皇太子たちと別れた一行は、馬に乗って東へと進んでいました。目的地ははっきりしていますが、全速力で急ぐような旅ではありません。雪の積もった道をゆっくり進んでいきます。
一行の先頭を行くのは白の魔法使いでした。白い長衣のフードをかぶり、白馬の手綱を握って進む姿が、日の光に明るく照らされています。
それに続くのはフルートです。金の鎧兜にも日差しはまぶしく反射しています。暑さ寒さを防ぐ魔法の鎧なので、真冬でも決して寒いと言うことはないのですが、その輝きを抑えるために、フルートは緑のマントをはおっていました。その上から、いつものように大きな黒い剣と銀の剣を交差させて背負っています。火の魔力を持つ炎の剣(つるぎ)と、切れ味の鋭いロングソードです。鞍の脇に下げた丸い大きな盾は、聖なるダイヤモンドで強化されています。
三番手を行くのはポポロでした。赤い髪をお下げに結った小さな少女は、青い上着と白いズボンの乗馬服を着ています。この乗馬服は、元は星空の衣と呼ばれる魔法の長衣です。天空の民独特の衣装で、ポポロを魔法から守る力を持っています。ずっと着ていても汚れることがないうえに、その場面に一番ふさわしいデザインに変わる魔法がかけられています。乗馬服の上には黒っぽいコートをはおっていましたが、これも強力な守りの力を持っていました。コートを作ってくれたポポロの母の愛情と祈りが、一針ごとの縫い目に込められているのです。
フルートとポポロの鞍の前には、それぞれ籠がくくりつけてあって、ポチとルルの二匹の犬が乗っていました。
「ワン、別にこれくらいの速度なら自分で歩いてもいいんですけどね」
とポチが言うと、ルルが答えました。
「私は嫌よ。馬と一緒に歩くと泥や雪を飛ばされるし、時々蹴られそうになるんですもの。特に黒星の歩き方は乱暴よ。本当に飼い主にそっくりよね」
「お、なんだ。黒星の悪口を言うなよ。こいつは頼りになるやつなんだぞ」
話を聞きつけたゼンが、むっとして言い返しました。大きな黒馬にまたがったゼンは、青い胸当てに毛皮の上着、背中には大きな弓と矢筒という、いつもの格好です。腰には右側にショートソード、左側に胸当てと揃いの小さな丸い盾を下げています。胸当てや盾、弓矢には、やはり強力な魔力があります。
ゼンのすぐ後ろを進んでいたメールが、笑いながら言いました。
「でもさぁ、黒星がゼンにそっくりってのは言えるよね。力は強いし気は荒いし」
「頼りになるって言えよ」
とゼンがメールを振り向いてにらみました。ふふん、とメールが笑います。
「うん、頼りになるよ。仮面の盗賊団の戦いの時には、あたいと一緒にずいぶん活躍したもんね。ホント、ゼンなんかより、黒星の方がずっと頼りになるよ」
「あ、なんだよ! どうして俺より黒星の方が上なんだよ!? おまえ、そんなこと言ってると、危なくなっても助けてやらねえぞ!」
「へーんだ。ゼンになんて助けてもらわなくてけっこうだよ。あたいは渦王の鬼姫だもん。自分のことくらい自分で守れるからね」
「抜かせ。今は真冬だぞ。おまえが使える花なんか、どこにも咲いてないじゃねえか」
「うるさいね! あたいは海の戦士なんだ。花がなくたって、勇敢に戦ってみせるよ!」
冗談のようだった会話が、次第に本当に喧嘩のようになっていきます。なんだか仲が悪いようにも見えてしまうのですが、実際には二人は婚約者同士です。あと三年たって、ゼンが十八歳になったら結婚しようと約束しています。メールは海の王と森の姫の間に生まれていて、海の民として生きてきました。海の民は早熟、早婚なので、これでも遅すぎるくらいなのでした。
なおも二人が言い合いを続けようとすると、ふいに黒星がブルルッと鼻を鳴らしました。メールを乗せたゴマザメも、耳を動かして頭を何度も振ります。
ポチが言いました。
「ワン。ゼン、メール、馬たちがうるさいって言ってますよ。耳許で騒がないでくれ、って」
「お――」
「あ、ごめん」
ゼンとメールは我に返ると、あわてて馬たちに謝りました。先を行くフルートとポポロが、二人を振り向いて笑っています。ゼンとメールの口喧嘩はいつものことです。こんなふうでも、本当はとても仲の良い二人なのでした。
そんな少年少女たちの後ろを青の魔法使いが進んでいました。見上げるような大男で、誰より大きくたくましい馬にまたがっています。
すると、急に前からメールが振り向きました。強面(こわもて)の魔法使いへ、遠慮もなく話しかけます。
「ねえ、あたい、さっきから不思議だったんだけどさ――青の魔法使いも白の魔法使いも、杖をどうしたの? さっきまで手に持ってたはずだろ? 荷物につけたって、あんな長いもの隠せるわけないし、どこにやっちゃったのさ?」
確かに、二人の魔法使いは今は杖を持っていませんでした。馬にくくりつけた荷物にも、それらしいものは見当たりません。
ああ、と青の魔法使いは笑顔になりました。笑うと、怖そうな顔が意外なほど優しくなります。
