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第10巻「神の都の戦い」

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8.青年

 町の上に、白い雲を浮かべた青空が広がっていました。

 黒い岩を切り出して作った通路を、男の子と女の子が駆けているところでした。男の子の方が女の子より少し年上に見えますが、二人ともよく似た顔立ちをして、そっくりの赤茶色の髪をしています。着ている服も、似たような白っぽい長衣です。

 子どもたちは通路の端まで来ると、ぴょんと目の前の家の屋根に飛び乗り、そこを駆け抜けて、次の通路に飛び下りました。その通路も駆け下って行き止まりまで来ると、また建物の屋根に飛び下りて、さらに向こうの通路に行きます。通路は山の斜面に沿って、高い場所から低い場所へつづら折りになっているのですが、子どもたちは家々の屋根を越えて、それを近道しているのでした。

 やがて、子どもたちの目の前に、もっと広い石畳の道が現れました。道の片側は切り立った崖になっていて、崖に添って石が塀のように積み上げられています。つづら折りの細い道はそこで終わっていました。大勢の人や馬、馬車や牛車が道を行き交っています。

 

 その通りの向こうからやってくる男たちの一団がありました。皆、白い上下の服を着て、腰に剣を下げ、肩から空の色のような青いマントをはおっています。服装は皆同じですが、年齢は青年から初老までさまざまで、髪の色も顔立ちも、やはり、それぞれ違っています。整列しているわけではないのですが、なんとなく整然とした集団になって歩いてきます。

 その集団の一番後ろに長い黒髪の青年を見つけて、子どもたちは大きく手を振りました。

「キース!」

「おぉい、キース!」

 青年は足を止めて、塀の上を見上げました。意外なくらい整った顔立ちをしています。少し釣り目の青い瞳が、子どもたちを見つけて、にこりと笑います。

「やあ、トートン、ピーナ。おじいさんの具合はどうだい?」

「もうずいぶんいいよ。キースのおかげさ」

 とトートンと呼ばれた男の子が答えました。

「そりゃよかった。でも、まだ無理はするなって伝えておけよ。後でまた薬を届けてやるから」

 と青年が笑顔のままで言いました。風が通りを吹き抜け、ひとつに束ねた青年の黒髪と青いマントを揺らしていきます――。

 

「ねえ、キース、聞いた? このミコンに金の石の勇者が来るんですってよ」

 とピーナという少女が話し出しました。その楽しそうな顔に、青年はちょっと首をかしげました。

「金の石の勇者?」

「あれ? なぁんだ、キース、知らないのかい? 金の石の勇者ってのは、山向こうのロムド国の英雄さ。金の鎧兜を着て、魔法の剣と石を持ってるんだけどさ、なんとまだ少年なんだぞ! すごく力の強いドワーフとか、強力な魔法使いとかを仲間に従えてるんだ。世界中で金の石の勇者のことを知らないヤツはいないんだぞ!」

「ぼくだって金の石の勇者の噂くらいは聞いたことがあるさ。そこまで有名じゃないとは思うがな。ぼくは、その金の石の勇者がなんの用でこのミコンに来るんだろう、と考えたんだよ」

 と青年は答え、顔にかかってきた黒い前髪をうるさそうにかき上げました。なにげないしぐさなのですが妙に様になっていて、年頃の女たちが見たら、うっとりとため息をつきそうなほどです。――目の前にいる子どもたちには、まったく関係のないことでしたが。

「そんなのはわかんないよ。でも、司祭長が他の司祭たちにそう伝えてるのを聞いたんだ」

 とトートンが答えれば、ピーナも言います。

「神殿中もう大騒ぎよ。正義の勇者様がやってくるからって、大掃除を始めてるの」

 黒髪の青年は今度は苦笑しました。

「また大神殿に忍び込んだな。見つかったら叱られるぞ。神殿は遊び場じゃないんだ」

「大神殿はユリスナイ様のおうちよ。あたしたちがいたって、叱られるわけないわ」

 とピーナが胸を張って答えます。――実際には、二人の子どもたちは神殿にいるところを司祭たちから何度も叱られているのですが、それでもそんなふうに信じ込んでいるのでした。

 

 さてさて、と青年は細い指で頬をかきました。この時期、金の石の勇者が神殿を訪ねてくるとなれば、目的はわかりきっているような気がします。闇の竜と戦っているという勇者です。きっと、聖地ミコンに協力を求めに来るのでしょう。大神殿の連中に、それに応えるだけの実力があるかな、と心の中で皮肉に笑います。

 すると、トートンがまた話しかけてきました。

「キース、後でなんて言わないで、今すぐうちに来ないか? 大神殿からいただいたお菓子があるんだ」

 青年はひらひらと手を振りました。

「後、後。これから用事があるんだ。人と会うことになってるからな」

「はーん。またデートか」

「相手は誰? あの修道院のお姉さん?」

 と子どもたちが口々に言います。ふふん、と青年は唇の片端を持ち上げました。いかにも気障なのですが、いやにそれが決まって見えます。

「そんな昔の話は持ち出すなよ。ぼくは今咲いている花を愛でるので大忙しなんだ」

「また乗り替えたのかぁ。今月、これで何人目だよ?」

「修道院のお姉さんが三人目だったから、これで四人目よね」

「残念。もう六人目だよ」

 悪びれずにそう言って、青年が片目をつぶってみせました。茶目っ気のある綺麗な笑顔が広がります。

「夜に行くよ。おまえたちのおじいさんの薬は忘れずに持っていくから」

「うん」

「待ってるからね」

 子どもたちが笑顔を返します。なんだかんだ言いながらも、青年を信頼しきっているのです。

 

 青年は子どもたちと別れて歩き出しました。仲間の騎士団の姿は、もうとっくに見当たらなくなっていましたが、焦ることもなく通りを下っていきます。どうせこれから非番なので、急ぐ必要はなかったのです。

 ミコンに四季はありません。青く晴れ渡った空から、初夏のような爽やかな風が吹き下りてきます――。

 

 その時、青年はふと顔を上げて眉をひそめました。

 空の中に、ちらりと何かが見えた気がしたのです。目を細めて見つめ直しますが、明るい空には綿雲が浮かんでいるだけで、それ以外には何も見当たりません。

 青年は首をひねりました。確かに、何か影のようなものがよぎったような気がしたのですが……。

 空は晴れ渡り、雲が白く光りながら流れていきます。雲の底が灰青色(かいせいしょく)の影に染まっています。ああ、あれを見たのか、と考えて、青年はまた歩き出しました。それっきり、影のことは忘れてしまいます。

 空からまた風が吹き下りてきました。ミコンらしくない、突き刺さるように冷たい風です。

 風は、ウォォ……とうなり声を立てながら通りから通りへ、通路から通路へと吹き抜けていきました。

 まるで――何かを探し求めるように――。

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