゼン殿たちもご存じないのですか――」
ますます驚く青の魔法使いたちに代わって、ポチがゼンたちに説明をしました。
「ワン、中央大陸では一般に、ユリスナイと十二神と呼ばれる、十三人の神様たちが信仰されているんですよ。一番偉いのは光の女神ユリスナイで、その下に十二人の神様たちがいます。春の女神スピア、夏の神ソル、秋の神キット、冬の神ボンカル、豊饒(ほうじょう)と家畜の神ケルキー、商売の神レート、大地の神ヒールドム、海の神ルクァ……」
「海の神ルクァ? なにさ、それ」
とメールがまた口をはさみました。眉をひそめています。海の王の娘のメールですが、そんな名前の神は聞いたことがなかったのです。
「なんとなんと。では、メール様たちがお住まいの海には、どんな神がいるのです?」
と青の魔法使いがまた驚いて尋ねます。メールは肩をすくめました。
「海に神様はいないよ。海は東と西に別れていて、それぞれに海王と渦王が治めてるんだ。海のどこかに神様がいるなんて話は聞いたことないね」
すると、ゼンも言いました。
「俺たちドワーフは地面の下で暮らすから大地の神を信仰してるけどな、ヒールドムなんて名前じゃねえぜ。それ、男の名前だろう? 俺たちの大地の神は女神だ。それと、鍛冶の神。その二人が一番偉いことになってるんだ」
「それらの神はユリスナイの十二神に含まれてはいません。辺境の民が信仰する土着の神ですね――」
と白の魔法使いが言いました。その中にかすかに侮蔑するような響きを感じて、ゼンは、むっとした顔になりました。土着の神とはなんだ! とわめきだそうとします。
それをあわててさえぎって、フルートは言いました。
「大砂漠を越えたとき、キャラバンの隊長のダラハーンから聞いたんだけど、砂漠の民はまた別の神様を信じているんだってさ。砂漠の神のアジだ。すごく醜くて気まぐれに優しい女神だっていう話だったよ」
「なんでそんなにたくさんの神様がいるんだろうね? それも、その場所によって神様が違っているなんてさ? なんでなんだろ」
とメールが素直な疑問を口にします。
すると、ゼンがつまらなそうに言いました。
「そんなのわかりきってるだろうが――。この世に神様なんか本当はいねえからだよ。神様なんざ、信じたいヤツが勝手に自分に都合のいい神を作り出して崇めてるだけだ。ただの幻想なんだよ」
これには二人の聖職者が表情を変えました。白の魔法使いが眉をつり上げ、青の魔法使いは苦い笑いを浮かべます。ルルも怒ったようにうなり出し、ポポロは目を見張って驚いていました。
ルルが声を震わせて言いました。
「ほんと――不信心ね、ゼン! そのうちユリスナイの天罰が下るわよ!」
「俺は自分の目に見えるものしか信じねえんだ」
とゼンが答えました。こちらも不機嫌になってきています。
「別に、他のヤツらがどんな神様を信じようがかまわねえけどな、これが本当の神様だから信じろ、なんて押しつけられるのはまっぴらなんだよ!」
もう喧嘩腰です。
フルートは困惑しました。確かに、これまでの長いつきあいでも、ゼンが神様に祈っているところは見たことがありませんでした。自分で言うとおり、ゼンには信じる神様などいないのかもしれません。でも――だからといって、神を全然信じていないという気もしないのです。
「ねえ、ゼン、君たち猟師は狩りをする前とか、たくさん獲物を捕れた後に、神様に祈ったりはしないの?」
とフルートは聞いてみました。ゼンが憮然と答えます。
「神様なんかには祈らねえよ。俺たちはただ、山と森に祈るんだ。今日もまた獲物を分けてくれるように、ってな。俺たち猟師だって、獣たちと同じように山の恵みを分けてもらって生きてるんだ。だから、願うし、感謝する。俺たちが祈るのは、北の峰そのものに対してだよ」
「あ、それわかる。あたいたち海の民も同じだよ!」
とメールが口をはさみました。
「あたいたちにとっては、海が命の源(みなもと)だからね。あたいたちは海から生まれてきて、海に生かされてる。そして、あたいたちはいつか死んで、また海に還るんだ。海はあたいたちの故郷だし――そうだね、言ってみれば、海そのものが、あたいたちの神様みたいなもんかなぁ」
ふむ、と青の魔法使いが言いました。
「ゼン殿とメール様が言っておられるのは、自然信仰というものですな。名前のある神を持つ代わりに、自然そのものを自分たちの神にしているのだ。そういえば、自然の民はそういう宗教観を持っていると、昔、修業時代に聞いた覚えがありますぞ」
「我々人間には理解しがたい宗教観だがな」
と白の魔法使いが言い添えます。少しそっけない声でした。ルルの方は、そんなの全然神様じゃないじゃない! と遠慮もなく言っています。ゼンがまた怒ります。
フルートは、そっと首をかしげました。
ドワーフの猟師たちや海の民は、人間のフルートたちが感じているより、もっと深くて敬虔な気持ちを自然に対して持っています。それは本当に、山や海が彼らの神様だと言ってもいいくらいです。
フルートたちが信じ、祈りを捧げるユリスナイや十二神。ゼンやメールが大切にする山や海。そして、砂漠の民が信じていた砂漠の女神アジ……。なんだか、どの神にも、どの存在にも、同じようなものがあるような気がしてなりません。ただ、名前や姿が違っているだけで。
これって、どういうことなんだろう? とフルートは首をひねり続けました。いくら考えても、やっぱり答えはわかりません。
神の国に一番近い都と言われるミコン。そこへ行けば、この疑問も解決するんだろうか、とフルートは考えて、南の方角へと目を向けました――。