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第10巻「神の都の戦い」

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6.夕食

 その日、一行は王都ディーラの東にある、ロアという宿場町に泊まりました。二人の魔法使いが選んだのは、特に高級でもなければ安っぽくもない、ごく普通の宿でした。部屋を二つ取って、それぞれを男部屋と女部屋にします。

「皆様方もそろそろ分別を持って行動する年頃です。部屋が取れない場合はしかたありませんが、できるときにはこうして部屋を分けた方がよろしいでしょう」

 と白の魔法使いに言われて、フルートたちは思わず顔を見合わせました。今まで、どこでも一緒に寝泊まりしてきた仲間たちです。こんなふうに気をつかわれて面食らっていると、青の魔法使いが大きな体をかがめて、ささやいてきました。

「言うとおりにしておきなさい。こういうことには白は非常にお堅いですからな。逆らわない方が無難なのです」

 ささやくといっても、地声の大きな青の魔法使いです。話は白の魔法使いにも筒抜けで、じろりとにらみつけられました。おっと、と青の魔法使いが首をすくめます。

 

 少年たちとポチと青の魔法使い、少女たちとルルと白の魔法使いという組み合わせで別れた一行は、それぞれの部屋でコートやマントを脱ぎ、装備を外しました。下男が準備してくれた風呂で旅の埃を落とし、さっぱりした気分になって食堂へ向かいます。

 魔法使いたちは、ここでも個室を自分たちの食堂に借り切っていました。食事が運び込まれれば、あとは邪魔する者もありません。気兼ねなく話ができるというので、一同は大喜びでした。

「ワン、白の魔法使いがまだ来てないですね? どうしたんですか?」

 とポチがさっそく話し出します。

「まだ部屋で入浴中だよ。あたいたちが先に風呂を使わせてもらったんだ」

 とメールが答えます。

 すると、青の魔法使いが言いました。

「白はいつも、あっと驚く長風呂だ。待っていたら料理が冷めてしまう。さあさあ、遠慮なく食べ始めてください」

 そう言う青の魔法使い自身は、椅子の中で足を組み、なみなみと酒をついだカップを傾けていました。ワインよりもっと強い火酒(ひざけ)です。ひげにおおわれた顔がもう赤くなっています。

 少年少女たちは歓声を上げて食事を始めました。てんでに料理をとりわけ、威勢よく食べ始めます。肉と野菜の煮込み料理、魚とジャガイモの揚げ物、キャベツと燻製肉のスープ、干しアンズのワイン煮……寒い季節だけあって温かい料理がたくさん並んでいます。

 ところが、ルルだけは青の魔法使いが呑む火酒の強烈な匂いに、鼻にしわを寄せていました。

「天空の国の司祭たちは、お酒なんかほとんど呑まないのよ。人間はかまわないのね」

 と皮肉っぽく言います。すると、青の魔法使いは首を振りました。

「いいや、ルル様。それは我々人間の僧侶も同じですぞ。神に仕える聖職者たるもの、決して深酒をしてはならんのです。酔って醜態をさらすなど、もってのほかだ。我々が呑むことを許されているのは、神が人に与えた聖なる酒のワインだけ。それも、ほんのちょっぴりだけです――」

 青の魔法使いはそろそろ酔いが回り始めているようでした。口調が少し怪しくなってきています。

「じゃあ、なんであんたは火酒なんか呑んでんだよ?」

 とゼンが尋ねると、青の魔法使いは、にやりと笑い返しました。

「なにしろ私は生臭坊主(なまぐさぼうず)ですからな。酒も呑めば、禁じられた食べ物も平気で食べる。麗しい女性だって大好きですぞ」

「あっきれた。ホントに生臭坊主じゃないか」

 とメールが容赦もなく言います。

 青の魔法使いは、にやにやしながら、また火酒をぐびりと呑み、驚いた顔をしているフルートに向かって片目をつぶってみせました。

「私はどちらかというと年上好みだ。勇者のお嬢様方も美しくて将来楽しみだが、残念ながら私の守備範囲外ですからな。ご心配には及びませんぞ、勇者殿」

 そう言ってわっはっは、と大笑いを始めた青の魔法使いを、少年少女たちは呆気にとられて眺めてしまいました。本当に、なんとも風変わりな聖職者です――。

 

 すると、ドアが開いて、女性の声が言いました。

「騒がしいぞ、青。宿泊部屋まで聞こえてくる。近所迷惑だ」

 白の魔法使いでした。部屋に入ってドアを閉めます。

 青の魔法使いが、またにやりと笑いました。

「やっと来ましたな、白。お色直しがすんで、またいちだんと美しくなった」

 と上目遣いで見ます。白の魔法使いは、そっけなく答えました。

「私が化粧をしないのは知っているはずだ。酔っているな、青」

 そんな白の魔法使いを、勇者の一行はいっそう呆気にとられて眺めていました。女神官は相変わらず白い長衣を着て、胸には神の象徴を下げています。けれども、風呂で髪を洗ってきたようで、結っていた金髪をほどいて、肩から背中へ流していました。濡れた長い髪がつややかに輝いて、意外なくらい女らしい姿です。もう若くはないし、確かに化粧もしていませんが、ほのかに上気した湯上がりの肌からは、少年たちさえどぎまぎさせる色気が漂っていました。

 とたんに、青の魔法使いが両腕を伸ばし、フルートとゼンをぐいと引き寄せました。

「いけませんぞ、勇者殿たち。彼女は神に身も心も捧げて仕えている聖女だ。惚れても決して応えてはくれませんからな」

 ぷん、と強烈な酒の匂いが漂います。

 ゼンがそれを押し返しながらわめきました。

「誰が! てめえ、ほんとに酔ってるだろう! こっちは年上の女は好みじゃねえんだぞ!」

「気にするな。青は酒が入るといつもこの調子だ」

 白の魔法使いは落ち着き払って言うと、席に着き、ひとりでグラスにワインを注いで食事を始めました。

 そんな二人の魔法使いを、ポチが足下から見上げていました。匂いをかぐように、くんくんと鼻を鳴らし、あれっ、という表情をします。白の魔法使いに無視された青の魔法使いから、はっきりと苦笑いの匂いが伝わってきたのです。それと一緒に、もっと奥深くから漂ってくる、感情の匂いも――。その匂いは、長い金髪の女性に向けられています。

 ふぅん……とポチは心でつぶやきました。

 確かに、この青の魔法使いは、聖職者らしくない型破りな人物かもしれませんでした。

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