「先ほど、我々が宙から現れたのはご覧になりましたな? 我々は、この場所とは別の空間の中で休んでおったのです。杖はその別空間の中です」
「ワン。別空間ってのは、結界の中っていう意味ですか? 魔法で結界を作ってるんですか?」
とポチが話を聞きつけて尋ねてきました。別空間、ということばはあまりなじみがないのですが、ある場所を切り取って閉じてしまう結界には何度も入ったことがあるので、なんとなくイメージが湧くのでした。
左様です、と青の魔法使いはうなずきました。
「普段、我々は、旅の荷物をほとんど持ち歩きません。すべて別空間に置いておいて、必要に応じて取り出すことができますからな。ただ、今回は皆様方と一緒なので、いつもより多めに荷物を馬につけてきました。我々だけならば、どんな道も通って行けますが、さすがに皆様方はそうはいかない。正規の道を通ってミコンへ行くとなれば、途中、普通の町や村も通ることになるし、その時に何もない空中から物を取り出すわけにはいきませんからな」
んー……とゼンが口をはさんできました。
「俺は人間の世界のことはよくわかんねえんだけどよ、そんなに、自分が魔法使いだってことは隠しておかなくちゃならねえもんなのか? 俺たちのドワーフの洞窟にも魔法使いはいるけど、誰も自分の魔法をこそこそ隠したりしねえぞ」
すると、フルートが首を振りました。
「そうじゃないよ、ゼン。四大魔法使いが城の外にいることを知られるのがまずいんだ。城を留守にしているとわかっただけで、これ幸いとロムド城に手出しを考える奴が現れるかもしれないんだから。空中から物を取り出したり、結界を作ってそこへ出入りするような、ものすごい魔法を、人前で使うわけにはいかないんだよ」
それを聞いて、青の魔法使いと白の魔法使いはほほえみました。フルートの言っている通りだったのです。まったく賢い子だ、とそれぞれ心の中で考えます。
すると、ポチが首をかしげました。
「ワン、でも、それじゃ、その格好もまずいんじゃないですか? 服の色を見て、青の魔法使いや白の魔法使いだと知られちゃうかもしれないでしょう。それとも、それも魔法でなんとかしているんですか?」
こちらも、フルートに劣らず賢い子犬です。それにうなずいて答えたのは白の魔法使いでした。
「我々は自分の服に魔法をかけております。ただの目くらましで、ポポロ様のように本当に服が変わっているわけではありませんが、他の者たちには我々の姿はマントをはおった巡礼者のように見えているのです」
へえ、と少年少女たちは感心しました。確かに、二人の魔法使いは長衣を着ただけで、マントもはおっていません。魔法で寒さを防いでいるのですが、真冬にはひどく寒そうに見えるので、そのままでは不自然に思われるのに違いありませんでした。
「ポポロといい、魔法ってのはほんとに便利だよなぁ!」
とゼンが言いました。うらやましそうな声になっています。
とたんにポポロが表情を変えました。たった今まで笑顔だったのに、急に悲しそうな顔になってうつむいてしまいます。
「思い通りに使えたら……ね」
仲間たちは、はっとしました。ポポロは確かに強力な魔法が使えますが、一日に二回だけという制限がある上に、すぐに暴走して、なかなかポポロの思うようには使いこなせません。魔法を使うたびに予想外の範囲まで巻き込んでしまって、そのたびにポポロはひどく悲しい思いをしているのでした。
もう、とメールがゼンをたたき、ゼンも弱り顔で頭をかきました。ルルが籠から心配そうにポポロを振り返っています。ポポロの大きな瞳は涙でいっぱいでした。もう少しで泣き出してしまいそうです。
すると、その赤い髪にそっと触れた手がありました。フルートです。静かな声でこう言います。
「ポポロの魔法はぼくたちの切り札だよ。簡単に使えたら、かえって困っちゃうさ」
魔法使いの少女はびっくりしたように顔を上げました。とたんに、フルートの笑顔に出会います。フルートはポポロを見つめたまま、優しくほほえんでいたのでした。
ポポロはたちまち真っ赤になってうつむきました。どぎまぎした拍子に涙が引っ込んでしまいます――。
そんな二人を見て、メールが言いました。
「ほぉんと、ゼンもあれくらい優しい真似してくれたらいいのになぁ」
「な、なんだよ、いきなり! 鬼姫相手にそんなことできるか!」
急に話を振られたゼンが、赤くなって言い返します。
「あ、なにさ、その言い方! 仮にも婚約者だろ? それくらいやったって罰は当たんないんだよ!」
「性格が違うって言ってるんだ! 俺にあんな芸当要求するんじゃねえ!」
「そこで開き直んじゃないよ! ほんっと、ゼンったらデリカシーが皆無なんだからさ!」
また口喧嘩が始まってしまいます。他の仲間たちは半ばあきれて笑い出しました。ポポロも一緒です。瞳にまだ少し涙は残っていますが、それでも楽しそうな笑顔になっています。それを見て、フルートがまた、そっとほほえみます――。
そんな少年少女たちの様子を、白と青の二人の魔法使いは、目を細めながら眺めていました。